今こそ、火災と生きる知恵を。南仏・マルセイユで始まった、住民が自ら街を守る「火の学校」

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目の前で火の手が上がったとき、消防車が何時間待っても現れなかったら。私たちはそのとき、自分の家を、そして大切な人をどうやって守ればいいのだろうか。地震や台風といった災害が日常の隣り合わせにある日本に住んでいると、公的な救助は「あって当たり前」のインフラだ。

しかし、フランス南部のマルセイユで起きた大規模火災は、そんな「当たり前」が、気候変動という巨大な波の前では脆くも崩れ去ることを突きつけた。炎に包まれた街で、絶望の淵に立たされた住民たちが選んだのは、行政に命を預けっぱなしにするのをやめ、自らの手で生き抜くための「知恵」を武器にすることだった。

2025年7月8日、マルセイユ北部を襲った火災は750ヘクタールを焼き尽くし、90軒以上の住宅に被害を与えた。しかし、待てども待てども消防車が来ない。フランスの消火戦略は火源への直接攻撃を基本とするが、激しい火災が多発するなかで、消火リソースは限界を迎えていたのだ。この経験から、住民のジュリー・ド・ミュエル氏らは、火災と環境に関する知識を自分たちの手に取り戻すためのプロジェクト「火の学校(L’École du feu)」を始動した。

Image via Shutterstock

「火の学校」の活動は、焦土となった街を歩き、その土地の性質を読み解くことから始まる。景観設計家のジョルダン・シュルパック氏は、アレッポ松のような燃えやすい樹種が広がる現状を指摘し、オリーブやブドウといった燃えにくい植生への転換や、放牧による植生管理の重要性を説く。

さらに、住宅の周囲50メートル以内の草刈りといった義務の再確認に加え、窓枠の素材や散水ホースの材質に至るまで、建物の脆弱性を一つひとつ診断していく。災害が起きていない平時にこそ、火の勢いを弱めるための「環境の仕掛け」を整える必要があるのだ。

さらに、活動の広め方も極めてクリエイティブだ。参加者たちは、自分たちが感じたことや学んだことを、「絵画」や「詩の朗読」といった形で表現し、コミュニティで共有。災害という重いテーマを、文化的な営みとして昇華させることで、トラウマを抱えた住民たちの心を解きほぐし、コミュニティの絆を深めている。

この取り組みの本質は、消防という公的サービスを否定するのではなく、それと「補完関係」を築くことにある。住民が自己防衛の体制を整え、コミュニティで貯水槽やポンプを管理していれば、消防士は住宅の防衛に追われることなく、より広大な森林地帯の消火活動に集中できる。人的・物的資源が分散せざるを得ない未来において、住民が「自己防衛の主体」となることは、もはや避けては通れない適応策だ。

1月からは、火災後の土砂流出を防ぐための伝統的な石積み壁「レスタンク」を構築するワークショップも予定されている。理論を学び、風景を読み、そして実際に手を動かして環境を作り変えていく。マルセイユの住民たちが進めるこの学校は、気候変動という巨大な脅威を前に立ちすくむのではなく、知識という武器を手に、自分たちの土地に根を張り続けるための希望の拠点となっている。

Reporterreの取材に対し、住民であるリュシルさんはこのように語っている。「火はかつてここを通り過ぎ、そしてまた必ず戻ってくる」。この言葉は、決して悲観的な諦めではない。むしろ、逃れられないリスクを直視し、それでもこの場所で生きていくという力強い決意の表明だ。公助の限界を知り、共助と自助を再定義する彼らの姿は、いつ大規模な災害に見舞われてもおかしくない日本に住む私たちに、本当の意味で「自分の命を守る」とはどういうことかを問いかけている。

【参照サイト】À Marseille, une école du feu contre les incendies
【参照サイト】Après l’incendie du 8-Juillet à l’Estaque à Marseille, une École du feu pour apprendre à vivre avec
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