格差の大きなパリで、みんなにエコ習慣を。まちに開かれた実験場「ラ・ルシクルリ」訪問記

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ここはパリ18区のクリニャンクールという地域。かつて大きな鉄道の駅があったこの場所は、経済的に豊かではない人々も暮らす郊外の街として知られていた。そんなクリニャンクールに10年前、パリでも目新しいユニークな施設が誕生した。それが「La Recyclerie(以下、ラ・ルシクルリ)」だ。

パリの地下鉄ポルト・ドゥ・クリニャンクール駅の出口を出てすぐ、深緑の看板が目に入ってくる。中に足を踏み入れてみると、修理のための道具に囲まれたワークショップコーナーとレストランのバーカウンターが見え、その奥には天井の高い空間のもと色とりどりの椅子が並ぶ客席が。人々は食事をしたり、仕事をしたり、読書をしたり、各々の時間を過ごしている。

ラ・ルシクルリはどのようにしてクリニャンクールの地域に溶け込み、パリ市民、そして地域外の人々からも愛されるようになったのか。また、どのような気持ちで環境と社会に関わる活動を続けているのか。ラ・ルシクルリのコミュニケーション担当のMargot Desmons(マーゴット・デスモンス)さんに現地で話を聞いた。

マーゴットさん

マーゴット・デスモンスさん|Photo by Masato

古い駅舎をリノベーションした建物に、遊びゴコロがつまったコーナーを

ラ・ルシクルリは19世紀から残る駅舎をリノベーションして造られた建物だ。鉄道が廃線になったあと、建物は銀行・レストランとして使用され、その後ラ・ルシクルリに生まれ変わった。施設は、バー・レストラン、修理エリア、農園に大きく分かれており、午前中から夜中まで多くの人々で賑わっている。今回、実際にマーゴットさんとともにラ・ルシクルリを巡ってみた。施設の各所に込められたこだわりを見ていきたい。

注文して、運んで、片付けて、コンポストまで。「循環」を体験できるレストラン

レストランのレジ

Photo by Masato

ラ・ルシクルリの建物に入ってまず目を引くのは古い駅舎の広々とした空間を使ったレストランだ。手書きの可愛らしいボードに書かれたメニューの中から、好きなものをレジで注文する。日本のフードコートにもあるようなブザーが渡され、食べものや飲みものができたら、お客さんが自らキッチンのカウンターまで取りに行く。

メニューの中にはベジタリアンのオプションも。一品料理が多いヨーロッパで、日本の定食のように色々な味を少しずつ楽しめるプレートが出てくるのは嬉しい。

メニューは季節によって変わる。ハンバーガーは通常のものとベジタリアンのものがある。

そして、食事をする中でもっとも印象的だったのは「片付け」の工程だ。食事が終わったあとの食器などは自分でお盆・カトラリー・お皿などに分ける。(フランス語がわからなければ、キッチンのスタッフがどこに入れれば良いかを教えてくれる。)さらに食べ残してしまったものは、 Les Alchimistes(レ・アルシュミステ)という企業によるリサイクルに回すため、食糧廃棄専門のバケツに入れることになっている。「食べて終わり」ではない、お客さんに循環を体感させるシステムだ。

食べ終わったあとの返却コーナー

「買いすぎ」に終止符を。修理のハードルを下げるワークショップコーナー

Photo by Masato

いつも使っているものが壊れてしまったら、どうするか。手間やコストを考えて、「まだ使えそうだけど、時間もないし、道具もないし、お金もかかるし、新しいものを買っておくか」と妥協した経験がある人も多いのではないだろうか。

そうした時間・道具・お金の手間を乗り越えるために作られたのが、ラ・ルシクルリの「修理コーナー」だ。ここでやっていることは、「修理する」「共有する」「つくる」の3つのアクション。修理道具の無料貸し出しなどもしている。このコーナーにはいつもボランティアやスタッフがおり、困ったことがあれば修理について相談することもできる。

植物、動物、人間がともに心地よく暮らすための農園

農園の入り口

Photo by Masato

レストランでの食事や修理コーナーでの体験が終わったら、ぜひ奥の農園にも足を運んでみてほしい。そこはまさに、アイデアの宝庫。農園は「生産」のためではなく、「体験」のために設けており、訪問者にはここで得たアイデアを家に持って帰ってほしいとマーゴットさんは話す。

9匹のニワトリがいるコーナー。ラ・ルシクルリの会員は1日2個まで卵をとって良いことになっている。

農園にあるコンポストトイレ。排泄物は分別され、尿はそのまま農園の肥料として活用される。

アクアポニックス。魚の排泄物が植物の餌となり、植物が水を綺麗にするという循環が生まれる。

昆虫ホテル。虫の食べものとなる植物が植えられているところ(レストラン)と昆虫が眠れるところ(ベッド)がある。

コンポストコーナー。ラ・ルシクルリの会員は小さなバケツを使って、コンポストを持って帰って良い。さらに家にある生ごみをこのバケツに入れて、コンポスト用に持参することもできる。

植物の区分けにも工夫が。水があまり必要ない植物は上に、必要な植物は下に植えることで、雨が降るとすべての植物が適正な量の水分を吸収することができるようになっている。

また、マーゴットさんは屋上にも連れて行ってくれた。屋上からはパリの街がよく見え、農園側の景色とはガラッと雰囲気が変わる。ここには4つのハチの家があり、いちごなども栽培されている。農園と屋上ともに、農薬はまったく使われていない。

屋上の様子

格差の大きいパリで、誰もがアクションできるようにする工夫

このように遊びゴコロに溢れた、ラ・ルシクルリという施設。マーゴットさんに話を聞く中で印象的だったのは、各所にちりばめられたインクルーシブな仕組みだ。ラ・ルシクルリではお金、年齢、考え方に関わらず、誰もが小さなアクションをできるよう、工夫されているという。

「ラ・ルシクルリがあるこの場所は、もともとパリの中でも裕福な地域ではありませんでした。そうした地域でお金持ちだけが来られる場所にすることは避けたかったのです。人々がラ・ルシクルリを訪れるとき、『消費する』ことは必須ではありません。仕事をしていてもいいし、読書してもいい。何も買わずにのんびりしていているのもOKです。レストランのメニューの価格にも気を遣っていて、『1ユーロコーヒー』を提供しています。小さなカップに入ったコーヒーは誰でも1ユーロ(約140円)で飲むことができますよ」

また、修理のコーナーは地元の人が頻繁にラ・ルシクルリを訪れるきっかけにもなっているという。

「修理のワークショップのコーナーでは、道具の貸し出しなどもしています。『めったに使わない道具をわざわざ買いたくない』『道具を買う余裕がない』という人でも気軽に修理に取り組めるのがポイントです」

実際にレストランやワークショップコーナーを見渡すと、老若男女さまざまな人がいるのがわかる。食事のメニューにしろ、人々が場所を訪れる目的にしろ、多様なオプションを設けているからこそ、どんな人がいても違和感がない。ここまで多様な人が同じ場所に集まることは、都市部でもかなり珍しいことなのではないだろうか。

客席の様子

Photo by Masato

「また、ラ・ルシクルリを訪れるのは、パリ出身の人だけではありません。フランスの他の地域からパリに移り住み、ラ・ルシクルリに通っている人も多いのです。自然と多く触れ合う機会があった彼ら・彼女らのためにも、自然とつながり直せる機会をここで提供することは大事だと思っています。パリは忙しい街なので、こうした緑の空間があるとリラックスできると言ってもらえますね」

土地の歴史を守りながら、人々の価値観の変化に寄り添っていく

様々な人々に場所を開いていく努力が、ラ・ルシクルリを愛される場所にした。しかし、地域に溶け込む秘訣はそれだけではないようだ。マーゴットさんのお話で度々強調されていたのは、ラ・ルシクルリがある「場所」の歴史を大切にするということだった。まずはこの壁画を見てほしい。

「この場所は、かつてストリートアーティストが愛したところでした。だから、こうした壁画も場所の歴史として、あえて消さずに残しています。この猫の絵は特に人気なんですよ。パリの有名なアーティストが描いたと言われています」

また、ラ・ルシクルリのある場所を愛していたのは人間だけではないようだ。

「もともと駅であった場所を買ったとき、ここにはたくさんのきつねや多くの昆虫などの生き物が住んでいました。私たちは彼らから場所を奪って事業をやるのではなく、その環境をまるごと守りたいと思ったのです」

農園の中にあるアクアポニックスや昆虫ホテルをはじめとして、ラ・ルシクルリには生き物のためのコーナーが多くある。人間の作った堆肥で植物が育ち、それを昆虫などの生きものが食べて生き延びる。そうした循環がラ・ルシクルリのエリアの中では生み出されている。

La Recyclerie

Photo by Masato

「実は、10年前のパリに、こういった施設はなかったんです。ですが、ここ10年で人々の価値観は大きく変わりました。フランスの人々は地球環境についてよく話すようになり、良くないと思った事柄については、よく抗議をするようになりました。最近も環境問題の解決を訴えるデモが頻繁に行われています。ラ・ルシクルリはそうした人々の価値観の変化にもフィットする場所だと思っています。

ただ、私たちは必ずしも環境に関して熱心に考えている人だけを受け入れようとしているわけではありません。最初の一歩を踏み出したい人からベテランまで、さまざまなステップの人にとって学びがあると良いなと思っています。ラ・ルシクルリでベジタリアンの食事を試してみた、家でコンポストを始めてみた、環境問題を扱う映画を観てみた、イベントに参加してみた……人々のちょっとした変化を聞くことが、いつも私が働くモチベーションです」

編集後記

ヨーロッパ屈指の美食の街として知られるパリ。著名なレストランやカフェも多く、訪れたからには回っておきたいところがたくさんある。美しい建築も必見だ。

そんな刺激に溢れたパリでは珍しく、ラ・ルシクルリはどこかホッとできるスポットだ。本を読んでいてもいい、農園を散歩していてもいい、友人と話していてもいいし、何もしていなくてもいい。ラ・ルシクルリを訪れるたびに、そんな寛容さを筆者自身もありがたく思っていたが、今回の取材でそのあたたかみの裏側を知れた気がした。また、ハードの施設だけではなく、イベントやワークショップを通じて対話や議論が重んじられている雰囲気は、ある意味で「フランスらしい」とも言えるかもしれない。

読者の皆さんもパリを訪れた際はぜひ、ラ・ルシクルリにサステナブルなアイデアの断片を拾いに行ってみてほしい。

【参照サイト】La Recyclerie
【関連記事】小さな食の循環を。日本発の「LFCコンポスト」がパリのごみを削減へ
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