私たちはスマホを「使っている」のか、それとも「使われている」のか?【イベントレポ】

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本コラムは、2026年1月29日にIDEAS FOR GOODのニュースレター(毎週月曜・木曜配信)で配信されました。ニュースレター(無料)にご登録いただくと、最新のコラムや特集記事をいち早くご覧いただけます。

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1月末の寒波到来中の夜、あるイベントを開催した。昨年IDEAS FOR GOODが実施したクラウドファンディングの支援者の方々に向けて開催した「ちょうどよいデジタルを考える会」だ。

「皆さんは今日、何回、無意識にスマートフォンを手に取りましたか?」

朝、窓を開けるより先にスマホを開き、無意識にメールをチェックしてしまい後悔する。寝る前、特に見たいわけでもない動画を指で追い続け、翌朝の倦怠感に自己嫌悪を抱く。テクノロジーは、私たちの生活を便利にしたが、その一方で、私たちの心や身体には目に見えない重荷がのしかかる。

こうしたメンタルヘルスへの影響に加えて深刻なのが、環境への負荷だ。生成AIへの質問1回にかかる電力は、通常の検索のおよそ10倍(※)。それと同時に、私たちが一度も開かずに保存し続けている「ダークデータ(デジタルのごみ)」を維持するために、地球のどこかのサーバーは、24時間熱を出し続けている。デジタル化してペーパーレスにすれば環境負荷はない──そんな魔法のようなことは実際にはなく、デジタルは「物理的な物質」として存在しているのだ。

今や私たちの生活の中で、日に日に存在感が増していくデジタル。このまま進み続けていってよいのだろうか?そうした想いを背景に企画したのが、今回のイベント。その軸としたのは、オーストリアの哲学者イヴァン・イリイチが提唱した「コンヴィヴィアリティ(自律共生)」という思想である。

デジタルコンヴィヴィアリティ

イリイチは、テクノロジーの進化には「二つの分水嶺(境目)」があると言った。第一の分水嶺は、道具が人間の能力を引き出し、自由を広げてくれる段階。例えば、行きたい場所を教えてくれる地図や、遠くの友人と繋がれるチャットがこれにあたるだろう。しかし、効率や便利さを追求しすぎると、いつの間にか「第二の分水嶺」、つまり道具が人間を支配し始める段階を越えてしまう。そこでは道具が主役になり、人間はシステムを維持するための部品のように、通知やアルゴリズムに操られ始める。

テクノロジーの恩恵を受けるというより、もはやテクノロジーに操られるまでになった私たちは、今一度立ち返り、第二の分水嶺の手前で立ち止まる必要があるのではないだろうか。自律的な道具との付き合い方を取り戻すヒントを探るべく、イベントではまず「一日の幸福度グラフ」の作成を行った。

作成したグラフを通して見えてきたのは、デジタルがもたらす光と影。言語学習や仕事の効率化といった恩恵がある一方で、「朝起きた直後や寝る前の無意識のスクロールで気分が下がる」といった、本能に抗えない切実な声も多く聞かれた。

その後、そんな参加者の「生の声」を、あえてAIに読み込ませ、人間主体のテクノロジーを妄想するワークへと進んだ。そこでAIが提案したのが、「使いすぎると物理的に重くなる、重り型デバイス」というアイデア。これに対し会場からは、「メッセージでの警告には慣れてしまうけれど、物理的な重さならどうだろう?」「いっそデバイスが発火するくらいでないと、自分は変われないかも」といった、ユーモアの中にも自らの依存への危機感が滲む意見が飛び交った。

対話が深まる中で、議論は「自分一人の意志」から「他者との関係性」へと広がっていった。たとえば、出てきたアイデアの一つが、「自分が朝ヨガをしないと、誰かがスマートフォンを使えない仕組み」。一人では抗えない本能も、誰かとの繋がりや、責任を感じる「関係性」の中であればマネジメントできるかもしれない。他者を巻き込んでいくことで、コミュニティの醸成や孤独の解消といった社会課題の解決にも繋がるかもしれない。「こんなものがあったらいい」という理想を語り合う中で、新たな希望や可能性が見えた対話の時間だった。

デジタルイベントの様子

デジタルイベントの様子

さらに、ある参加者は、「デジタルデバイスに対しても、人間に接するのと同様に、申し訳なさや悲しさといった『感情』を感じられたら、行動が変わるかもしれない」と口にした。この言葉は同時に、私たちが普段、デジタルを単なる「無機質で便利なもの」として、消費し尽くしていることを示唆している。自分の指先ひとつで、地球の裏側の環境に負荷をかけてしまうという事実に、もし「痛み」や「手ざわり」を感じることができたら。その時、私たちのテクノロジーとの付き合い方は、本当の意味で変わり始めるのかもしれない。

こうした対話を経て、最後に、参加者の一人が、こんな言葉を残してくれた。「デジタルと自分の『いたちごっこ』に頼るのではなく、どこが自分の人生にとっていい距離感なのかを、自分自身で考え続ける必要がある気がする」と。言葉こそが、まさにイリイチの説く「コンヴィヴィアリティ」の本質だ。デジタルを完全に排除するのはなく、テクノロジーの便利さを認めつつ、それが自分の自律性を奪い始めたときに、「おっと、ここまで」とハンドルを握り直す。そんな、自分自身をマネジメントする「主権」を取り戻すことが、今私たちに必要なことなのではないだろうか。

AIやテクノロジーそれ自体には、善も悪もない。大切なのは、行き過ぎたバランスを整え、私たちの「意図」によって道具を再び定義し直すこと。デジタルという冷たい画面の向こう側に、「他者の体温」を呼び戻しながら、誰かと心地よく共生するための「余白」をデザインしていく。そんな使い方ができたとき、デジタルは再び、私たちの人生を豊かにしてくれるはずだ。

テクノロジーに支配されるのではなく、ともに生きるパートナーとして使いこなしていく。そんなコンヴィヴィアルなデジタルとの関係性を、これからも皆さんと共に探求していきたい。

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