経済は文化を支える「手段」になれるか。ニューヨーク、48年続く巨大素材倉庫の実験に学ぶ

Browse By

※本記事は、アップサイクル事業を展開する株式会社RINNEの創業者・小島幸代氏による寄稿記事です。

ニューヨーク、ロングアイランドシティ。35,000平方フィート(約3,250平方メートル)の広大な倉庫に一歩足を踏み入れると、そこには天井近くまで積み上げられた「モノ」の山が広がっていた。

映画のセットで使われた小道具、高級ブランドの余剰生地、イベントの装飾品、そして企業のオフィスから出た家具たち。これらはすべて、本来なら廃棄物として処理されるはずだったものだ。しかし、ここ「Materials for the Arts(以下、MFTA)」では、それらが次の誰かの創造性を刺激する「宝物」として扱われている。

その規模は、個人の草の根活動のレベルを遥かに超えている。2024年度の実績だけで、MFTAはこの倉庫を通じて年間618万ポンド(約2,800トン)以上の資材を埋め立て地行きから救い出した。その評価額は約2,480万ドル(約37億円)に達する。これら膨大な資源は、すべて登録された2,000以上の芸術団体や学校、行政機関へ「無料」で還元され、新たな作品や教育の一部として循環しているのだ。

資源循環をテーマに活動する筆者が現地を訪れたのは、この完成されたシステムを単に日本へ持ち込みたいという衝動からではない。むしろ、ここにある48年という圧倒的な「実績」と「あり方」をヒントに、東京という都市で何が共創できるのかという、長年の「問い」に向き合うためだった。

ニューヨークを訪れた筆者は、長年関心を寄せてきたMaterials for the Artsを視察し、晴れてエグゼクティブ・ディレクターのタラ・サンソン(Tara Sansone)氏に会うことができた。対話を通じて見えてきた、都市と資源が編み直す可能性について共有したい。

倉庫内を案内してくれたエグゼクティブ・ディレクターのタラ・サンソン(Tara Sansone)氏と手前が筆者

「モノ」ではなく「視点」を育む場所

倉庫を巡りながら、筆者はあることに気づかされた。ここには、新品の絵の具やキャンバスといった「わかりやすい画材」はあまりない。あるのは、テレビドラマやイベントでの装飾品、スパンコールを打ち抜いた後の穴だらけの廃材、大量の化粧品のキャップといった、一見すると用途不明な産業副産物ばかりだ。

「だからこそ、教育(Education)が不可欠なのです」

タラ氏の言葉は、MFTAの本質を突いている。MFTAには「エデュケーション・センター」があり、現役の学校教師たちに向けて、これらの素材をどう授業に取り入れるかという専門的なトレーニング(Professional Development)を提供している。

モノがないからできないのではなく、目の前にある「見捨てられた素材」をどう活かすか。教師たちはここで「創造的リユース(Creative Reuse)」という視座を学び、それを教室に持ち帰る。年間数千人の学生がここを訪れ、ごみだと思っていたものがアートに変わる瞬間を体験する。

MFTAは物理的な資材を配給しているだけではない。「創造的な視点(クリエイティビティ)」という無形の文化資本を、都市の中に育んでいるように見えた。

ちょうどSonyからの従業員ボランティアの研修があった

「経済は文化のしもべ」という思想の可能性

ベネッセホールディングス名誉顧問の福武總一郎氏が語った有名な言葉に、「経済は文化のしもべ(僕)である」というものがある。経済活動はそれ自体を目的とするのではなく、人々の生活や心を豊かにする「文化」を支えるための手段であるべきだ、という思想だ。

ニューヨーク市文化局(DCLA)のプログラム「MFTA」の運営には、まさにこの考え方に通じる姿勢が垣間見える。

例えば、2024年にメディア・エンターテインメント局と提携してからの1年間で、MFTAは映画やテレビ、演劇などの制作会社から寄付された計320万ポンド(約1,450トン)もの物品を会員へ配布した。その評価額は総額740万ドル(約11億円)にのぼる。

寄付を行った制作会社には税控除の証明書が発行されるため、企業は処分コストを抑えつつ経済的メリットを得られ、市は廃棄物処理予算を削減できる。ここには極めて合理的な設計が存在するが、その合理性はあくまで「文化」のために機能している。

その結果、Prime Video『マーベラス・ミセス・メイゼル』、HBO『サクセッション』、FX『アメリカン・ホラー・ストーリー』などの人気作品で使用された小道具や衣装、セット資材が、いまやニューヨークの文化コミュニティ全体へと循環している。それらは教育やアートの素材へと姿を変え、誰もが手頃な価格でアクセスできる芸術プログラムを力強く支えているのだ。

タラ氏との対話の中で、印象深いエピソードがあった。市の刑務所や拘置施設を運営する部局(Department of Corrections)が、MFTAから家具やアート資材を持ち帰ることがあるという。それは、収監された親のもとへ子どもが面会に訪れた際、殺風景な空間を少しでも温かく、家庭的な雰囲気に整えるためだという。

経済的合理性によって集められた資材が、ここでは親子の絆をつなぎ、不安な心を癒やすための空間づくりへと使われている。それは単なるモノの再利用ではなく、人と人との関係を育む「文化的な営み」でもある。

また、大学が研究員を抱えるように、MFTAは「アーティスト・イン・レジデンス(Artist-in-Residence)」として作家を倉庫に受け入れている。彼らは倉庫内のスタジオで、廃棄物を使った新しい表現方法を研究・制作し、施設内のギャラリーで発表を行う。その姿もまた、ここへ学びに来た教育者たちにとっての大きなインスピレーションとなっている。

経済が文化のしもべとして機能し、社会の成熟を支えている。こうした循環のあり方は、日本流にアレンジすることで、国内の都市にも応用できるのではないだろうか。

アーティストの成果発表として倉庫内でFashion Showが行われていた。テーマは “AIRPLANE” 作家は25歳の Victor Pearlman

孤独を癒やす「場」としての機能

東京と同様、ニューヨークでも都市生活者の孤独は共通の課題だ。タラ氏は「コミュニティの構築こそが、これからの都市には不可欠だ」と語った。

MFTAでは、単にモノを渡すだけでなく、服の修繕(メンディング)イベントやスケッチ・ナイトなどを開催し、人々が集う場を作っている。「言葉を交わさなくてもいい。ただ同じテーブルで手を動かし、針仕事をするだけで、人は孤独から解放される」と。

ここでは、廃材が人と人とをつなぐ媒介(メディア)となっている。モノを消費するのではなく、モノを介して時間を共有し、心を交わす。これこそが、成熟した都市に求められる機能なのかもしれない。

教育者の研修風景

東京での「共創」に向けて

今回の訪問の最後、タラ氏は筆者に東京での展開に向けた応援レターを送ってくれた。そこには、MFTAが48年かけて培ってきた知見を共有し、資源循環の取り組みをサポートしたいという温かい意志が記されていた。

これは「ニューヨークのコピーを作ろう」という話ではない。人口規模も、抱える課題も似ている東京とニューヨーク。MFTAという先行事例が示してくれたのは、都市から出る「余剰」は厄介者ではなく、教育、アート、福祉、そして経済を回すための「資源」になり得るという可能性だ。

もし、東京にこのような「文化の実験場」があったなら、私たちはそこで何を育めるだろうか。

行政の方々と、企業の方々と、そしてアーティストたちと共に、その可能性の余白を埋めていきたい。このレターは、その対話を始めるための招待状なのだと思う。

筆者プロフィール:小島幸代(株式会社RINNE 代表)

小島さん広告・IT業界で人材育成・組織開発に16年従事。社会課題を解決するスタートアップに携わったことをきっかけに、「不要なものをアイデアで楽しく活かす」という信念のもと、アップサイクル事業を展開する株式会社RINNEを創業。2020年には、体験型のモノづくりバー「Rinne.bar」をオープンし、コロナ禍においても60以上のメディアに取り上げられるなど、高い注目を集める。現在は、行政や企業、教育機関と連携し、循環型社会をデザインする活動を幅広く展開。2024年には「Japan Handmade of The Year 日本ホビー協会賞」や「FIGARO Japon BWAピッチ Dream Award」を受賞。

取材協力:Tara Sansone (Executive Director, Materials for the Arts)
【参照サイト】Material for the Arts
【参照サイト】Annual Report 2021, 2024 – Friends of Materials for the Arts
【関連記事】クリエイティビティを取り戻す。廃材のアップサイクルDIYバー「Rinnebar」の哲学

Edited by Erika Tomiyama

FacebookX