子どもの頃、どこで、何をして遊んでいただろうか。世代によって、懐かしく思い出す光景は異なっているかもしれない。
NPO法人PLAYTANKが2018年に日本で実施したアンケートによると、「子どもの頃、放課後に1時間以上外で遊んでいた」と回答した割合は、シニア世代で96%、親世代で91%であるのに対し、現在の子どもたちの間では37%のみ(※1)。外で日が暮れるまでのびのびと遊ぶ子ども時代を経験しない世代が生まれつつある。
その背景として、室内で遊ぶビデオゲームの普及や習い事の増加に加えて、遊べる場所の減少も原因だろう。全国の市区町村・275自治体を対象とした研究によると、6割の自治体が街区公園でのボール遊びを禁止している(※2)。
この課題を抱えるのは、日本だけではない。イギリスの5〜16歳の子どもたちを対象とした調査では、半数以上である390万人が推奨レベルの運動量を確保できていない(※3)。その中でも、低所得層の子どもたちの運動量は「ボール遊び禁止」などの規制に左右されやすいという。
しかし今ロンドンでは、ユーモア溢れる方法で、ボール遊びが解禁され始めている。No Ball Games(ボール遊び禁止)と描かれた看板を、More Ball Games(もっとボール遊びを)に書き換え、それを土台にバスケットゴールを設置するキャンペーンが2025年3月に始まったのだ。非営利組織・London Sportと、広告代理店・Saatchi & Saatchiが主導している。
最初に実施されたエリアは、ロンドン中心部のランベス地区。地元議会の支持を得ており、ジョン・ポール区長も賛同の声を寄せた。キャンペーンの立ち上げにあたっては、プロバスケットボールチーム・London Lionsが現地を訪れ、地域の子どもたちにバスケットボールを教えるイベントも開催された。
London Sportによると、1つの看板が約80人の子どもたちに影響を与えているという。市内すべての看板が変更・撤去されれば、約56万人に新たな遊び場を提供できるそうだ。ただし、ボール遊びが危険な地域であれば、まずは遊び場の環境改善が急務だろう。
ロンドンなどの都市部でこうした「ボール遊び禁止」の看板が増えたのは、1970年代以降。ただ、最近でも禁止の看板が新たに設置される事例はある。The Guardianの取材によれば、ランベス地区のとある住宅団地では、近隣での騒音や損傷などを理由に住民から住宅組合に苦情が入り、ボール遊び禁止の看板を設置するに至ったという。
騒音や損傷のリスクが問題視されていたならば、単に看板が変更されるだけでは、再び苦情が入ってしまう懸念がある。しかしこの取り組みでは、ゲリラではなく議会の支持を得て看板を改造。ランベス議会との間では、公共スペースを遊び場として再生するための共同誓約を交わしており、これが再禁止を予防する力となるだろう。
同団体は、ほか地域の政策立案者に対しても参加を促し、キャンペーンサイトにてこう呼びかけている。
看板の撤去は、初めの一歩にすぎません。遊びやスポーツ、運動を、健全な子ども時代、コミュニティの繁栄、そして公共のウェルビーイングの中心に据える文化への転換を推進しなくてはなりません。遊びは贅沢ではなく、すべての子どもの発達、幸福、将来の成功に不可欠なものなのです。
心身の基礎を育む子ども時代の環境が一部の声だけで決まることがないよう、外での遊び場を含め、まちの意思決定の仕組みを問い直すことも重要だ。子どもによるまちの調査や、子どもの自治を信頼したスロバキアの都市計画などは、看板の変更・撤去より、さらに踏み込んだ取り組みとなるだろう。
将来世代のウェルビーイングを語るとき、社会は、限りある子ども時代の「今」とまっすぐに向き合えているだろうか。未来を思い描くだけでなく、それと地続きである現在に実践の重心を置くことが欠かせない。
※1 外遊び離れが増加。遊びでつながる地域コミュニティが必要な理由とは?|日本財団ジャーナル
※2 寺田光成, 木下勇(2020)地方自治体による街区公園のボール遊びの規制実態に関する研究
※3 1日あたり平均1時間以上の運動が推奨されているものの、47.3%だけが基準を達成していた|Active Lives | Sport England
【参照サイト】More Ball Games|London Sport
【参照サイト】Yes, ball games: drive to take down signs warning against play begins in London|The Guardian
【参照サイト】London Sport campaign challenges ‘No Ball Games’ signs to unlock urban play|Trend Watching
【参照サイト】London charity wants ‘No Ball Games’ signs removed|BBC
【参照サイト】‘No ball games’ signs replaced with basketball hoops in London|BBC Newsround
【参照サイト】Saatchi & Saatchi partners with London Sport to launch ‘More Ball Games’ campaign to champion play and sport for the capital’s young people|ESA
【参照サイト】子どもが豊かに育つための緊急政策提言|一般社団法人TOKYO PLAY
【参照サイト】「ボール遊び禁止」の都市公園6割に…。社会の少数派となる子どもたちの「縮小する遊び場」問題
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