消費しなくてもいい街、ヘルシンキ。循環型社会を支える「フィンランドらしい」文化のあり方

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2024年10月、IDEAS FOR GOOD編集部は、エネルギー移行とサーキュラーエコノミーの最前線を探るため、北欧・フィンランドを訪れた。

これまでフィンランドの環境大臣へのインタビューや「水素経済」や循環スタートアップの最前線について取り上げてきたが、今回は持続可能な社会経済への移行を静かに支えるフィンランドの暮らしや文化、人々の姿に焦点を当てたい。

▶️ 「気候危機の時代をただ生き延びるだけでは足りない」フィンランド環境大臣に聞く、脱炭素と繁栄への道
▶️ エネルギー自立を目指す北欧。フィンランド「水素経済」の最前線
▶️ 短期利益を超えて。森と金属が育むフィンランドのサーキュラーエコノミー
▶️ 循環こそ、未来のエネルギー。フィンランドが実践する循環型イノベーションの最前線

脱炭素や循環型社会への移行は、技術や制度だけでなく、人々の暮らしに根付いた価値観にも関わっている。首都ヘルシンキを歩いていると、街の様子や人々の暮らし方からそのことに気づく。印象的だったのは、街のあちこちに「循環する暮らし」がごく自然に溶け込んでいたことである。

「消費しなくてもいい」街

首都ヘルシンキの中心部にある中央図書館「Oodi(オーディ)」は、フィンランドの独立100周年を記念して、市民の願いを形にした施設である。この図書館は、単なる書籍の貸し出しの場にとどまらず、コミュニティの交流や創造的活動の場としても機能している。Oodiは「国家から国民への誕生日プレゼント」として、市民が自由に利用できる場所を提供し、地域社会の活性化や文化的な交流を促進しているのだ。

まるで船のような形をしたOodiの建物に足を踏み入れると、緩やかな曲線と木の温もり、柔らかな陽射しが広がる空間に包まれる。そこには、10万冊以上の本が並ぶだけでなく、3Dプリンターやレーザーカッター、ミシンやハンダゴテなどが揃うメイカースペースや、楽器レンタル、ポッドキャスト収録ができるスタジオ、キッチン、小さな映画館まで完備されている。この図書館では、自らの手で何かを生み出し、創造的な活動を行うことが日常的に行われており、それが自然な形で営まれている。さらに驚くべきことに、この施設の大部分は無料で利用できるので、市民にとって非常に貴重な資源となっている。

脇に目をやると、友人と宿題をする学生や、子どもを遊ばせる親の姿が見受けられる。中央駅から徒歩5分という街の中心に位置しながらも、「消費しなくても良い場所」がここには存在している。

ヘルシンキ中央図書館「Oodi」

ヘルシンキ中央図書館「Oodi」は街の中心でありながら、市民にとっては消費しなくても良い居場所だ(撮影:瀬沢正人)

都市の中心では、消費しない人には居場所がないように感じられることがある。その点で、フィンランドの玄関口であるヘルシンキ・ヴァンター空港も印象的であった。空港内で「セカンドハンド&カフェ」の看板を見たときは、思わず目を疑った。なんと、空港内に中古服屋があるのだ。

空港という場所は、通常多くの免税店が並び、「少しでも多くの」消費を促す空間としての色合いが強いが、実際にはそうある必要はないということに気づかされた。広々とした店内には、色とりどりの美しい「pre-loved(これまでに愛用された)」製品が並び、そのどれもが新しい命を吹き込まれたかのように魅力的である。この空間で感じたのは、消費の形が必ずしも新しい商品を買うことだけではないという新たな視点であり、実際、多くの旅行者が店内を興味深く見て回っていた。

ヘルシンキ・ヴァンター空港内で人気の中古ファッションのお店(撮影:西崎こずえ)

自然と一体になるからこその「ウェルネス」

フィンランドの人々にとって、サウナは特別な存在だ。サウナとは、心と体を整える生活の一部であり、共有体験の場でもある。友人だけでなく、家族親戚、ビジネスパートナーさえともサウナを共にするのだという。

フィンランド中央・ユヴァスキュラで自然をたたえるパイヤンネ湖畔に佇むのはスモークサウナ「Savusauna Apaja(スモークサウナ・アパヤ)」だ。スモークサウナとは、フィンランドに古くから伝わる伝統的なサウナで、煙突のない小屋の中で薪を燃やし、室内全体を煙で満たした後に換気して入るスタイル。やわらかく包み込むような熱と独特の香りが特徴で、スチームサウナや電気サウナよりも手間暇かかるけれどそれだけの価値があると人気だ。

Savusauna Apajaでスタッフから説明を受ける視察団(撮影:西崎こずえ)

訪れたSavusauna Apajaは、ディナーやレセプションとサウナを両方楽しめるため、企業イベントやソーシャルイベントにも使用できる。「裸の付き合い」という言葉があるが、実際に燻滝の香りの中薄暗く蒸し暑いサウナで座ると、ぽつりぽつりと本音が出てくるから不思議だ。体の芯から熱くなったら今度は冷たい湖へと飛び込む。自分の身体や周りを取り巻く人々、大自然が溶けて一体になるような体験が日常に溢れるならば、当然自然を守り、共に生きる道を模索するのだろう。

宿泊先でもサウナ文化は健在だ。スカンディック・ヴァーサをはじめとするホテルには、プライベートサウナが設置されている部屋を選ぶことができる。

Image via Scandic Vaasa

Image via Scandic Vaasa

また、ヘルシンキでは、文字通り「サウナが空を舞う」。2016年にオープンした「スカイサウナ観覧車」のサウナゴンドラに乗れば、ヘルシンキ大聖堂などを見渡しながらサウナを楽しむことができる。

スカイサウナ観覧車(撮影:西崎こずえ)

暮らしの中で様々な形でサウナを楽しむ方法を見つけ出し、ときに大自然とつながるために、他者とつながるために、そして自分自身とつながるために、こよなく愛し楽しむフィンランドの人々に気付かされることは多い。

さらにフィンランドでは、「Every person’s Rights(フィンランド語で『Jokaisenoikeus』)」と呼ばれる伝統的な権利により、個人の所有地であっても一定の条件下で自然を楽しむことが認められている。この権利によって、誰もが森林を歩いたり、スキーをしたり、サイクリングをしたり、野生のベリーやキノコ、花を採取したり、釣りをすることも許可されている。​この権利は、自然と人々の調和を重視するフィンランドの文化を象徴するようだ。​

中央フィンランド・ユヴァスキュラに位置するパイヤンネ湖畔(撮影:西崎こずえ)

食から垣間見る地域の価値観

食と人々とのつながりもまた、フィンランドの価値観を知るうえで欠かせない。ヘルシンキのレストラン「Skörd(スコールド)」では、塩を除く、すべての食材がフィンランド産のもののみが提供される。当然、フィンランドでは自生しないアボカドやコショウなどは使わない。飲み物も地元で採れたベリーから作られるベリーワインやクラフトビール、シードル、旬のカクテルなど、国産にこだわる。ベジタリアンメニューはあるものの、ヴィーガンメニューはフィンランド国内での生産が難しい加工品を使わざるを得ないという理由から、あえて設けていないのも特徴的だ。

レストラン「Skörd」

レストラン「Skörd」ではオーナーが自らこだわりについて語ってくれた(撮影:瀬沢正人)

フィンランドの森で取れるジビエや魚、キノコやハーブ、新鮮な野菜などを用いて、保存加工を組み合わせることで季節の幅を広げる。さらに、調理方法を工夫することで食材を無駄なく使うという。料理に使うプレートやカトラリーも地元の蚤の市で集められたセカンドハンド品というこだわりぶりだ。どこにいても世界各国の食事を楽しめる今の時代に、フィンランドの地元の食材のみを用いて料理を提供するという徹底的なこだわりに、人々は共感し、同じだけの愛着を持って来てくれるのだという。

暮らしを支える価値観の根

幸福度ランキングで世界トップの座を守り続けるフィンランド。「幸せ」というと、楽しく美しく心躍る華やかなものとも捉えうる。一方で、フィンランドに暮らす人々を見ると、幸福であるというのは、日々の暮らしの中で「満ち足りている」と感じられることなのではないかと考えさせられる。

今回の取材で印象的だったのは、多くの人が自国の気質を「謙虚」と表現していたことだ。日々の暮らしや働き方について声高に語るのではなく、控えめに、淡々と積み重ねる姿勢が印象に残った。その背景には、戦争や食糧難などの苦難を乗り越えてきた歴史が影響しているかもしれない。多くを語らずとも、今ある安心や平和に対する感謝と、それを守るための静かな責任感が、社会のあちこちに息づいているように思えた。

取材中には、ちょっとした場面でその姿勢に触れることがあった。たとえば、筆者がフィンランドに滞在していたある晩、訪問先企業の人が「明日の朝までにみんなに贈り物を渡したい」と言い出し、彼を手伝うために数人で真夜中に箱を抱えて歩いたこと。また、滞在最終日には、前の日にレストランSkördで口にしたベリーワインが忘れられず買いに行けないか模索し始めた私たち一行のために、車を走らせて飛行機の時間に間に合うように買いに行って持ってきてくれた訪問先組織の人もいたこと。滞在先ホテルのロビーで、朝4時まで仕事や人生観について意見交換に付き合ってくれた人もいたこと。

こうした出来事に特別な派手さはないけれど、それぞれの人の中に、誠実さや他者への気遣いが自然に根づいていることを感じた。どうしたらここに暮らす人々や、暮らしを取り巻く自然とと共に、末永く続く関係性を育み続けることができるのか問われたようであった。そうした日々の積み重ねや価値観の共有こそが、社会の変化を静かに支えているのかもしれない。

(取材協力:ビジネスフィンランド、駐日フィンランド大使館)

アイキャッチ写真:Masato Sezawa
Edited by Erika Tomiyama

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