選挙期間中にメディアを見て、あるいは誰かと政治の話をして、怒りやストレスを感じたことはないだろうか。SNSのタイムラインは分断され、自分と違う意見を持つ人はもはや理解不能な「敵」に見えてしまう。そうしたリスクを想定して、政治的なコミュニケーション自体を遮断してしまった経験のある人もいるだろう。
そんな現代社会の病理とも言える政治的分断を、「古い公衆電話」と「脳科学」で解決しようとするユニークな実験が2026年1月にアメリカで始まった。リベラル派の拠点であるカリフォルニア州サンフランシスコと、保守派の街テキサス州アビリーン。この物理的にも思想的にも遠く離れた二つの街を、一本の電話線がつないでいる。
コロラド州のバイオテック企業・Matter Neuroscienceが仕掛けたこのプロジェクトでは、Facebookで購入した中古の公衆電話をそれぞれの街の路上に設置。電話の横には「反対の政治的立場の人につながります」という看板が掲げられている。サンフランシスコの電話には「共和党員に電話を」、アビリーンの電話には「民主党員に電話を」といった趣旨のメッセージが添えられた。
この実験の目的は、異なる背景を持つ人々が「共通の人間性」を享受できるかどうかを検証することにある。同社によれば、政治的な敵対心や攻撃的な言説は、脳内のストレスホルモンであるコルチゾールを増加させ、私たちの幸福感を抑制してしまう。一方で、見知らぬ誰かと心を通わせるポジティブな会話は、コルチゾールを低下させ、ドーパミンやエンドカンナビノイドといった「快楽物質」を放出させる。
つまり、対話は単なる意見交換ではなく、生物学的に私たちを幸せにするための「処方箋」なのだ。政治的なアイデンティティが違っても、幸福を感じる脳の仕組みはすべての人類に共通しているという事実に、このプロジェクトは光を当てている。
実際に受話器を取った人々の会話は、意外な展開を見せている。あるサンフランシスコの住民は、テキサスの相手とイーロン・マスクの「サイバートラック」について意見を交わした。また別の親子は、相手が共和党でも民主党でもない第三の政党の支持者であることを知り、ステレオタイプを超えた個人の想いに触れた。そこにあったのは、激しい論争ではなく、電話の向こう側にいる「生身の人間」への純粋な好奇心だった。
政治的な意見が違うことは、自然なことだ。それを「敵意」ではなく「共通点を探す機会」に変えることができれば、私たちの脳はもっと健やかになれる。この公衆電話は、分断を埋めるのが高度なアルゴリズムや論理的な説得ではなく、受話器越しに聞こえる誰かの体温や、他愛もない世間話であることを教えてくれている。
【参照サイト】Ring a Republican: Payphones linking San Francisco and Texas aim to bridge US political divides
【参照サイト】What We’re Reading: The Payphone Experiment Bridging Political Divides
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