スマートフォンの画面はどこまでも「クリーン」で、そこには排気ガスも煙突も見当たらない。しかし、たとえば私たちがAIに25回の質問をすると、見えないところで500mlペットボトル1本分の水が消費されているようだ(※1)。
AIに問いかけ、クラウドにデータを預ける。そんな当たり前の日常の裏側で、デジタルの「エネルギーの足跡」は、いまや無視できないほどに膨れ上がっている。気候変動対策にも使われるデジタル技術が、皮肉にも膨大な電力を食いつぶして環境に負荷をかけてしまう。この「デジタルのパラドックス」をどう乗り越えればいいのだろうか。
2026年1月に発表された新たな支援策を皮切りに、現在シンガポールが示しているのは、機械の効率を上げるだけでなく、ソフトウェアやデザインの力で「デジタルの重さ」を軽くするという、新しい解決の形だ。
シンガポールは、東京23区ほどのわずかな国土に70以上のデータセンターがひしめき合う、世界屈指のデジタル拠点だ。土地も電力も限られたこの島国にとって、デジタルの持続可能性は単なる環境問題ではなく、国の成長を左右する死活問題となっている。
シンガポール情報通信メディア開発局(IMDA)は、これまで10年以上にわたりデータセンターの省エネ化に取り組んできたが、いまその視線は「ソフトウェア」へと注がれている。どれだけ箱(ハードウェア)を改良しても、その中で動くプログラムやAIが非効率であれば、エネルギーの浪費は止まらないからだ。
IMDAが2026年1月に発表した新しいツール群は、企業がデジタルの環境負荷を「自分事」として捉えるための強力な助けとなっている。なかでも画期的なのが、クラウド利用による排出量を正確に算出できる「炭素計算機」の導入。これまで曖昧だったデジタルの排出量を可視化することで、企業はどこを改善すべきかを明確に判断できるようになった(※2)。
また、AIモデルのサイズを必要最小限に抑えたり、無駄なデータの動きを減らしたりする「グリーンソフトウェア」の手法を取り入れることで、エネルギー消費を平均17%、AIモデルの最適化やコードの抜本的な書き換えを行った特定の条件下では最大で90%も削減できるというデータも示されている。(※3)。
こうした動きは、私たちが日々触れるアプリのデザインにも「グリーンUX」という変化をもたらしている。例えば、シンガポールのDBS銀行が提供する「LiveBetter」機能は、ユーザーが自分の支出による炭素排出量をアプリで確認できるだけでなく、デザイン自体も軽量でエネルギー消費が少ない設計に。派手なアニメーションを控え、省エネに貢献する配色を選ぶといった「グリーンUI」の実践は、環境に優しいだけでなく、アプリの動作を速くし、ユーザーの使い心地を高めるというビジネス上のメリットをもたらした。
シンガポールが目指しているのは、デジタルの便利さを無邪気に享受し続けることではない。イノベーションそのものを、最初から「持続可能なもの」として作り直すことだ。画面の中では軽やかなクリックも、現実の世界では確かな電力を伴う。その重さを一つひとつ引き受け、テクノロジーがもたらす恩恵と負荷の両面に向き合うこと。それこそが、AIと共に歩むデジタル時代の新しい責任なのだろう。
※1 Making AI Less “Thirsty”: Uncovering and Addressing the Secret Water Footprint of AI Models
※2 IMDA Simplifies Digital Sustainability Adoption for Businesses with New Practical Resources
※3 Every click has a cost: Singapore’s push to make digital use more sustainable
【参照サイト】Every click has a cost: Singapore’s push to make digital use more sustainable
【参照サイト】How Digital Sustainability Shapes Singapore’s Tech Future
【参照サイト】Green software: Powering Singapore’s sustainable digital future
【参照サイト】IMDA Simplifies Digital Sustainability Adoption for Businesses with New Practical Resources
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