「波」は守るべき資産。エルサルバドルで始まった、世界初のサーフ生態系保険

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理想の波を求めて旅をするサーファーにとって、エルサルバドル東部の「オリエンテ・サルバヘ」はまさに楽園だった。

Image via Shutterstock

しかし、美しい波がいま気候変動という脅威にさらされている。近年、この地域では激しい嵐が頻発し、山から流れ込む泥水が海の状態を大きく変えてしまった。その結果、かつての「理想の波」は失われつつあり、サーファーや観光客の足も遠のいている。街の経済の7割をサーフィンに頼るこの地域にとって、波の消失は単なるレジャーの終わりではなく、人々の暮らしの崩壊を意味していた。

この危機に対し、現地の人々が選んだ解決策は、意外にも「波に保険をかける」という金融のアプローチだった。

国際NGO「Save The Waves」が保険仲介大手のWillis Towers Watson(WTW)らと共同で開発したのは、世界初となる「サーフ生態系保険」だ。この仕組みの土台には、波が地域にもたらす経済的価値を科学的に算出する「サーフォノミクス(Surfonomics)」という考え方がある。

例えば、コスタリカのプラヤ・エルモーサでは年間1,430万ドル(約22億7,000万円)、カリフォルニア州サンタクルーズでは年間1億9,470万ドル(約309億円)もの経済効果をサーフィンがもたらしていることが調査で判明している(※)。つまり、波は単なる自然現象ではなく、地域を支える重要な「資産」でもあるのだ。

今回、パイロットサイトに選ばれたオリエンテ・サルバヘでは、ひとたび嵐が来れば、波は荒れ、観光客は途絶え、ガイドや写真家、小規模なホテル経営者たちの生計は一気に困窮する。そこで導入されたのが、あらかじめ設定した降水量や波高などのデータが閾値を超えた瞬間に、自動的に保険金が支払われる「パラメトリック保険」だ。物理的な損害査定を待つ必要がないため、災害発生からわずか数日以内に資金が届く。このスピード感こそが、コミュニティの崩壊を防ぐ防波堤となる。

さらに、この保険の特徴は、支払われた資金の使い道にもある。地域の非営利団体やコミュニティ組織が受け取った保険金は、単なる生活補償だけでなく、嵐の緩衝材となるマングローブの植樹や流域の修復といった「生態系の回復」に直接投入される。健全な生態系が保たれることで波の質が守られ、それが再び観光客を呼び込み、地域経済を潤しているのだ。

サーフィンという文化を入り口に、金融の仕組みを使って環境と経済のポジティブな循環を生み出す。これは、気候変動という巨大なリスクをあらかじめ設計に組み込んだ、新しい時代のレジリエンスの形だろう。

自然を守ることは、もはや「善意」だけの領域ではない。エルサルバドルの海で始まったこの実験は、環境の価値を正しく評価し、金融を武器にそれを守り抜くという、しなやかな知恵を私たちに示している。波が崩れるその瞬間に、救いの手も同時に差し伸べられる。そんな未来の地図が、いま中米の海岸線から描かれ始めている。

Introducing new initiative at Save The Waves: “Surf Ecosystem Insurance”

【参照サイト】Introducing new initiative at Save The Waves: “Surf Ecosystem Insurance”
【参照サイト】Surfonomics
【参照サイト】Surfing’s big break: how climate crisis insurance may save El Salvador’s waves
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