AIは、誰のために賢くなるのか。“投資の非対称性”から読み解く

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パリの春、セーヌ川のほとりで開催された世界最大級のポジティブ・インパクトの祭典「ChangeNOW 2026」。

昨年に続き、AI(人工知能)に関するセッションはさらなる盛り上がりを見せていた。セッション「Who Does AI Serve?(AIは、誰のためにあるのか?)」では、モデレーターのジェームス・マーティン氏が聴衆に問いかけると、多くの人々が一斉に手を上げた。

「AIを使っている人は手を挙げて。……では、その手を挙げたままにしてほしい。AIが従来のIT製品の3倍のリソースを消費することを知っている人は?」

会場に挙がっていた手の多くが、力なく下がった。

私たちがスマートフォンの先で目にする、AIの知性。その裏側では今、国家予算をも凌駕する投資が行われているという。世界の大手企業は、AIを動かすためのデータセンター建設に約1兆ドル(約150兆円)もの巨額資金を投じているのだ(※1)

しかし、現実は厳しい。ゴールドマン・サックスの報告によれば、これほどの莫大な資金を使い、地球環境に多大な負荷をかけ続けているにもかかわらず、現時点で得られた「投資の見返り(ROI:投資利益率)」は、ほぼゼロに等しいという(※2)。つまり、地球の資源をこれまでにないような規模で「前借り」しながら、社会や経済への具体的な恩恵はいまだ形になっていない──これが、AIというテクノロジーが直面している物理的現実である。

ChangeNOWの各セッションで交わされた議論は、効率や拡大を最優先する開発側の熱狂とは少し異なるものだった。そこでは、「いかに速く、いかに大きく、いかに市場を獲得するか」といった競争の議論ではなく、「その技術は誰の視点で設計され、誰の負担の上に成り立っているのか」という問いが繰り返し投げかけられていたのだ。

Image via ChangeNOW

「ジャンボジェットで手紙を届ける」社会

現在のAI開発は、「あらゆる問いに答える」ことを目指す汎用性を追い求めている。しかし、その理想はしばしば、過剰なリソース消費と引き換えに成り立っている。

アメリカの機械学習アプリ開発企業・Hugging FaceのAI研究者のサーシャ・ルッチョーニ氏は、前述したセッション「Who Does AI Serve?」の中で、巨大テック企業の戦略をこう分析する。

「これらの企業は、可能な限り汎用的なAIを作ろうとするナラティブを推進しています。(中略)彼らは、あらゆるクエリに対応し、世界中のあらゆる場面に対応させようと欲張っているのです。これが、より多くのリソースを消費している原因です」

Salesforceのティム・クリストファーソン氏は、このミスマッチを直感的な比喩で語る。

「現在、大規模言語モデルは、私たち全員を彼らが作った『ジャンボジェット機』に無料で乗せています。しかし、毎日郵便局へ行って帰ってくるだけなら、飛行機は必要ありません。本来必要なのは、自転車のはずなのです」

にもかかわらず、私たちは今日も、夕食のレシピを聞くために巨大なAIモデルを呼び出している。ここで問われるのは、技術の「できること」ではなく、「どこまで使うべきか」という人間の選択の問題である。クリストファーソン氏はこう語る。

「ChatGPTに今夜の献立を聞くべきでしょうか? いいえ。料理本を開き、自分の脳を使うべきです」

セッション「Who Does AI Serve?」の様子

「プロジェクト・シュガー」の正体と、隠蔽される真実

AIの物理的コストは、多くの地域住民の犠牲の上に成り立っている。AIやデータの技術を、社会貢献や環境保護のために役立てる活動を手がけるフランスの非営利組織、データ・フォー・グッド(Data for Good)のテオ・アルヴェス・デ・コスタ氏は、巨大テック企業がデータセンター建設の過程で行っている隠蔽工作を告発した。

「私の母が住む米国ニューオーリンズのデータセンターに、Meta社は『Project Sugar(プロジェクト・シュガー)』というニックネームを付けました。彼らはその施設のために、5ギガワットもの電力を賄うガス・タービンを設置すると発表したのです。これはフランスの原子力発電所2基分に相当する規模です。しかも、すでに公害による健康被害でガン回廊と呼ばれている地域においてです」

プロジェクト・シュガーという名前の裏で行われているのは、脱炭素の流れに逆行する凄まじい規模の化石燃料への回帰だ。コスタ氏は、企業が正体を隠して計画を進め、土壇場で姿を現すやり方を「スクービー・ドゥー・モーメント(土壇場で正体を明かす怪談)」と呼び、「一部の人だけで進められている」と声を上げた。

私たちはテクノロジーの便利さを享受する一方で、どこまでを「見ないこと」にしているのだろうか。

なぜ人ではなく、機械に投資されるのか

なぜ、このような歪みが起きるのか。そこには、近年加速する「投資の非対称性」がある。世界がAIなどの機械の知性の開発に数千億ドルを投じる一方で、その知性を使いこなし、制御するはずの人間側の能力への投資は驚くほど少ない。

たとえば、EUにおけるAI投資を追跡したOECDの報告書を紐解くと、奇妙な実態が浮かび上がる。投資総額の41%という大きな割合が「スキル」のカテゴリーに割り当てられている(※3)。一見、人間への投資が行われているように見えるが、その内実を覗くと、その予算の96%はICT専門家(エンジニア)への報酬で占められているのだ。

一方で、現場でAIを教える教師の育成や、一般市民・従業員のトレーニングに充てられているのは、わずか1.56%に過ぎない。つまり、資金のほとんどは「AIをつくる一握りの人」にのみ流れ、「AIを使う圧倒的多数の人」への投資は、統計上の端数ほどしか行われていないのである。

私たちは、技術開発を「将来への投資」と呼び、人間や社会の成長を単なる「コスト」として後回しにしていないだろうか。最速のエンジンを作ることに巨額を投じながら、そのハンドルを握るドライバーの教育を忘れている。この不均衡こそが、現在のAI社会が抱える危うさなのである。

AIの民主化とジェンダー平等を推進する組織・Women in AIの共同創設者ムジャン・アサリ氏は、セッション「AI for Impact in Europe: Illusion or Dream?(欧州におけるインパクトのためのAI:幻想か夢か?)」の中で、このバイアスの本質についてこう突き止めた。

「AIにおけるバイアスの問題は、技術的な問題ではありません。それは権力のバイアスなのです。資金、資本、ファンディングという『パワー』を持つ人々が、このテクノロジーを構築しています」

この格差を裏付ける具体的な数字を、エンカレッジ・ベンチャーズ(Encourage Ventures)共同議長のクリスティーヌ・リッター氏が提示する。

「ドイツでは、VC(ベンチャーキャピタル)資金の90%以上が男性チームに流れています。女性のみの創業チームにはわずか1%です。これは構造的な問題です」

技術開発は「投資」と呼ばれ、教育や多様性の確保は「コスト」として後回しにされる。この「1%の資金」しか与えられない格差こそが、結果として社会の半分を占める女性の視点を無視した、歪んだ知性を生み出しているのである。

「AIの偏りは、バグではなくデザイン」Justice AI GPT開発者が語る、脱植民地化テクノロジーの可能性

速さか、関係性か。「スローAI」という選択

セッション「AI for Impact in Europe: Illusion or Dream?」の終盤では、議論は大きく二つの方向へ分かれていた。一方では、「欧州ももっと速く、大きく、勝つべきだ」という主張。もう一方では、「その“勝つ”という発想自体を問い直すべきだ」という声である。

Encourage Ventures共同議長のクリスティーヌ・リッター氏は、こう訴えた。

「欧州に欠けているのは、チャンピオンになろうとするドライブや、大きなビジョン、枠にとらわれない大きな考え方です。(中略)もっと大きく考える必要があります」

「世界一を目指せ」というこのリッター氏の発言に対し、Women in AI共同創設者のムジャン・アサリ氏は、その競争原理そのものが地球を壊してきたのだと反論した。

「私はリッター氏の意見に反対したい。この勝つという考え方に異議を唱えたいのです。これまでの資本主義、工業化、それら全ては、『もっと多く、もっと作りたい』という、人間の飽くなき強欲によって生み出されてきました。(中略)今こそ、それをスローダウンさせる時です。

私は、物事をゆっくり進めたいと思っています。理想の世界では、スピードを追いかけるべきではありません。競争ではなく、もっとコラボレーションすべきなのです」

「もっと速く、世界一へ」と叫ぶリッター氏に対し、環境破壊の原因は「速さと競争」にあると断じ、「あえてゆっくり、協力的に進める(スローAI)」という持続可能なモデルを提唱するアサリ氏。この対立は、我々が「機械にどう適応するか」ではなく、「誰が、どのような関係性をデザインするか」という主導権の争いそのものである。

AIは「誰のための知性」なのか

もちろん、AIというテクノロジーは、私たちの可能性を広げる道具にもなり得る。その好例が、海洋保護とブルーエコノミーに特化した投資ファンドMoniacos Reocean Fundのシモーナ・キアヴァサス氏が紹介した海洋保護の取り組みだ。これまでデータ収集が困難でデジタル化から取り残されていた海洋分野において、AIはわずかなデータから海の状態をシミュレーションする「デジタルツイン」を作り出す。

未知を可視化し、科学的なエビデンスに基づいて地球の命を守る。それは、AIが単なる消費の道具を超えて、生命のための「知性の拡張」として機能し得ることを示している。

しかし同時に、それは資源を消費し、格差を拡大し、見えない場所で誰かの負担の上に成り立つ存在でもある。だからこそ、最後に残る問いはシンプルだ。

AIは、一体、誰のためにあるのか。

企業の利益のためか、システムの効率のためか。あるいは、生命の繁栄のためか。その答えは、AIという技術の中にはない。それは、どのような関係性をデザインし、どのような未来を望むかという、私たち人間の選択の中にある。

パリで交わされた議論は、華やかなイノベーションの話ではなく、むしろそれは、少し立ち止まり、問い直すことの大切さを思い出させる抵抗の提案だった。

※1 Microsoft, OpenAI plan $100 billion data-center project, media report says
※2 Gen AI: too much spend, too little benefit?
※3 OECD.AI: Estimated AI investments in the EU27 (2018–2021) by AI enabler

【参照サイト】Dark Matter Labs: Investing in the Human Side of the Machine Age (Part 1)
【参照サイト】ChangeNOW 2026

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