フランス・パリ北部、ポルト・ド・クリニャンクール。かつてのパリ市内環状鉄道の駅舎を改装した「La REcyclerie(ラ・ルシクルリ)」は、パリで暮らす筆者にとって特別な場所だ。
気分を変えて仕事をしたくなったとき、あるいは仕事に行き詰まり、デジタルの画面から目を逸らしたくなったとき。明確な目的がなくても、誰かの気配がある場所に身を置きたくなったとき、私はここへ向かう。
店内では誰かがコーヒーを飲み、別の誰かがパソコンを開いている。スケッチブックに何かを描く子どもがいて、奥ではワークショップの準備が進む。外に出れば、かつて列車が走っていた線路跡に緑が広がり、小さな都市農園には鶏たちがいる。
コンポスト、修理工房、地産地消のランチ──ここにはサステナビリティの要素が詰まっているが、それらは決して「正しいこと」として声高に迫ってはこない。楽しい食事や偶然の会話、ものを直す時間の中に、いつの間にか混ざり合っている。そこではサステナビリティが、抽象的な概念ではなく、確かな「手触り」を持ち始めるのだ。
しかし、2014年のオープン以来、10年以上にわたってパリ市民に愛されてきたこの象徴的な場所は、近年、存続の危機に立たされていた。運営母体であるSinny & Ookoの経営破綻と法的清算。そこから見えてきたのは、理想だけでは維持できない「場」の経営的な難しさと、それでもなお都市に「場」が必要とされる理由だった。
サステナビリティは、一体どこに宿るのか。La REcyclerieのこれまでと、創設者ステファン・ヴァティネル氏の思想、そして今回改めて聞いた彼自身の言葉を手がかりに、この場所が都市に投げかけている意味を考えてみたい。

Photo by Masato
「設備」ではなく、人々の営みが息づく地域をつくる
La REcyclerieを創設したステファン・ヴァティネル氏は、30年以上にわたりパリで数多くの文化施設やサードプレイスを手がけてきた。1990年代には「Glazart」や「Le Divan du Monde」といった音楽・アートの場を運営し、その後、パリのカフェ「Comptoir Général」や「La REcyclerie」「Le Pavillon des Canaux」「La Cité Fertile」のような、環境・社会・地域を横断する場づくりへと軸足を移していった。彼は自身の活動をこう表現する。
「私は『設備(Equipment)』を作ってきたのではない。人々が呼吸し、交わる『生きた地域(Living Territory)』を作ってきたのだ」
ーステファン・ヴァティネル氏の公式LinkedIn プロフィールより
行政がつくるハコモノとしての「施設」は、特定の目的のために用意された機能であることが多い。一方で、ステファン氏が手がけてきたのは、経済、社会、環境、文化が複雑に絡み合う一つの「生態系」のような場所だった。
その思想に至るまでには、二つの転換点があったという。
一つはライブハウス運営時代。近隣への騒音対策によって大きな音を出すライブが難しくなり、それまで収益の柱だった「有料ライブ」というビジネスモデルは立ち行かなくなった。そこで彼は、入場料を無料にし、飲食の売上によって場を維持する形へと、大きく舵を切った。
すると、来場者は倍増した。チケット代がなくなったことで、これまで費用の面で参加しづらかった近隣住民や多様な人々が、会場を訪れやすくなったのだ。
もう一つは、パリのカフェ「Comptoir Général」での経験である。アートを前面に出すのではなく、環境やポスト・コロニアリズムなど、人々の暮らしに近いテーマを扱ったところ、これまで文化施設にはあまり足を運ばなかった多様な人々が訪れるようになったという。
「アートという言語は必ずしも万能ではない。しかし、食べること、飲むこと、直すこと、誰かと過ごすことといった『日常生活のテーマ』は、あらゆる人にとっての共通言語になる」
こうした経験が、La REcyclerieの骨格となった。実際にLa REcyclerieは、旧プティット・サンチュールの駅舎を再生した生活の場として、「環境への責任の価値を、遊び心を持ってポジティブに伝えること」を掲げてきた。エコロジーを「学ぶべき正しさ」として掲げるのではなく、食事をしたり、友人と話したり、イベントに参加したりする「心地よい時間」のなかにひらいていく。サステナビリティが知識として語られるだけでなく、暮らしの中で自然と体験される場が、こうして誕生したのだ。

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愛される場所が、なぜ続かないのか
2025年、Sinny & Ookoの清算というニュースは、パリでサードプレイスに関わる人々に衝撃を与えた。負債額は220万ユーロ(約3.7億円)。
ステファンは自身のブログで、自省を込めてこう綴っている。「サードプレイスは情熱やエンゲージメント(社会参加)だけでは生き残れない。運営は規律であり、管理は精密な機械のようなものだ」
と。
社会的連帯経済(ESS)の枠組みの中で、給与制限や利益の再投資、民主的な意思決定を重んじてきた彼らであっても、毎月の家賃や人件費の支払いからは逃れられない。パンデミック後の客足の変化、周辺地域の治安の不安定化、公的支援を潤沢に受ける公共施設との競合。理念を持つ場所であっても、市場の変化や都市の不安定さから自由ではいられない。そうした複数の要因が、民間サードプレイスの経営を圧迫していった。
これは、サステナビリティを掲げる多くの場に向けられた警告でもある。社会的意義があるからといって、家賃が下がるわけではない。人に愛されているからといって、人件費が自然に賄われるわけでもない。思想を続けるためには、会計、運営、所有、ガバナンスといった、地味で具体的な仕組みが必要になる。

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Sinny & Ookoの清算を経たいま、改めて話を聞いたところ、ステファン氏自身もサードプレイスの運営がいかに難しいかを率直に語ってくれた。
「こうした場所があらゆる世代、あらゆる社会階層の人々を迎え入れようとするなら、私たちの日常のあらゆる側面を体現していなければなりません。だからこそ、サードプレイスを実現するのは難しく、精密な仕事なのです」
飲食、文化、学び、商い、声を上げること、偶然の出会い。多様な人を受け入れる場であるほど、そこには多様な機能と、それを支える緻密な運営が求められる。サードプレイスは、ただ自由で開かれた場所であればよいわけではない。開かれた場所であり続けるためにこそ、設計と運営の強度が必要なのだ。
フランスの社会的連帯経済(ESS)メディア『Mediatico』の報道によれば、La REcyclerieは最終的に、社会的価値と実務的な運営力の両立を目指すアイルランド系パブグループの「O’Sullivans(オサリバンズ)」と、コルシカ島のビール醸造を担う「Demory Paname(デモリー・パナーム)」の連合体に引き継がれることになった。
社会的価値を掲げてきた場所が、飲食や商業運営に強みを持つ事業者へ引き継がれることに対し、「エコロジーの聖地が商業資本に飲み込まれた」と見る向きもあるかもしれない。しかし、ステファン氏はこの結末を肯定的に捉えていると、同メディアの取材で語っている。新しいオーナーたちが、La REcyclerieの「エコロジーという魂」こそが、ビジネスとしての価値を支える柱であることを理解しているからだ。
思想を継続させるためにこそ、強固な運営基盤が必要になる。理想を守るとは、現実から距離を置くことではない。むしろ、会計、運営、所有、ガバナンスといった地味な仕組みを引き受けながら、その理想が社会の中で生き延びる条件を整えていくことなのだ。

La REcyclerie Sinny&Ooko代表のStéphane Vatinelさん 2023年の取材時
それでも都市に「場」が必要な理由
それほど維持が難しいにもかかわらず、なぜ私たちはサードプレイスを必要とするのだろうか。
それは、こうした場所が、都市の中で制度や市場が取りこぼしてきたものを受け止めているからだろう。孤立している人が、誰かの気配を感じられること。社会課題に関心のない人が、食事や音楽を通じてサステナビリティに触れること。地域の人、若者、移民、子育て中の人、働く人、旅人が、同じ空間に居合わせること。こうした出会いは、行政サービスのように申請して受け取るものではない。商品として購入するものでもない。開かれた場所の中で、偶然に近い形で生まれるものだ。
2023年に彼を取材した際、ステファン氏が語った言葉が今も強く耳に残っている。
「サードプレイスは、自分たちの足元や、地域を見直すためのシステムなんだ」
ステファン氏は、サードプレイスを「都市の割れ目」を埋める存在だと考えている。社会的孤立、仕事の意味の喪失、都心と周辺部の分断。現代の都市が抱えるほころびに対し、サードプレイスは一つの応答になり得る。
La REcyclerieがある18区は、移民が多く、貧困や治安の問題も抱える複雑な地域だ。かつてはドラッグや孤立が目立ったこの場所で、人々が共に野菜を育て、壊れた椅子を直し、一杯のビールを分かち合う。そこでは、人間関係だけでなく、その土地自体が修復されていく。
近年パリが提唱する「15分都市(徒歩圏内で生活が完結する都市設計)」という考え方も、住宅や店、学校、公共交通が近くにあれば自然に実現するわけではない。そこに、人々のニーズを受け止め、偶然の出会いや小さな助け合いを生む「場」があって初めて、暮らしの実感を伴うものになる。

Photo by Masato
こうした場所の力を、ステファン氏は長年にわたり信じてきた。Sinny & Ookoの清算という困難を経た今も、その確信は揺らいでいない。彼の言葉から、その理由が見えてくる。
「つながり、分かち合い、出会い、商い、文化、そして声を上げること。これらは、地球上に最初の人間が生まれたときから存在していたものです。21世紀における共通の病は、どの国、どの世代に聞いても、決まって『孤独』と『個人主義』です。この二つは矛盾する言葉でありながら、不幸な現実を補い合うように表しています。日本も、例外ではありません。
私たちは皆、この二つの同じ病に不満を抱いています。しかし同時に、私たち自身がそれを育ててもいる。これはおかしなことではないでしょうか。本当にその場所を生きたものにしている人たちによって体現されたサードプレイスが生まれるたび、多くの人々がその場所を自分たちのものとして受け取り、ときには愛するようになります。そして、ただこう言うのです。『やっと、こういう場所ができた』と」
ここで語られているのは、サードプレイスが単なる交流拠点ではなく、孤独や個人主義が深まる時代に、人間が本来持っていた「共にいる力」を思い出すための場所だということだ。だからこそ、その運営がどれほど難しくても、社会にはこうした場が必要であり続ける。

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思想と利益のあいだに、何度も橋を架け直す
La REcyclerieを通じて見えてくるのは、サステナビリティが「どこか遠く」ではなく、人が集い、食べ、直し、語り合う場所の中で育っていくということだ。
壊れた家具を直すテーブル。季節の食材でつくられた一皿。コンポストの土の匂い。線路跡に戻ってきた緑。隣に座った知らない人との、他愛もない会話。La REcyclerieは、サステナビリティを遠くの地球を救うための義務としてではなく、目の前の暮らしを、隣人と共に少しだけ良くしていく「手触りのある営み」として可視化してきた場所だった。
だからこそ、La REcyclerieの再建は、単に一つの施設が救われたというニュースではない。それは、人が集い、学び、食べ、直し、語り合う場所を、都市の中でどう守り続けていくのかという問いを突きつける出来事だった。思想だけでは場は続かない。けれど、利益だけになれば、その場所は魂を失ってしまう。
その難しさを知りながらも、ステファン氏は次の場所へと向かっている。その歩みを支えているのは、サードプレイスを「事業」として捉える以前の、もっと個人的で、切実な記憶なのかもしれない。
「私がサードプレイスの世界に最初の一歩を踏み入れたのは、14歳のときでした。両親のガレージで初めてダンスパーティーを企画したのです。友人たちに出会ってほしかった。一緒に楽しい時間を過ごし、感情を分かち合ってほしかったからです。45年後の今も、私は同じ目的に突き動かされています。
この1世紀のあいだ、私たちは環境を傷つけ続けてきました。その現実を少しでも変えたいという思い、男女平等の大切さへの信念。そして子どもたちの未来を守りたいという願い。それらが、私を動かし続ける揺るぎない原動力になっています」

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この言葉から見えてくるのは、ステファン氏にとってサードプレイスが、事業モデルである前に、人が出会い、感情を分かち合い、未来への責任を引き受けるための場所だということだ。14歳のガレージで始まった小さな集まりは、形を変えながら、いまも彼の中で続いている。
新たな経営体制で再出発を切るLa REcyclerieの一方で、ステファン氏自身もまた、パリ北部ポルト・ド・ラ・シャペルの「Plantation(プランタシオン)」に株主およびアドバイザーとして関わっている。社会的な困難を抱えてきた地域に、巨大な都市農園やレストランを備えた新たなサードプレイスが生まれているのだ。
その姿は、サードプレイスという運動が、個人の事業を超えて、都市の共有資産へと育ちつつあることを示している。La REcyclerieが教えてくれるのは、理想か現実かを選ぶことではない。理想を現実の中で生かし続けるために、しなやかな運営とガバナンスを育てていくことの必要性だ。
人々に愛される場所は、善意だけでは守れない。けれど、効率や収益だけを優先すれば、その場所が持っていた魂は失われてしまう。だからこそ私たちは、思想と利益、公共性と運営力、理想と現実のあいだに、何度でも橋を架け直す必要があるのだろう。
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【参照サイト】EXCLUSIF – La REcyclerie sauvée in extremis : un consortium corse-irlandais reprend le tiers-lieu écologique du nord parisien
【参照サイト】Une histoire et beaucoup d’espoir!(Stéphane Vatinel)
【参照サイト】La REcyclerie






