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損失と損害(Loss and Damage)とは・意味

パキスタンの洪水

損失と損害(Loss and Damage)とは?

損失と損害(または損失と被害)とは、世界の国々が気候変動の課題に取り組むうえで重要な3つのフェーズの1つである。3つのフェーズには「緩和」「適応」そして「損失と損害」が挙げられる。

  1. 緩和:今出ている温室効果ガスをできるだけ削減すること(脱炭素の社会づくりなど)
  2. 適応:緩和策だけでは避けられない影響を予測し、人々が生活できるよう環境を整えておくこと(自然災害対策や高温に強い食品への改良など)
  3. 損失と損害:いわゆる緩和や適応だけでは回避しきれない、あるいは回避しきれなかった気候変動の破壊的な影響に対して行動すること

▶︎ 3つのフェーズの関係性について、詳しくはこちら

損失と損害は、気候変動がすでに世界中の生態系、インフラ、人々の健康や生活に大きな悪影響を及ぼしているという事実を反映している。

例:これまでの損失と被害の程度

損失と損害は、生活や財産への被害を含む経済的損失・損害と、人命の損失、生物多様性や文化遺産への損失を含む非経済的損失・損害に分けられる。また損失と損害の内容には、気候変動によって頻発・深刻化している異常気象による破壊や、氷河の融解のような緩やかに発生する事象による被害が含まれる。

世界的に発生している損失や損害の範囲を定量化することは困難だが、すでに洪水によるインフラへの被害から猛暑による人命の損失まで、大規模な損失・被害が発生しており、温暖化が進めば進むほど損失・被害が拡大することは明らかである。

一例を挙げると、海の温暖化によって太平洋におけるマグロの回遊生態が変化しているが、このことはマグロ漁業に食糧供給と経済を依存する小さな島国に大きな影響を与える可能性がある。推定される損失額は、政府歳入の平均より年間1億4千万米ドル(日本円にして約192億円)とされる。

アフリカ大陸中央部の湖・チャド湖周辺では、1960年代以降、気温が2度近くも上昇している。洪水から干ばつに至るまで、異常気象はこの地域の4,000万人の生活に影響を与えており、このことを要因として、漁業、農業、家畜の収穫量の低下、コミュニティの移転による先住民文化の喪失、耕作地をめぐる紛争などが起きている。

COP27は「損失と損害」基金を発表

2022年11月、エジプトのシャルム・エル・シェイク​​で国連気候変動組条約第27回締約国会議(COP27)が開催され、世界で深刻化がすすむ気候変動により「損失と損害」を受けた国々への支援を目的とする基金を創設することに合意し、幕を閉じた。

国連気候変動交渉において、気候変動に対して脆弱な国の多くが直面している深刻な気候変動の影響により、損失と損害は優先事項となっている。

たとえばモルディブ共和国は、世界の温室効果ガス排出量の0.03%に過ぎないにもかかわらず、島の5分の4が海抜1メートルしかないため、海面上昇は同国にとって存亡の機となる。

損失と損害は、人為的な気候変動を引き起こした先進国の歴史的な責任と関連し、それに伴う補償を提供するよう求められることから、多くの人が論争の的とみなしてきた。

損失や損害に対するコストは、主に気候変動の影響を最も受けるコミュニティや国によって負担されている。バングラデシュ人民共和国の農村部の家庭では、収入の多くを洪水や暴風雨などの気候の影響から身を守るために費やしている。気候変動の影響を最も受ける20カ国 「V20」の経済は、気候変動の影響により、過去20年間で推定5,250億米ドル(約72兆円)を失ったとされる。

COP27で損失と損害のための特別な基金が設立されたことは、この問題が進展する重要なポイントとなった。

この基金では、気候危機の悪影響に特に弱い国々が受ける、気候変動に起因する干ばつ、洪水、海面上昇、その他の災害から生じる損失を支援することが予想されている。

「損失と損害」基金に残された課題

基金の設立は、あくまで最初のステップに過ぎない。損失と損害に対する基金の詳細はいまだ決まっていないためだ。

交渉文書では、さまざまな財源からの資金援助の必要性が認識されているが、誰がこの基金にお金を払うべきか、このお金はどこから来るのか、どの国が恩恵を受けるのかについては決定されていない。この問題は、交渉の席で最も大きな争点となっている。

また損失と損害の資金ニーズは気候変動の緩和と適応対策と密接に関係している。国連環境計画(UNEP、United Nations Environment Programme)は公式サイトにて、UNEPの調査より、そもそも適応のための資金が不足していることを明らかにしている。The 2022 Adaptation Gap Report によると、気候変動の影響を受ける国への国際的な適応資金は推定されているニーズの5倍から10倍あるとされ、2030年までに年間3,000億米ドル(約41兆円)以上が必要になるとされる。

損失と損害の大きさに対応するためには、より広範な寄付金提供者と革新的な資金調達手段が必要となる。

UNEPのウェブサイトには、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が革新的な資金調達手段として化石燃料企業に課税し、その資金を食糧やエネルギー価格の上昇に苦しむ人々や、気候危機による損失や被害に苦しむ国々に振り向けることを呼びかけている、と書かれている。また国連気候変動枠組条約に基づいた損失と損害向けの債務や国際税、専用の金融機関を求める声もある。

損失・損害基金がいかに早く軌道に乗るかが気候変動への取り組みの成功を左右する。今後1年間で、24カ国の代表者が集まり、基金の形態、拠出国、資金の分配方法などを決定していく予定である。

まとめ

COP27で設立された損失と損害基金が効果を発揮するためには、気候変動の根本的な原因である温室効果ガス排出量の削減に取り組まなければならない。排出量を大幅に削減しない限り、より多くの国が気候変動による壊滅的な影響に直面することになる。

COP27では、基金の創設を評価する声が多い一方で、温室効果ガス排出量の削減が十分に行われなかったと懸念する声も多く聞かれた。UNEPは公式サイトにて、「最終文書は自然エネルギーを促進する一方で『低排出』エネルギーを強調する。これは天然ガスを指しており、依然として温室効果ガス排出源であるとの批判がある」と書いている。

世界は、持続可能な開発目標を達成する人類の好機が気候変動によって損なわれないよう、引き続き温室効果ガス排出量の削減、適応策に取り組むだけでなく、緩和、適応、損失と損害のため、より多くの資源を切実に見つける必要がある。

【関連ページ】気候変動への適応策とは・意味
【関連ページ】気候緩和とは・意味
【参照サイト】What is loss and damage? | Chatham House – International Affairs Think Tank.
【参照サイト】国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27) 結果概要|外務省
【参照サイト】COP27 ends with announcement of historic loss and damage fund
【参照サイト】COP27 Reaches Breakthrough Agreement on New “Loss and Damage” Fund for Vulnerable Countries | UNFCCC
【参照サイト】What you need to know about the COP27 Loss and Damage Fund

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