「1.5度」が隠してきたこと。2024年の気温上昇幅がそれを“超えた”今、国際目標の正義を問う

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2025年が始まってまもなく飛び込んできた気候変動のニュースは、ちょうど1年前と同じように、私たちに現実を突きつけた。2023年に続き、2024年の世界の平均気温は「史上最高」を記録したのだ。

さらに今回は、その上昇幅が産業革命以前と比べて「1.5度」を超えたことに注目が集まっている。パリ協定において、世界の平均気温の上昇を「1.5度以内」に抑えることが努力目標とされた。このことから、国際メディアでは、この数値が“強力なシンボル”として引き合いに出され、気候危機が激化の一途を辿っていること、“セーフゾーン”の終焉が近づいていることなどが報じられた(※1, 2)

だが、この「1.5」という数字は世界の運命を定めるような絶対的な基準なのだろうか。この数字を下回れば安全で、上回れば世界は崩壊してしまうのか。いや、今私たちが生きている時点で、必ずしも急に崩壊するわけではないだろう。そうとなれば、なおさら「1.5」がなぜ重視されるのか疑問である。

なぜ「1.5度」が重視されるのか

もう一つのラインとして「2度」を基準とした議論も見聞きしたことがあるかもしれない。この2つの基準について、歴史的な議論の場を振り返ってみよう。

かつては、世界の平均気温の上昇幅を2度以下に抑えることが目標とされていた。2010年にメキシコ・カンクンで開催されたCOP16で「カンクン合意」が締結され、長期的な目標として、産業化以前のレベルと比較して地球平均気温の上昇を2度以内に抑えることを目指すと定められた(※3)

歴史を辿れば、1997年の京都議定書においても「2度」についての言及がある。また1つ前のCOP15におけるコペンハーゲン合意でも「2度」という文言は出てきたものの、どのような位置付けの数字であるのかは明記されていなかったという。そのため、カンクン合意以降「上昇幅2度未満」というラインの存在が色濃くなったと言えるだろう。

カンクン合意の時点でも、「1.5度を含めて長期目標の強化を検討する必要性を認識する」と示されていたという。その後、2013年から2015年にかけて気候変動に関する政府間パネル(以下、IPCC)や国際機関の専門家を交えたStructured Expert Dialogue(SED:組織的専門家会議)が実施され、2度未満に抑えることを確実にするための施策として、1.5度の努力目標がレポート内で提案された。同様に2度目標への批判や、2度と1.5度のシナリオ比較が公開され、その妥当性は揺らぎ始めていた。

そして2015年、COP21で採択されたパリ協定で進展があった。SEDのレポートを反映する形で、産業革命以前と比較して地球平均気温の上昇を「1.5度以内に抑える努力目標」が追加されたのだ。これ以降、パリ協定を引き合いに気候変動政策では「1.5度」も主要な基準の一つと位置付けられるようになった。

一見するとわずかに0.5度の変化に思われるかもしれない。しかし、社会環境システムにおいてこの差は明らかな違いを生むという。

例えば、IPCCのレポートによると、気温の上昇幅が2度であれば、サンゴ礁の99%以上が消失し海の生態系ネットワークが崩壊しうるという。2度目標はいわば“限界”とも言えるラインだ。一方、上昇幅が1.5度の場合、少なくとも70%の破壊に留められる可能性がある(※4)。甚大な被害はありながらも、かろうじて不可逆的な自然破壊を免れることができるラインと捉えられているのが「1.5度目標」であるだろう。

なぜ「産業革命以前」と比較した気温上昇なのか

ここまで議論されてきた平均気温の上昇幅は、主に「産業革命以前と比較して」の数字である。人間社会はそれ以前から長く続いているのに、あえて産業革命期を基準とする理由は、正確な収集データの限界だけではない。

工業化が社会を大きく変化させ、北半球を中心に多くの国で化石燃料がエネルギー源となり急速に温室効果ガスの排出量が増加したからだ(※5)。CO2排出量のグラフを見ると、産業革命期(18世紀後半から19世紀頃)から排出量が増え始め、その後急カーブを描いている。

IPCCでは、1850年から1900年を基準年としている(※6)。単年を比較対象としていないのは、IPCCでの気温変化の議論は10年の平均をとった「長期平均」を主流としているからであり、10年平均が1.5度を超えたと見なされる前に、一つの日、月、年で1.5度の気温上昇が発生するのだ(※7)

つまり、2024年の世界平均気温が1.5度を超えたことは、(まだ)パリ協定での努力目標遵守に失敗したというわけではない。「産業革命以前から1.5度気温上昇した世界」には至っていないものの、残念ながらそれに当初の予想を上回る早さで近づいているのが現状である。

「1.5度超過」のナラティブが隠していること

ここまで、「1.5度」という数字そのものの歴史から、その基準が設けられたことによる功罪を振り返ってきた。ある年の平均気温が1.5度を超えたからといって、まるで機械のスイッチを押すように、急に生態系が崩壊するわけではないのだ。

むしろ注視すべきことは、1.5度を“超える”前の時点で、すでに世界各地で気候変動の影響を受けている人々がいること。そして「1.5度を“超えた”」という表現やナラティブが強調されることで、誰かの発言や視点を覆い隠してしまっていることである。

「1.5度に到達するか否か」という二元的な捉え方は、1.5度に至らずとも気温上昇によって命をめぐる被害を受けている人々の声を、隠してしまってはいないだろうか。2022年のパキスタンでの洪水や、2024年の西アフリカでのヒートウェーブ、インドでの酷暑……これらを目の当たりにしても「まずは1.5度に達しないよう努力しよう(1.5度までは気温が上昇しても大丈夫)」と捉えてしまう姿勢は、その「1.5度」という基準値があるがゆえかもしれない。

目標の数値が定まると、あたかもその数値までは猶予があり、そこに近づいても超えなければ良しとされるように見えてしまう。妥当でなかったかもしれない「1.5度」のラインに惑わされて、すでに起きている被害が隠されてきてしまった可能性は大いにあるだろう。

COP29から顕になる、見えている景色の違い

2024年を振り返ってみれば、「1.5度目標」によって隠されてきた声は、至るところで上がっていたことが分かる。

その一つが、アゼルバイジャンのバクーで開催されたCOP29。途上国に対する気候変動対策支援が不十分であるとして数十カ国が途中退席する一方、閉幕に対し先進国は立ち上がって拍手を送っていた。先住民の人々が声明を出す場も設けられたが、結果へ十分に反映されることはなかったのだ。その明らかな評価の違いは、世界の分断の片鱗を表しているようであった。

これは、途上国が単に支援金を求めているのではない。歴史的な温室効果ガスの排出量が多く、これまで気候変動に加担してきた北半球の国々に対して、排出量が少ないにもかかわらずその被害を受け危険にさらされている国や地域が、気候正義を求めて公正な対応を訴えかけているのである。

2025年を迎え、日本政府が掲げる「2030年度までに温室効果ガス排出量の46%削減」の目標まで、およそ5年となった。あえて「1.5度」の縛りから外れて、考えてみたい。各地での気候変動の“症状”をふまえて、現在の気候変動対策は、人や自然に対する不可逆的な破壊を防ぐことができる十分に早い時期を目標として、あらゆる状況の国に対して公正な方法で、課題に向き合っているだろうか。

クリエイティブな解決策も、人々を突き動かすデザインも、ソーシャルグッドなアイデアも、そんな根幹にある課題と向き合ってこそ、意義の伴う本来の力を発揮するはずだ。

※1 Hottest year on record sent planet past 1.5C of heating for first time in 2024|The Guardian
※2 Earth breaches 1.5 °C climate limit for the first time: what does it mean?|Nature
※3 地球環境研究センター30年の歴史(6)カンクン合意の評価と残された課題|国立環境研究所
※4 アングル:温暖化抑制、「1.5度」と「2度」の決定的な違い|Reuters
※5, 7 Climate change: The 1.5C threshold explained|BBC
※6 FAQ Chapter 1 — Global Warming of 1.5 ºC|IPCC

【参照サイト】1.5°C: where the target came from – and why we’re losing sight of its importance|The Conversation
【参照サイト】Climate change: The 1.5C threshold explained|BBC
【参照サイト】アングル:温暖化抑制、「1.5度」と「2度」の決定的な違い|Reuters
【参照サイト】FAQ Chapter 1 — Global Warming of 1.5 ºC|IPCC
【参照サイト】Hannah Ritchie and Max Roser (2020) – “CO₂ emissions” Published online at OurWorldinData.org. [Online Resource]
【参照サイト】Climate change: Deadly African heatwave ‘impossible’ without warming|BBC
【参照サイト】Disappointed by this year’s climate talks, Indigenous advocates look to Brazil in 2025|NPR
【参照サイト】Media Gallery|COP29
【参照サイト】2024年世界の平均気温 抑制目標の「1.5度」初めて超える|BBC NEWS JAPAN
【参照サイト】2024年世界の平均気温 1850年以降で最も高く|NHK
【参照サイト】COP29で数十カ国の代表が途中退席、途上国の気候変動対策支援めぐり反発|BBC NEWS JAPAN
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