COP27「損失と損害」とは?意味と背景、今回の議論の結果を解説

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2022年11月、エジプトのシャルム・エル・シェイク​​で行われていたCOP27(国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議)。今回は、世界で深刻化がすすむ気候変動により「損失と損害」を受けた国々への支援を目的とする基金を創設することに合意し、22日に幕を閉じた。

今回、主要議題の一つに掲げられた「損失と損害」とは、いったい何を意味するのだろうか。この概念が生まれた背景と、今後の取り組みを解説していく。

気候変動対策、三つの柱

「損失と損害」は、世界の国々が気候変動の課題に取り組むうえで、重要な三つのフェーズの一つだ。

まず一つ目のフェーズは、温室効果ガスを削減し、脱炭素化をはかる「緩和(Mitigation)」。現状、すでに大洪水や干ばつなど、気候変動による影響は世界各地にさまざまな形で現れている。

そこで、二つ目のフェーズとなる「適応(Adaptation)」。緩和策を講じても避けられない影響をあらかじめ予測しておき、人々が生活ができるように環境を整えておくことだ。具体的には、高温に強い食品への改良や、熱中症の予防、自然災害対策などが挙げられる。

しかし昨今は、「適応」すらできないような状況も起こりつつある。2022年9月、パキスタンでは例年の3倍もの雨が降り、国土の3分の1が水没、1700人以上が亡くなるという未曾有の大災害に見舞われた。被害総額は、6兆円を超えるとの見方もある(※1)

「世界は回復能力を超える速さで燃えている」パキスタンのシャリフ首相はCOP27前のスピーチでこう述べ、もはや一国だけで回復をはかることが難しい段階まできていると指摘した(※2)

パキスタンだけではない。「アフリカの角」と呼ばれる、ソマリアやケニアなどのアフリカ大陸東部地域は、過去40年で最悪と言われる干ばつに見舞われており、国連によると30万人以上が2022年末までに飢餓に直面すると推計されるなど世界各地で危機的ともいえる状況が多発している(※3)

一般的にこうした「適応」の範囲を超えた影響への対策が、三つ目のフェーズとなる「損失と損害(Loss and damage)」だ。すでに気候変動によって大きな損害を被っている被災地への支援や、被災者への生計手段の提供などを指す。しかしこれは、条約として明確な定義がされていない。

干ばつ

社会経済システムが脆弱で資金が乏しい途上国における、気候変動の影響は深刻だ。世界気象機関(WMO)は、世界中で過去50年間(1970-2019)で、約1万1,000件以上の災害が発生し、200万人以上が死亡したことを発表。被害者の9割は、途上国の人々であることを指摘している(※4)

「損失と損害」は、今回はじめてCOPの主要議題の一つになったが、概念として登場したのは今から約30年前にさかのぼる。

30年前、何があったのか

ことの発端は1991年。海面上昇により国そのものの存続が危ぶまれる小島嶼国途上国(AOSIS)が救済を求め、「損失と損害」の概念を提起した。その後、気候変動の影響を受ける国々も拡大し、途上国を中心に賛同を得ることとなった。

しかし、具体的な解決のための議論はなかなか進まなかった。その理由は、「損失と損害」はしばしば、これまで多くの温室効果ガスを排出してきた先進国の「責任と賠償」の議論と結びつきがちだったからだ。

追加的な資金援助から逃れたい先進国と支援を引き出したい途上国の議論は常に平行線をたどったが、COP13(2008)の「バリ行動計画」で初めて「損失と損害」が明示され、その後の議論を経てCOP19(2014)で​​「損失と損害に関するワルシャワ国際メカニズム(WIM)」が設立された。

さらに2016年パリ協定の8条には「損失と損害」が明記されることになったが、先進国は「責任と補償」の議論とは切り離すことを脚注に入れる、ということを条件とした。これを受けてWIMは「損失と損害」のための情報収集という役割に位置付けられ、「損失と損害」に関する支援の具体化は図られないまま今に至っていたのだ。

CO2排出量0.3%のパキスタンが被害にあう不公平さ

「損失と損害」への関心が急激に高まった背景には、適応に関しては基金(適応基金)がある一方、それを超えた被害に対して救済するための資金が確保されていないことにあった。議論が数十年におよぶなか、年々自然災害は増加し、途上国からの救済を求める声が高まった。

また、社会正義の観点もある。2022年、大洪水に見舞われたパキスタンがこれまでに排出してきたCO2の量は、世界の累積量のわずか0.3%。米国の24.5%、日本の3.8%とは大きな開きがある(※5)

パキスタン洪水

Image via Asianet-Pakistan / Shutterstock.com

一方、過去20年間に気候変動によると見られる自然災害を受けた主な国は、1位がプエルトリコ、2位がミャンマー、3位がハイチ、4位がフィリピン、5位がモザンビークと、途上国が上位を占める(※6)。そして、累積CO2排出量の上位は米国、中国、ロシア、ドイツ、英国、そして日本と主に先進国が占めている(※7)

CO2をほとんど出していないにもかかわらず、多大な被害を受け、復旧のために巨額の費用を支出せざるをえない状況に途上国の堪忍袋の緒が切れたのが、今回の会議だったと言えるだろう。

「損失と損害への基金」創設に向けた機運の高まり

平行線の続く「損失と損害」の議論。そんな状況を打破しようという動きは、2021年ごろから少しずつ強まっていた。

COP26(2021)では、議長国である英国から、「損失と損害」に関するディスカッションペーパーが出され、さらに、スコットランド政府が「損失と損害」のために約200万ポンドの資金提供を行うことを発表。国としてのイニシアチブではなく、また金額も大きくはなかったが、誰かが「損失と損害」に対してお金を出すという意義ある決断を世界に示す第一歩となった。

そして2022年9月には、デンマークが1億デンマーク・クローネ(約19億円)提供することを発表し、支援を表明した初の国家として注目が集まった。

COP27の注目ワード。気候変動の「損失と損害」の責任を、デンマークが世界で初めて負う国家へ

さらに、デンマークに続き、ドイツも11月に「損失と損害」に対して1億7000万ユーロ(約250億円)の拠出を表明し、「損失と損害」のための基金創設に向けた機運が高まった(※8)

今後の焦点は、基金の取り組みの中身に

今回の基金創設の合意は大きな成果だが、その中身は決まっておらず、正念場は来年以降も続く。

誰がいつまでに、いくら支払うのか。COP27の議論の中で、化石燃料を生産する企業への課税でまかなうといった案も出されたことからも(※9)、公的な資金だけではなく、民間の資金を活用する可能性もある。いずれにしても、多くの人々の命や暮らしを守るためには早急に具体化することが重要だ。

今回は、ウクライナ侵攻によるエネルギー危機の影響もあり、1.5度目標を実現するための踏み込んだ脱炭素政策は盛り込まれなかったが、「緩和」政策に十分に取り組まない限り「損失と損害」基金は焼石に水になりかねない。

「今日はパキスタンだが、あなたがどこに住んでいようと、明日はあなたの国かもしれない。「損失と損害」は世界的な危機であり、国際的な対応が必要だ」

パキスタンの被災地を訪れた国連のアントニオ・グレテス事務総長はこう語った(※10)。毎年のように「適応」の限界を超えた、未曾有の自然災害が世界各地で多発するようになった今。「損失と損害」の問題はすべての国が直面する問題になる可能性もある。

根本的な脱炭素政策をさらに加速させつつ、「損失と損害」基金を速やかに実現することを切に願うばかりだ。

※1 世界銀行調べ
※2 COP27:The world is ‘burning up faster’ than it can recover, says Pakistan PM
※3 朝日新聞 2022年11月13日付
※4 WMO Atlas of Mortality and Economic Losses from Weather, Climate and Water Extremes (1970–2019) (WMO-No. 1267)
※5 Our World in Data,1800年から2020年までの累計
※6 「世界気候リスク指標2021」シャーマンウォッチ
※7 憂慮する科学者同盟資料
※8 Germany, Belgium pledge funds to tackle climate ‘loss and damage’
※9 日経新聞 2022年11月16日付
※10 UN chief sees ‘great heights’ of human endurance and heroism amid ‘climate carnage’ in Pakistan

Edited by Kimika

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