社会課題解決を目指す企業が取り入れている思考法「MTP」とは?
written by Climate Creative 編集部
産業革命後の気温上昇を1.5℃に抑えようとする世界共通のゴール「1.5℃目標」。しかし、その目標の実現への道のりは、近いとは言い難いのが現状だ。世界各国が提示する目標を合わせても2℃を超えると言われており、従来の気候変動対策とは異なる新たな対策が世界では求められている。そんな今、世界が目指すCO2の排出削減とカーボンニュートラル社会の達成を目指すうえで、カギを握ることとは何だろうか。
具体的な気候変動対策や新たなイノベーションを検討し、生み出すことは言わずもがな重要である。同時に、その一歩手前の「マインドセット」も個人や企業が目標達成を目指すにおいて注目すべき要素の1つだ。本記事では、実現したい新たな社会を迎えるために必要な思考転換のためのマインドセットの方法「MTP」について紹介する。
気候危機で注目したい、企業のMTP
MTPとは、Massive Transformative Purposeの略で、日本語では「野心的な革新目標」と訳される。無謀とも思える高い目標や想いを言語化する手法として知られている。
そのMTPを提唱するのが、アメリカのシリコンバレーに拠点をおく「シンギュラリティ大学」。同大学は、AI研究での世界的権威者らにより設立された教育機関で、「教育、エネルギー、環境、食糧などの課題解決のために積極的に取り組むこと」をミッションとして掲げている。今や、世界中からグローバル企業の経営層や起業家が集まる機関だ。
そんなシンギュラリティ大学が重要視しているのが、MTPを保有すること。同大学によると、指数関数的に急成長する企業の多くがMTPを保有しており、「ありたい未来」から逆算して立てられた野心的な計画や目標であるムーンショットを実現する手段の1つとしてMTPを捉えている。自らもシンギュラリティ大学のエグゼクティブプログラムを修了し、「エクスポネンシャル思考」の著者である齋藤和紀氏は、MTPを「世界を対象とした人類規模の目標」と定義している。また前著では、MTPでないものとして、ビジョンやミッションの他、顧客向けのマーケティングスローガンや事業を通して実現できないものが挙げられている。
MTPの具体的な事例とは?
では、どのような企業がどのようなMTPを掲げているのだろうか。ここでは、事例を2つご紹介する。
ボルボ社
スウェーデンに本社を置く自動車メーカーボルボ社は、2007年に発表したVision 2020で「2020年までに、新しいボルボ車に搭乗中の事故による死亡者、そして重傷者をゼロにする。」を掲げている。このMTPがあったからこそ、車体の外側に開くエアバックは世界を初めて商品化し、自転車が自動車事故に巻き込まれないための仕組みを提供している。
さらに、同社が他自動車メーカーに先んじて、「2030年までにすべての新車をEVに移行する」計画を発表していることも、社内のモチベーション向上に寄与していると考えられる。改めて業績を調べてみると、2021年度の業績は多くの指標で過去最高を計上し、2022年度の上期も増収・増益を達成している。
ソニー社
2019年1月、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というパーパス(存在意義)を掲げ、改めて企業としての社会的価値を明確に宣言したソニー社。同社は、そのパーパスを体現するかのように、強みである創造性と技術の融合により新素材「Triporous™(以下、トリポーラス)」を生み出した。
廃棄予定のお米の籾殻から生まれた、天然由来の多孔質カーボン素材であるトリポーラスは、男性用ボディウォッシュ製品やアパレル繊維などさまざまな商品に活用されている。自社の強みを生かしながら、化学メーカーや最終品メーカーなどのパートナーと協働することで実現した取り組みで、電化製品メーカーでありながら、その枠にとらわれずに挑戦したことで社会課題の解決に貢献した。
上記2社のように、情緒的感情に訴えかけながら、さまざまなステークホルダーを巻き込む求心力を持ったセンテンスと力強いメッセージは、社内外に共感者を生み、社外にロイヤルティの高い顧客が、社内にはエンプロイー・エンゲージメントの高い社員が集うことにつながる。その結果が、シンギュラリティ大学でいうところの指数関数的な成長の源泉であると言えるかもしれない。
MTPの作り方とは?
では、どうやってMTPを作成するのか?その一歩となるのが、企業自らの存在意義や事業を通じた社会への提供価値を問い直すこと。つまり、昨今盛んに言われるパーパス経営を目指すことであると言える。
あらゆる商品やサービスがコモディティ化(一般化)し、競合他社との差別化が難しくなっている今、自社がなぜ存在し、何のためにその事業を行うのか。改めて明文化し発信することで、社内外に対して意志統一を図ることができる。そのように、自らの存在意義や提供価値を問い続けながらつくったMTPは、やがてステークホルダーを巻き込み、図らずとも強力な差別化戦略につながるだろう。
そして、MTPを考える上でのもう1つのヒントが、その達成目標を定量的に表現し、MTPに含めることである。たとえば、目標達成時期や目標数値を含めることで目指す内容がより明確になる。
マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツが1970年代に掲げたミッションは、「すべてのデスクと、すべての家庭に1台のコンピューターを」(A computer on every desktop and in every home.)であった。今となっては当たり前にみられる光景であるが、当時は野心的な目標であったと言える。
誰もがまだ見ぬ2050年のカーボンニュートラル社会。内発的な個人の想いをクリエイティブに言語化し、共感を高め周りを巻き込むこと。それこそが、社会を変革するクリエーターに求められるスキルであろう。気候危機を解決するためのMTPを考えてみよう。