「油彩画」と聞くと、たいていの人は美術館で鑑賞するような立派な作品か、美術を趣味でやっている人が本格的に取り組む画法と想起するだろう。油彩画に挑戦するのはハードルが高い。高校の授業で油彩画を経験した方もいると思うが、個人的に挑戦しようとすると道具を買い揃えたり、キャンバスやイーゼルを立てるために周囲の環境を整えたりしなくてはならない。
油彩画は色の重なりや混じりあいを楽しむことができ、なおかつ立体的な表現も可能にする魅力的な画法であるのにも関わらず、体験する場が水彩画と比較すると圧倒的に少ないのは、非常に惜しい事態である。
こうした状況に対して画期的な解決策を創り出したのが、ベルギーにあるLeuven Universityの学生たちだ。彼らがAdobe社とのコラボレーションにより開発したアプリは、タブレットやiPadでリアルな油絵を描くことを可能にし、プロ・アマチュア関係なく油彩画を体験できる機会を創出した。
このアプリは筆やペンを用いて、画面上に描画するだけで油絵を描くことができる。着目したいのが、近年登場した油彩「風」のエフェクトではなく、油彩をまるでキャンバス上に描いているかのような体験ができる点だ。
絵具に油を溶かしながら調整するように、アプリ上でも濃度やテクスチャーをコントロールでき、タブレットを傾けると表面上の液が垂れてくるところまでばっちり表現されている。加えて、色素のレイヤーも4層まであり、乾く速度に応じて色を混ぜたり、重ねたりすることが可能だ。さらに筆の動きにも注目したい。アプリは筆の機微な動きを認知するだけではなく、強弱で色を混ぜたり、表面の立体的なニュアンスを描いたりすることもできる。
「油彩画をタブレットとペンで気軽に描ける時代がきた。」
この体験機会は、人々に新たな表現手段を提示するだけではなく、多岐に渡って社会に革新を起こすだろう。まず人体に有毒な重金属を含む油彩絵具やその他の画材を使わないことから大量の資源を節約でき、環境に優しく安全かつ安価に油彩画を楽しむことができる。
そしてタブレットさえ手元にあれば油絵に挑戦できることから、美術教育に油彩画を取り込むことも現状より容易になるだろう。美術教育の主流となっている水彩画だけではなく、色の混成や奥行きを学ぶことができる油彩画の機会を増やすことは、子供たちの表現の幅を広げることにつながるはずだ。
デジタルとアートの掛け合わせは、表現の拡張だけではなく社会のスタイルまで変えていく。今後どういった可能性を私たちに提示してくれるのか楽しみだ。