人と人のつながりが分断された今、千葉の集落から学ぶ5つのこと

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東京駅から車で約2時間ほど走ったところに、千葉県鴨川市釜沼がある。豊かな里山と、雨の恵みで育つ大小様々な天水棚田のある地域だ。

ここにはおいしい空気があり、食べ物がある。しかし田畑を守るのはほとんどが70代から80代の高齢者であり、住民の半数以上が65歳以上の、いわゆる限界集落と呼ばれる場所だ。

いつからか、ここには多くの人が訪れるようになった。海外からの移住者もおり、地元民と移住者が交流できる場もある。多くの人がつながるハブの一つが、小高い山にある「ゆうぎつか」と呼ばれる古民家だ。

ゆうぎつかを運営するのは、19年前にここに移り住んだ林良樹(はやし よしき)氏である。現在、あちこちの講演会やワークショップで里山の豊かさを発信する林氏の取り組みに耳を傾けてみると、その節々に「人と人、コミュニティとコミュニティ」がつながるヒントがたくさんつまっていた。

話者プロフィール:林 良樹(はやし よしき)


千葉県木更津市出身。NPO法人うず理事長。さまざまな職業を経験した後、アメリカ、アジア、ヨーロッパを放浪。その後、1999年に鴨川に移り住む。家族や猫・犬・鶏と農的生活を送りながら、「半農半アーティスト」として活動中。古民家「ゆうぎつか」を運営する。

01. 地域通貨が子育てする人を救う?

1999年、ゆうぎつかに移り住んだばかりの林夫妻は、疲労困憊していた。壁があちこち崩れ、水も電気も通っていない家での2人暮らし。奥さんは当時妊娠7か月で、すぐにでも出産用の部屋が必要だった。

子供が生まれてからは近所の製材所で働き始めたものの、知り合いのいない集落での子育てや家の改築などの忙しさに追われ、ストレスは限界に。そんな状況を打開するため、お祭りや草刈りといった集落の行事には欠かさず出席し、移住者とも積極的に関わり、地域と子育てを助け合える関係性を作ろうと必死に模索したのだ。

林氏が最初に関わったことの一つに、地域通貨「あわマネー」の創設がある。これは、鴨川を含む千葉県南部、通称「安房(あわ)」の地限定で使えるものだ。1awa=1円を目安に、お金のようにも、物々交換のようにも使うことができるという。

林氏はこれを、地域に暮らす人者同士が助け合えるツールとして導入した。同時に、小さな交流会やいらなくなった子供服を交換する小さな市場「クルクル市」も始まる。最初はほんの10人で始めた物々交換が、インターネットの普及を経て、地域で行う相互扶助や情報交換のコミュニケーションツールに進化した。

コミュニケーションツールという目的とは別に、林氏は何かの形で「地域で循環し、地域を豊かにするもの」の必要性を感じていたようだ。アメリカの911テロをきっかけとして、世界に大きく展開するグローバリゼーションの歪みを感じ、他の地域から奪わない仕組みを作り出したかったのである。

なぜ地域通貨だったのか、そう聞くと、林氏は「世界を旅した時に訪れた、インドの世界最大のエコビレッジでも、アメリカのバイカーたちが集まる市でも、独自の通貨が流通していた。あとはNHKで放送していたお金に関する番組でも地域通貨が話題になっていて、目から鱗だった」からだと笑って答えた。

02. 住民発信でつながるコミュニティ

新しい活動、新しい仕組みは、行政がある日突然「やろう!」と言い始めても、住民の理解を得て、暮らしに浸透しなければすぐに消えてしまう。林氏は、地域通貨についてそんなことを言っていた。

鴨川にはあわマネーの他にも、コミュニティ・カフェawanovaやNPOなど住民発信で作られてきた活動が多くある。その一つが、地域コミュニティ同士をつなぐイベント「安房ギャザリング」だ。

これは、地域内外でさまざまな社会活動をする人を招き、TED Talksのような短い講演を行うイベントだ。第1回目にはオーストラリアの環境活動家を招いた。トークのあとは持ち寄りBBQパーティーがあり、イベントに参加したコミュニティ同士の協働を促す。

移住者の中でも、さまざまな活動や年齢層のコミュニティがある。それぞれが独自に活動を行うことはあるが、コラボレーションする機会があればさらに素敵だ。そんなアイデアでこの安房ギャザリングを主催するのは、アメリカ出身のクリス・ハリントン氏である。

03. 「価値のない」田んぼは、宝の山だった

鴨川の魅力的な点の一つは、移住者が地元住民とよく馴染める雰囲気があること。それはクリス氏を含む海外からの移住者たちにとっても同じだ。ここには、都市と地方をつなぐかけ橋「釜沼北棚田オーナー制度」がある。

釜沼北棚田オーナー制度は、高齢化のため地主が耕作できなくなった棚田の一部を貸し出すことで、都市住民も現地への移住者も「小さな農、小さな自給」を手にすることができ、同時にその棚田を保全できる制度だ。普段スーパーで買うだけだった食べ物を自給してみるきっかけとなり、さらに日本人も外国人も関係なく、農作業を通してつながることができる。

この地域は、太平洋戦争中に米軍から空爆を受けた地域でもある。その戦争体験者である地元の90歳の長老は、クリス氏と一緒に稲作をすると笑いながらこう語った。「まさか戦後こんなにすぐに、敵国の人と米を作るとは思わなかったよ。」その言葉は、林氏の話のなかでも強く心に残るものだった。

村の人が「経済性のないマイナスなもの」だと捉え、放置されていた棚田が今では国際交流の場となり、新たな移住者の入り口となり、土地の新たな価値を生み出す場となっているのだ。

04. 企業との提携は豊かさの一歩

経済性がないものが続かないというのは、資本主義の社会においては自然なことだ。だからこそ、ビジネスも大切にしなくてはいけない。

林氏の運営するNPOうずは、無印良品くらしの良品研究所と提携し、里山の時間と空間を価値ある社会の共有財産として保全する「鴨川里山トラスト」という活動を行っている。2018年4月には廃校をリノベーションし、里山を一望しながら仕事ができる「里山オフィス」がオープンした。

新鮮な空気も陽の光もある自然の中なのに、インターネットもサクサク入る。

こういったコラボレーションにより、今まで里山や日本の田舎の豊かさを発信しても届かなかった層に、ジャンルを超えて声を届けることができる。オシャレで楽しそうなことをやっている場があれば、環境活動に興味がなくたって行きたいと思うものなのだ。

05. 日本の農村の魅力を知ろう

鴨川の雄大な里山に魅せられたのは、林氏やクリス氏といった移住者だけではないらしい。林氏の運営する古民家ゆうぎつかには、デンマークの小さな島ファイユからエネとミックという夫婦が訪れており、しきりに「鴨川は素晴らしい」と連呼していた。

2017年夏、林氏はデンマークでパーマカルチャーを実践するエネとミックの家を訪問し、持続可能な暮らしについて学んだ。そのときふと見せた里山の写真のあまりの美しさに衝撃を受けた2人が、ぜひ訪日したいと言い出したのだ。

林氏が日本の農村に移り住もうと思ったのは、意外にも海外にいたときだという。世界を放浪し、美しいイタリアの農村にたどり着いた林氏に、イタリア人の有機農家が「もうこれ以上、世界を旅する必要はないよ、君の国の農村へ行けよ。日本には、これから世界のお手本になるような素晴らしい文化があるんだ。」と言ったそうだ。

天然の雨水だけでお米を作る天水棚田という伝統文化、豊かな自然と美しい日本の原風景が残り、現代のテクノロジーとうまく共存している場所。そのすべてが、外から見たら価値のあるものなのである。

今、地域から学ぶこと

「自分が生きる場所を探していた。美しい自然のなかで、家族と一緒に暮らしたい。」

林氏は、移住当初から地元の人にこう伝えてきたそうだ。分断された社会をつなぎ直すことは、今でも彼の活動の共通テーマとなっている。人と人、人と自然、子育てをしている者同士、地元民と移住者、都市と地方、暮らしと地球、利益を追求しないNPOと利益が大切な企業、そして日本と世界。

林氏の話を聞いていると、”Think globally, Act locally(地球規模で考え、地域で行動しよう)”という考え方が頭に浮かぶ。あわマネーを始めとした地域活動が現在まで残っているのは、顏の見える小さな範囲から、ゆっくりと身の丈に合った成長をしてきたからである。これがローカルで、民主主義的で、本当の意味で「持続可能」なのだ。

鴨川で林氏が見据えているのは、集落の人口減少による衰退ではない。現代の人が望む、あたたかいつながりのある未来の風景である。

【参照サイト】鴨川里山トラスト
【参照サイト】無印良品 くらしの良品研究所 – 千葉・鴨川 里山という「いのちの彫刻」