「持続可能な観光」。そう聞くと難しい言葉に感じてしまう人もいるかもしれない。持続可能な観光とは、旅行者、産業、環境、及び受け入れ地域のニーズを満たしつつ、現在と未来におけるその経済的、社会的、そして環境的影響に十分考慮した観光のことをいう。
2018年9月、ヨーロッパを拠点に毎年開催されている「世界の持続可能な観光地100選」に選出された地域が発表された。なんとその中に唯一、日本の都市がひとつだけあった。
岩手県釜石市。東北・岩手県の東南部に位置している人口約35,000人の小さな町だ。海沿いには、世界三大漁場の一つである三陸沖が広がり、市内にある「三陸復興国立公園」や「五葉山県立自然公園」などは都道府県自然環境保全地域にそれぞれ指定されているほど、豊かな自然があふれている。今年9月に行われるラグビーワールドカップ日本大会では、東北唯一の開催地ともなっており、2019年は釜石市が世界に開かれる記念すべき年となる。
東日本大震災による津波で莫大な被害を受けたこの都市は、震災から8年がたった今、変革期を迎えている。持続可能な観光地づくりのための最初の一歩を踏み出した。
今年2月、そのスタートを記念して「釜石オープン・フィールド・ミュージアム国際観光フォーラム2019」が開催された。国内外から講師が招かれ、世界における持続可能な観光の動向やサステナブル・ツーリズム国際認証とジオパークの活用事例、管理と運営を担う組織としてのDMOについても触れ、市民が学ぶ場となった。今回は、そのなかから特に印象的だった内容をご紹介したい。
いま、なぜ釜石市は「持続可能な観光」を目指すのか
釜石市は、2017年に地域全体を“生きた博物館”と見立てた考え方である「釜石オープン・フィールド・ミュージアム構想」を公表した。釜石の自然、歴史、文化や人々の中の魅力を生かし、体験学習を提供することでその価値を最大限に活かし、釜石市民と観光客の双方にとって有意義な観光のあり方を目指している。
さらに釜石市が位置する三陸海岸は、地球活動の歴史と震災の記憶を後世に伝える地域「三陸ジオパーク」として、2013年に日本ジオパークの認定を受けている。“人類と地球の持続的共生”というユネスコジオパークの理念は、まさに持続可能な観光の考え方といえる。
釜石の観光資源は、「地域そのもの」である。これは、地域に根ざした釜石にしかないものであり、繊細なものだ。そうなれば、大量消費型の観光ではなく、量より質の観光を目指す必要がある。この問いかけから釜石は、持続可能な観光にたどり着いた。
「ラグビーのW杯は“瞬間的”に国際観光による発展を大きくもたらすものですが、サステナブル・ツーリズム国際認証は“継続的”に国際観光による発展をゆるやかにもたらすものです。」と、株式会社かまいしDMCの釜石リージョナルコーディネーターである久保氏は、持続可能な観光を目指すことが地域にとっていかに大事かを話した。
そんな釜石市のスタートを応援するべく、フォーラムの基調講演に登壇した3名の講師。ここからは、その話の中から今後、釜石市が持続可能な観光地として前に進むためのヒントを見つけていこう。
基調講演⑴ SDGs(持続可能な開発目標)の達成に「観光」は欠かせない
1人目の講師は、国連世界観光機関(UNWTO)駐在事務所事業・広報部課長のアリアナ氏。SDGsの達成には観光が必要不可欠であることを訴えた。
2015年に国連総会で採択されたSDGs。17の目標には全部で400にもなる指標が設定されている。そして、観光との関連性をみると、17の項目すべてで観光は目標達成に貢献できるといえるが、中でも目標8番「働きがいも、経済成長も」、12番「つくる責任、つかう責任」、14番「海の豊かさを守ろう」に、特に大きく関与しているという。
持続可能な開発目標達成のために、次のステップでは観光セクターとして持続可能な国際ネットワークなどと連携して、より具体的に政策を実践していく必要があるとアリアナ氏は話した。
基調講演⑵持続可能な観光地への道のりに、ゴールはない
2人目の講師は、韓国で初めてエコツーリズムに関する博士号を取得したというミヒ・カン氏。グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会(GSTC)アジア太平洋地域プログラムディレクターであり、韓国ジオパーク委員会委員でも活躍している。
挑戦し続けることに価値がある「サステナブル・ツーリズム国際認証」
「世界の持続可能な観光地100選」に日本で唯一選出された釜石市であるが、実は持続可能な観光地までの道のりは、まだ始まったばかりである。
この100選にノミネートするためには、「サステナブル・ツーリズム国際認証」の基準100項目のうち、重要項目である30項目の半数を満たす必要があり、釜石市は今、この30項目を満たした段階にいる。
ただし、この100選に選ばれ続けたいなら地域側も進化し続けていく必要がある。そして100選に選ばれてからも、毎年のように新たな基準をクリアしながら、何年もかけて理想の持続可能な観光地にしていく。
しかし、この100選に選ばれたことにより、釜石市は国際観光のビジネスチャンスを獲得した。100選に選ばれた地域だけが参加できるグローバルネットワークに参画し、世界中の先進的な地域とオンライン上でつながることができるようになった。これにより釜石市は、世界の持続可能な観光に関する最新情報や事例などが共有できるほか、選定を主催するグローバルリーダーズの担当者から認証取得に向けたアドバイスを直接受けている。
この基準はあくまでも枠組みを提示するものである。基準に照らし合わせることで、何をすべきかを明確にできるが、その方法や課題が解決済みかを示してくれる訳ではない。観光地の運営組織が認証に申請するにあたり、弱点や強みとなりうる点を把握するためのツールであり、利益を最大化しマイナスを最小化するものであるといえる。
そしてこれらを利用して持続可能な観光地をつくるためには、観光客にとっても持続可能な旅行がしやすい環境を提供しなければいけない。ここでは、海外での具体的な取り組みを紹介する。
プラスチックごみを削減する、サステナブルな観光の仕方
旅行時にはプラスチックごみを増やさないようにするために、マイボトルを持ち歩くというミヒ・カン氏。日本でも今、少しずつマイボトルを持ち歩こうという動きがあるが、このマイボトル保持者が困るのが水の補給場所だ。せっかくマイボトルを持っていても結局、水を補給する場所が見つからず、コンビニでペットボトルを購入してしまうという人も多いのではないだろうか。
そこでミヒ・カン氏から紹介があったのは、インドネシアのバリ島で始まった「Refill My bottle」。カフェ、リゾート、美術館、ショップなどで無料または低価格で清潔な飲料水をマイボトルの中に入れることができるサービスだ。
バリ島では観光客数の増加もあり、毎月600万を超える使い捨てのペットボトルが使われ、捨てられているという。そこで観光客や地元の人がペットボトルの水を買わずに清潔な水に確実にアクセスできる方法を考えた。このサービスは現在、バリ島やラオス、韓国などの9か国以上の750か所以上で始まっている。
その他にも、ゴミを埋め立て処理している韓国の環境省では、なるべくゴミを減らそうと、カフェの店内でプラスチックカップの使用を禁止しているという。たとえ数分カフェ内に滞在した後にテイクアウトをする場合ですら、プラスチックカップを使用することはできない。
今やこのような取り組みは、先進国だけでなく開発途上国でも行われている。「先進国が必ずしもエコなわけではない。」と、ミヒ・カン氏は述べた。バリ島やタイでも観光は大事なので、観光のビジネスセクターとしては先進国よりも進んでいるため、見習わなければいけない。
基調講演⑶世界水準のDMOが行うべき「エリアマネジメント」とは?
3人目の講師は、近畿大学経営学部の教授である高橋一夫氏だ。高橋氏は今、なぜ日本版DMO(Destination Management Organization:デスティネーション・マネージメント・オーガニゼーション)の導入を進めていく必要があるか、従来の観光業界との違いを交えて話した。
今、日本において従来の観光振興のあり方に限界が見えてきているという。これまで、地域は日本人のマーケットを中心に観光振興の方針を立ててきたが、今後は生産年齢人口と比例して減少していくと考えられる。こうした環境下にあって、地域は従来の日本人を中心とした観光振興のあり方を見直し、訪日外国人客に向けたマーケティング・受け入れ体制の見直しを進めていかなければならない状況にある。
そこで、地域に観光として魅力あるコンテンツを作り、それを強化してターゲットを理解し、サステナブルツーリズムを進めるために有益な情報先のモニタリングをする役割を担う、DMOの動きが必要だと高橋教授は話す。従来の観光協会だけでは手が回っていなかった、観光市場との間でプロモーションをするマネジメントを行う役目を行っているのが、現在のかまいしDMCである。
そして近年、観光関連の規制緩和が起こり、観光のマネジメントの幅が広がったと話す高橋教授。ここでは高橋教授の話にもあった、他の地域が行っているエリアマネジメントの具体例を参考に見ていこう。
商店街を丸ごとホテルにした東大阪の「SEKAI HOTEL」
旅館業法の規制緩和により、フロントの簡素化や有料通訳など外国人相手に観光ビジネスがしやすくなった。これを利用して、商店街の空き店舗を改装して宿泊施設とし、地域全体をホテルと見立てたのが「セカイホテル布施」だ。外装は婦人服店のままで中をホテルにしている。宿泊客には商店街の飲食店で店主や地元の人とふれあい、地域の日常を体験してもらうディープな「ツアー」や、商店街のレストランを活用して朝食や晩御飯を食べることができる。
高橋教授は、「外国人にとって日本人の日常生活は観光資源のひとつなのです。地域全体が活性化する仕組みを作り上げ、地域住民にとってもメリットになるようにすることが大切です。」とセカイホテルのビジネス展開を評価した。
マイカー運送「やぶくる」でライドシェア
次に、地方を観光する際に問題になるのが、交通面だ。兵庫県の養父市では、2018年5月より住民や観光客を自家用車で有料運送する全国初の事業「やぶくる」の運用が始まった。タクシー会社や観光協会、住民などでつくるNPO法人「養父市マイカー運送ネットワーク」が、タクシー会社が対応しにくい山間部の短距離輸送を担う。
「行政にはインフラ整備や規制緩和を行ってもらい、多様な財源の確保のあり方を議論してもらうことで、新しいビジネスが生まれます。一方で、DMOはディスティネーションマーケティングやプロモーションを行う、というような役割分担が大切です。」と、高橋教授は行政とDMOの役割を明確にした。
編集後記
3名の講師の基調講演やトークセッションの中で、一貫して話されていたのは、持続可能な観光を達成するためには「地域の人々とのコミュニケーションが欠かせない」ということだ。
いま、バルセロナやベネチア、京都などの有名観光地で、キャパシティを超える観光客が押し寄せるオーバーツーリズムが問題となっている。地域が観光地化することで、地域住民のプライバシーが守られなくなり、マイナスな影響がある場合もあり得るということも住民に説明しておく必要がある。持続可能な観光を達成するためには、地域の「人」もサステナブルでなければいけない。地元のコミュニティそのものが持続可能でなければ、観光客にそれを求めることはできないのだ。
サステナブルツーリズムはひとつの旅であり、達成には終わりはない。この旅を続けるかどうかは、その地域次第だ。釜石の挑戦はいま、始まったばかりである。
【参照サイト】 UNWTO
【参照サイト】 釜石オープン・フィールド・ミュージアム
【参照サイト】 かまいしDMC
【参照サイト】 GREEN DESTINATIONS FOUNDATION
【参照サイト】 refillmybottle
【参照サイト】 SEKAI HOTEL
【参照サイト】 やぶくる