【東北のいま#2】移住の決め手は「先輩の輝く背中」。陸前高田市広田町に若者が集まる理由

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岩手県陸前高田市広田町。ここには若者が日々移住してきており、さらに町民を巻き込んだイベントの主催や民泊事業の活性化といった新しい風を作り出している。その中心になっているのがNPO法人「SET」だ。地方の若者流出が叫ばれる中、なぜ若者はこの地を選んで地域に変革を起こしているのか。その秘訣を探るため、大学を卒業後すぐに広田町に移住し、24歳にして広田町でSETの民泊事業部長を務める渡邉氏を取材した。

話者プロフィール:渡邉拓也(わたなべたくや)

東京都江東区出身。大学在学中にNPO法人SETの「Change Makers Study Program」に参加し、その後SETメンバーに加入。SETの学生メンバーとして様々なプロジェクトの運営スタッフを経験する中で、人口が減り続ける広田町をどうにかしたい想いと、この町で豊かさを大切に生きている先輩移住者の姿の憧れで、卒業後は広田町に移住した。現在はSETで民泊事業部長を務め修学旅行民泊を中心に受け入れ業務を行う。

陸前高田市の支援ですら無理でも、目の前の人を助けたい

Q:なぜSETは広田町で始まったのでしょうか。

渡邉氏:2011年3月11日の東日本大震災からすぐ、知り合いがいた繋がりで現代表の三井が陸前高田市を復興支援のために訪れました。広田町は津波の影響で陸の孤島になっており、支援物資が届きにくい状況でした。1週間死に物狂いで三井ら学生たちがボランティアをした後に、広田半島の山の山頂の景色から津波が残した甚大な爪痕を見て、「自分たちがやっていることはなんてちっぽけなんだろう」と思ったそうです。

そんな三井らに対して、支援を受けた地域の人が「お前たちボランティアがいるから今自分はここにいる、ありがとう」と声をかけたそうです。当時三井は東北全体の地域に特化した復興支援団体を作ろうとしていましたが「陸前高田市の支援ですら無理でも、目の前の人を助けたい」と考えたために広田町での活動に注力することを踏み切りました。

広田町の住民と

広田町の住民と

Q:そこから7年間、これまでの経緯をお聞かせください。

渡邉氏:その後災害マップの作成やスポーツ大会など、広田町からの依頼は何でも受けていたことで関係値ができ、徐々に広田町の課題が見えてきました。その一環として「Change Maker Study Program」という学生向けのプログラムが生まれました。人口減少によって町の課題を解決できる人が少ない現状の中、課題を解決して社会に貢献できる人を増やしていく取り組みです。

広田町を民泊事業をリードする地域に

渡邉氏:Change Maker Study Programでは最初の3日間で学生が生の広田町を見学してヒアリングして課題を見つけ、チームに分かれてアクションプランを作った後に考えたアイデアを実際に実行します。そして7日目には町民の前で成果を発表するというプログラムです。その1週間で見ず知らずの学生たちと心の奥底からやりたいことを決めるのは大変ですが、チームで力を合わせて集中して考えるので学生たちにとってかなり濃い1週間を過ごすことになります。町民の方は学生が試行錯誤しているのを見て、「街づくりは行政がやればいいと思っていたけれど、私たちも何かできるのでは」と思うようになっているようです。地域の人の意識が変わってきた瞬間だと思います。

Change Maker Programでは町民に向けて報告会を行う

Change Maker Study Programでは町民に向けて報告会を行う

僕もそうですが、SETメンバーになる入り口はこのChange Maker Study Programの参加者であることが多いですね。現在約180人ものSETメンバーがいる中で1割が広田町に移住しているので、若者が移住しやすい土壌ができていると思います。東京で就職した学生でも、年に1回はSETの大きな意思決定の際に来ることもあります。

Q: Change Maker Study Programに参加してみていかがでしたか。

渡邉氏:Change Maker Study Programに参加する前は普通の大学生として、どこか物足りない学生生活を送っていました。「学生のうちは人生の花だ」と言われて社会人は楽しくないのか、と社会人になることに対してネガティブなイメージがありました。その中でアルバイトの先輩にこのプログラムを薦められて参加しました。プログラム中は見ず知らずの学生同士が熱い想いを持って1つのものを形にするという経験が自分にとって充実していました。今後の自分の人生においても密度濃く過ごしたいと思い、SETのメンバーに入りました。

SETのミーティング

SETのミーティング

出会ったSETのメンバーは人のためにとても熱くなれる人たちで、当時なんとなく受け身で過ごす学生生活に違和感があった自分にとってとても輝いて見えました。もともと震災支援に強い課題意識があったわけではないのですが、スタッフの1週間のプログラムにかける想いに感化されました。

Q:現在は民泊事業の責任者を務めていらっしゃいますが、現時点で宿泊者や受け入れ家庭の反応はいかがでしょうか。

渡邉氏:広田町の民泊事業は修学旅行生の民泊から始まりました。修学旅行生の受け入れは陸前高田市全体で実施しており、その中でSETは広田町にくる修学旅行生の受け入れの窓口を担っています。現在陸前高田市に来る修学旅行生のうち3分の1という一番多い人数を受け入れていますが、その理由は修学旅行生たちにとても価値のある体験を提供できる自信があるからです。

修学旅行生からの満足度は高く、帰る頃には泣いている修学旅行生が毎回います。以前修学旅行生として来た高校生が移住する例もあるほどです。民泊を生きがいにしている受け入れ家庭の方もおり、広田町が民泊事業をリードする地域になっていると思います。

民泊を終えた頃には涙する修学旅行生も

民泊を終えた頃には涙する修学旅行生も

地域の人の意思で新しいことをできる土壌

Q:なぜ広田町に今もなお人が集まり続けるのでしょうか。

渡邉氏:SETに関わるメンバーがこの広田町を世の中の課題先進地域だと思っているからだと思います。広田町の地域の人口減少が東京の50年先を行っている中、いずれ広田町のような地域がどんどん出てきます。その中での僕たちが考えた街づくりの形が民泊や街の人材育成でした。SETの活動に伴って地域の人も何か新しいことをやっていこうという土壌が育まれていると思います。Change Maker Study Programの企画で地域の人も巻き込むことで次第に地域の人に自信がついてきて、主体的に活動してくれています。少しずつ「地域の人の意思」が町の中で育ってきていることを実感しています。

Q:渡邉さんが移住を決めたきっかけは何だったのでしょうか。

渡邉氏:実際に移住している先輩を見て、「仕事」でもやりたいことをやって楽しそうで、こういう社会人もいるんだなと思ったのがきっかけです。人生の目的とはなんだろうと考えた時に、休日のために平日はストレスをためるような仕事で人生を1分1秒無駄にしたくないなと思ったんです。

NPO法人SET 渡邉氏

NPO法人SET 渡邉氏

Q:移住を決めた渡邉さんの次の目標はなんでしょうか。

渡邉氏:移住者を増やすことがSETのゴールではなく、人口が減っても広田町での町民の生活が豊かであることを目指しています。今後も広田町が時代の流れに負けず、生き続ける町になっていくのを見届けていきたいです。そして自分個人としても「今が幸せであること」を軸に、自分の豊かさを大切に生きていきたいです。

インタビュー後記

震災から7年が経ち、震災発で立ち上がった多くの団体が縮小や閉鎖していく中、さらに勢いを増しているNPO法人SET。その勢いの秘訣は、先陣を切って移住を決め、社会人として楽しそうに働く若者の輝く背中と、若い力と地域の住民を毎年巻き込んでいく訴求力にあるようだ。震災がきっかけではあるものの、集まった若者の存在は間違いなく被災した地域の住民の生きがいになっている。

終身雇用や年功序列の崩壊に伴って、「自分らしく生きる」ことを重視し始めた若者たちが追うものは精神的な豊かさにある。その大切さは都心部にいる疲弊した社会人よりも地方に集まった若者から発されるのかもしれない。「自分らしく生きる」波動を先進的に作り出しているSETに今後も注目したい。

【参考サイト】NPO法人 SET

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