道路や橋、トンネル、鉄道路線など、私たちの生活を支えるインフラ施設。社会全体の資産とも言えるこれらの建築物は、高度経済成長期にその多くが建てられているが、建築物は建設から50年を経過すると老朽化が加速すると考えられており、今まさにその入り口に差し掛かったところと言える。
国土交通省の調べでは、2033年には社会資産とも言えるこれらの施設の半数近くが、基準となる建設50年を迎えるという。私たちの未来の生活を守るための対策が求められる一方、「老朽化している建設物はどれか」「どのように老朽化しているのか」といったことを特定するのは簡単ではない。日々の生活基盤となるインフラを、検査目的で停止させるのが難しいからだ。
さらに、たとえば建設物のコンクリートの表面上に現れたヒビ割れだけでは、内部の破損や腐食は判断できない上、巨大な施設を「怪しい」という理由でいちいち分解していたら途方もない時間と費用がかかるだろう。加えて、こうした経験と勘に優れた職人的な人材が減っていることも課題である。社会に根付く巨大インフラだからこそ、その検査も一筋縄ではいかないのが実際だ。
そこで、近年活躍が期待されているのがAI(人工知能)だ。建設物を壊さずに、また人手をかけずに検査する、こうしたことが最先端テクノロジーの力で可能になってきている。私たちの未来の生活を支えるために導入されはじめたAI、その実力と可能性を国内外のケースから見ていこう。
目次
01. 鉄道路線の検査で活躍するAIテクノロジー
鉄道は、私たちの日常生活に欠かせないインフラであることは言うまでもない。
鉄道の線路は、始発から終点までの道のりまで複数の鉄製レールが接合されて1つの道を作り上げている。裏を返せば、このつなぎ目に不備や損傷があると大事故の原因になるということだ。この検査を日常的に人の目で実施することは、人員、作業時間、費用などあらゆるコストの面で難しい状況にある上、何キロも続くレールに沿って検査員が歩いて損傷部分を特定するという現状のやり方では、見落としがある可能性も否定できない。
SimensとStruktonは、動画解析技術とAIを活用した線路の検査技術「Video Track Inspector」の研究開発を進めている。列車に取り付けられたカメラがレールを複数の角度から撮影し、不備がある箇所を自動的に発見するというものだ。この技術は2つのアルゴリズムから成り立っている。まず1つ目は、撮影された動画からAIが接合部に間隔がある部分を発見し、その正確な位置を特定する。
そして2つ目が、特定された隙間部分の開き具合から、「どれほど緊急で補装しなくてはならないか」を判断するというアルゴリズムだ。今は研究開発の途中であるものの、最終的にはこうした不備を事前に予測することが目指されている。
02. 都市の水道網を守るAIテクノロジー
アメリカ国内の多く水道設備は、建設から少なくとも50年が経っており、米国土木学会の発表では年間に24万件もの水道管破裂による事故が発生しているという。さらに、2017年には6,300万人もの人が飲料水として適さない水にさらされたというニュースもある。
市民の生活を守るため、ワシントン州で導入されたのが「Pipe Sleuth」という水道管の劣化箇所を発見するAIソフトウェアだ。これまで水道管検査のためには、道路を長時間に渡って封鎖し、管内をチェックするための高性能カメラをマンホールから投下し撮影。次に、検査担当者がコントロールセンターに画像を送付して、ディスプレイの前で待ち構える担当者が状態チェックを行うという手間のかかる流れで行われていた。
Pipe Sleuthも道路を封鎖することには変わりないが、AIが自らこうした箇所を撮影された画像からスピーディーに特定することから、作業時間はこれまでの10分の1で済む。しかも、導入費用はこれまでの高性能カメラの4分の1程度。さらに、市民から最も苦情が多い水の匂いや色などの水質モニタリングも可能だ。
03. ドローンで事故を防ぐAIテクノロジー
AIを活用できるプロダクトとしてドローンが挙げられるが、その機能はカメラ付のラジコンとして単に上空から撮影するだけではない。撮影された特定の部分や特徴を発見するAIの画像分野のテクノロジーと組み合わせることによって、ドローンは本領を発揮する。発生しやすい損傷やひび割れ、傷などのパターンをAIに学習させ、自動的にこうした箇所を画像から特定することが可能なのだ。
アメリカではスマートフォンや携帯電話の電波塔の倒壊などに関連する死亡事故が、過去5年間で30件以上発生している。大手通信会社AT&Tは、人の目が届きにくい電波塔の監視・保守にドローンを活用し、事故発生を低下させる努力を進めている。
また、Southern CompanyやDuke Energyといったエネルギー開発企業も、電線や電力プラントの風雨による損傷検査にドローンに活用している。アメリカのスタートアップ企業SkySpecsは、風力発電で使用される巨大なタービンの検査をドローンで実施する技術を提供し、人力では数時間かかる作業を数分で完了させるためのソリューションを提供中だ。
04. 交通網の維持・管理をするAIテクノロジー
日本国内でのAI活用事例も見てみよう。
関東の大都市圏を支える首都高速道路は、1964年の東京オリンピック開催に向けた都市開発の一環として建設が進められた。現在、首都高の総距離は300kmを超え、1日に実に100万台もの車が通行する。この文字通りの大交通網である首都高には、走行時の車が起こす振動が蓄積され続けている。
首都高速道路株式会社が、2017年から運用を開始したスマートインフラマネジメントシステムが、「i-DREAMs(アイドリームス)」だ。保有する施設・設備の維持管理を目的としたこのシステムでは、データベース検索や3D図面作成といった機能が搭載されているほか、「構造物の変化や変状検出」を可能にしている。
これにより、人の目で一見してもわかりにくい、コンクリート面の浮き(盛り上がり)といった損傷を遠隔で検出することができる。撮影された画像を三次元の点群に変換し、平面に対してどれくらい浮いているかをその程度に応じて視覚的に把握できる。これらのデータを「損傷推定AIエンジン」に入力することで、補修や補強が必要な候補箇所を検知するという一連のシステムを構築している。
05. 工場のボイラー破損を自動抽出するAIテクノロジー
製造業や工場などで冷却・加熱の工程がある場合には産業用ボイラーが必要だ。ボイラーには、強磁性伝熱管という強力な磁気を発生する管が備わっており、この管の内部が腐食や破損していないかを調べることは、大事故を未然に防ぐためには欠かせない。
IDEAS FOR GOODで以前インタビューをした国内のスタートアップ企業Laboro.AIは、「壊さずに」状態検査を行う作業を効率化するため、AIを活用した研究開発を進めている。
従来からあるボイラーの伝熱管の特性を利用した管内各所の磁気データを調査する技術をベースに、AIによって損傷箇所を特定するというものだ。これまでは波形で出力されるデータを人が目視で確認していたが、破損箇所特有に現れる特徴をAIに学習させることで、検査を自動化するのだ。
まとめ
「施設や設備の検査」というと一見地味で、AIといった最新テクノロジーが登場する幕はないように感じられたかもしれない。だが実際には、こうした社会の基盤となる分野でこそ、最新テクノロジーの導入は進められるべきで、この実現が広く私たちの安心安全な未来に関係してくる。
実際、IT・ICTと比較すると、それが恩恵をもたらした分野はデータに取り囲まれたオフィスワークやデスクワークだったのに対し、AIはリアル産業やフィジカルな現場で存分に力を発揮する可能性を持っている。AIに用いられているテクノロジーが最先端であることは間違いないが、最新テック業界の専売特許としてではなく、レガシーな既存産業にどう応用していくかを考えることが、未来に向けたテクノロジー活用の第一歩になるはずだ。
【参照サイト】国土交通省「社会資本の老朽化の現状と将来」
【参照サイト】Railways compares the total route length of the railway network and of its component parts.
【参照サイト】Automating rail joint inspections with video analytics and AI
【参照サイト】Improving Transportation Infrastructure Management with IoT
【参照サイト】How AI and data turn city water management from an art to a science
【参照サイト】Industrial Uses of Drones – 5 Current Business Applications
【参照サイト】スマートインフラマネジメントシステムi-DREAMs
【参照サイト】強磁性チューブ過電流探傷技術(FTECT)