顧客は地球。IBMに学ぶ社会課題とテクノロジーの幸せな関係

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海洋汚染、貧困、フードロス、自然災害…世界には様々な社会課題があるが、近年、AIやブロックチェーンといった先進テクノロジーを使って、社会課題を解決しようという取り組みが増えている。

そういった取り組みの中で、最先端を行っている企業の一つがIBMだ。IBMは先進テクノロジーの研究を進めるとともに、それらを世界中の最先端の社会課題に対しソリューションとして活用している。

IDEAS FOR GOODでも、「人間の代わりにモノが決済。IBMとVisaが描くIoTの未来」や「IBM、テクノロジーで世界の課題解決に挑む「Science for Social Good」を発足」の記事で、IBMの取り組みを取り上げてきた。

IBMはどのような考えに基づき、社会課題をテクノロジーで解決しようとしているのだろうか。今後に向けてどのようなビジョンを持っているのだろうか。日本IBM Watson IoT事業部の八木橋パチ昌也さん、デベロッパー・アドボカシー事業部の戸倉彩さんにお話を伺った。

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日本IBMの八木橋パチ昌也さんと戸倉彩さん。

キーワードは「Planet Resource Planning(地球全体の資源最適化)」。

IBMは、顧客である企業・自治体から寄せられる課題やニーズに対して、テクノロジーを使って課題解決を提供する「B to B」をメインとする企業だ。八木橋パチさんは、「サービスを使って企業・自治体の問題解決を提案するコンサルティング会社としての側面と、解決策としてのテクノロジーやソフトウェアを売っている会社としての側面があるので、社員によって捉え方は異なるかもしれません。私自身は、手法と手段のトータルで問題を解決できる会社だと考えています。」と話す。

グローバルに事業展開しているため、世界中に顧客である企業・自治体があり、世界中の各顧客が社会問題に直面している。つまり、IBMには世界の最先端の社会課題が集まっていると言える。

同時に、IBMはAIやIoTなどの世界最先端のテクノロジーの研究を進めている。先進テクノロジーはまだまだ大きなポテンシャルがあり、社会問題を解決できる可能性も高い。

「世界最先端の社会課題」と「世界最先端のテクノロジー」がマッチングできる場所、それがIBMだ。そして今、一つひとつの課題解決だけではなく、もっと大きなレベルで課題解決をしようという動きが、IBMで出てきているという。IT業界では企業内の資源(ヒト・モノ・カネ・情報など)を統合的に処理し、効率的な経営をしようというするシステムのことを「ERP」(Enterprise Resource Planning=企業の資源最適化)と呼ぶが、八木橋パチさんの所属しているWatson IoTというチームでは、特定企業の資源最適化にとどまらず、地球全体を顧客として資源最適化に取り組む「PRP」(Planet Resource Planning=地球全体の資源最適化)をしようというビジョンを持っているという。例えば世界の一方では飢餓の問題があり、他方ではフードロスの問題がある。しかし、IoTやAIの技術を使えば、食糧の量が変わらなくても流通の仕組みを変えることで解決できるかもしれない。このように、世界全体で資源の流通を最適化することで様々な課題を解決しようとするのが「PRP」だ。

そのような動きの中で生まれたものの一つが、「フードトラスト」というプロジェクトである。「フードトラスト」は、ブロックチェーンの仕組みを使って、生産者から小売業者まで、食品のすべてのサプライチェーンをネットワークでつなぎ、食の安全安心と、価格設定を含めた透明性を高めようという取り組みだ。

「B to B」を超えた、「B to P(Planet=地球)」。それが今のIBMの視点なのではないだろうか。

「フードトラスト」だけでなく、IBMは近年、テクノロジーを活用して社会問題を解決するユニークな活動をグローバルで展開している。その中から、「プラスチックバンク」「Call for Code」「P-TECH」という3つの取り組みを、ソーシャルグッドな観点を交えて紹介していただいた。

ブロックチェーンでプラごみと貧困問題を解決する「プラスチックバンク」

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Image via Shutterstock

「プラスチックバンク」は、海岸に流れ着いたプラスチックゴミを現地の低所得者層の人たちが拾って回収場所に持っていくと、一種の仮想通貨であるトークンと交換してもらえるという、ブロックチェーンを使った取り組みだ。トークンはその地域で生活必需品や食糧の購入、住居の家賃、光熱費の支払いに使うことができる。回収したプラスチックゴミは再生プラスチックの事業を行っている会社が買い取り、再生プラスチックとして活用されるという。「海洋のプラスチックごみの削減と、貧困層の生活品質のボトムアップを同時に行うことが狙い」と八木橋パチさんは話す。

もともとは、NGOが手書きで台帳をつけてやっていた。そこに、IBMがブロックチェーンの仕組みを導入し、トークンの発行、管理、商品購入時の決済システムの構築を行ったことで、取引や管理が簡単になり、取り組みを拡大できるようになった。「プラスチックの再生企業と提携していて、回収したプラスチックをリサイクルしやすいプラスチックに作り直したり、再生プラスチックだけで製品を作ることを宣言している会社に買い取ってもらったりしています。一種のブランド力のあるプラスチックとして、世の中に再流通されるのです。」(八木橋パチさん)

世界中のエンジニアが参加する自然災害アプリ開発コンペ「Call for Code Global Challenge」

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Image via Shutterstock

次に紹介する「Call for Code Global Challenge (以下、Call for Code)」は、2018年からスタートした世界規模の自然災害対策コンペティションだ。参加者は、IBMのテクノロジーを活用した自然災害へのソリューションを応募する。2018年は156カ国から10万人超が参加した。

「Call for Code」を日本で推進している戸倉さんに、自然災害をテーマにしている理由を聞くと、「ここ数年日本に限らず、世界中で自然災害が大きな被害をもたらし、人間の生活を脅かす大きな社会問題になっています。人間は自然災害を止めることはできないけれど、世界中のデベロッパーやデータサイエンティストが集まったら立ち向かっていくことができるはずです。」とのことだった。

アプリケーションの開発コンテストという位置づけのため、参加者のメインは技術系だが、Webデザイナー、ビジネスのプロマネ、学生も増えているという。

2018年の最優秀作品は、災害で電波や通信網が使えないオフライン状態になったときに、IoTを搭載した手の平サイズのデバイスをドローンでばら撒き、デバイス同士でネットワークを組むという作品だった。デバイス同士でデータ転送ができるため、不足物資や救助要請などの情報をクラウド上で集約し、救助部隊がリアルタイムに確認して、円滑に救助の作戦を練って対応することができる。ドローンを使うことで、例えば水害などで支援部隊が立ち入れないところにもデバイスを配置することができる。

他の優秀作品としては、災害時に財布を持たずに避難してしまってもATMで現金を引き出すことができるように、ブロックチェーンと顔認証の仕組みを組み合わせることで緊急時の銀行サービス提供を可能にするという、中国チームの作品もあった。複数の企業が賛同し、すでに実証実験を始めているという。

「Call for Code」ではさらに、最優秀作品を社会で実際に使えるように支援する「Code and Response」という取り組みも行っている。2018年の最優秀作品も、すでにプエルトリコで実証実験を始めているという。それだけではなく、世界中のIBM社員の中から有志が参加して1~2ヶ月程度の社会貢献活動をするプログラムも「Code and Response」の活動に合流し、実証実験や企画のブラッシュアップを一緒に行っているそうだ。

サンプルコードやシステムの構成図は、サイト上ですべて無料で公開されている。「オープンソースにすることで、皆で使いながら、足りないところを補充したり、思わぬバグが発見されて改善したりといったことができます。そうすることで、世界中の皆の知恵を集めて、一つのコードのプロジェクトがどんどん改善されていきます。」(戸倉さん)

一方で、日本ならではの課題もあるという。1つ目は電波やドローン、ブロックチェーンなどの法規制が厳しいことだ。実証実験を行うにあたっての認可が取りにくい、テクノロジーを社会に広めようとする際に実装が難しいという問題がある。ただ、開発者の方にとっては、Call for Codeはグローバルイベントなので、日本での実装が難しくても海外でチャレンジすることが可能という。

2つ目の課題は、言語の壁だ。開発者同士のやりとりはインターネット上で英語で行われることが多いが、英語力が不足しているとコミュニケーションに支障が生じる。

3つ目の課題は、デベロッパーの企業文化の違いだ。海外のデベロッパーは業務時間以外でもオープンソースの提供や改善に貢献するということに慣れているが、日本のデベロッパーは壊れているコードを発見しても、「動かない」で終わってしまう人が多いという。「日本人の従来の思考パターンとして、『公私混同するな』と言って、自分の思考と業務を切り離すことを良しとしているところがあるんだと思います。そのような文化は変えていきたいです。Call for Codeなどに参加して、業務の範囲を超えて自分のスキルを活かそうとする人は増えてきていますし、まだ会社の理論に染まっていないミレニアルズやZ世代にCall for Codeのような活動が浸透していけば、変化はスピードアップしていくはずです。その意味でも、学校とはもっと手を組んで、学生の方々にももっと参加してもらえたらと考えています。」(八木橋パチさん)

IT人材育成と相対的貧困の解決を実現する教育プログラム「P-TECH」

最後に紹介する「P-TECH」は、IT人材を育成する新しい教育プログラムだ。アメリカでは公立の高校・大学と連携し、6年間の革新的な一貫教育を無償で提供している。日本では、2019年4月に東京都教育委員会と学校法人片柳学園と日本IBMとで協定を締結し、都立町田工業高等学校、日本工学院八王子専門学校の5年間を通したカリキュラム開発を進め、2022年4月から本格始動を予定している。現在は2022年に向けたカリキュラムの検討や、授業支援の先行実施を行っている。

グローバルのP-TECHは、不足しているIT人材の育成という側面が強いが、日本ではそれに加えて少し異なる狙いもあるようだ。「金銭的に大学進学が難しい家庭の子どもたちにも、大卒の人と同じだけのスキルや資格を手に入れてほしい、という思いを持って関わっている社員も少なくありません。金銭的に大学進学が難しくても、ポテンシャルが高い人たちはたくさんいます。そういった人たちにもIBMの最新テクノロジー学んでいただき、世の中を変える強い推進力になってもらいたいと考えています。」(八木橋パチさん)

さらに、「先ほどのCall for Codeも、P-TECHのプログラム内のコンテンツとして取り組んだら、生徒の視野も広がると思います。」と話すなど、別々のプロジェクト同士で連携することで、さらに大きな課題解決も考えているということだ。

IBMの教育との関わりはこれまでにもあり、小中学校では社員のボランティア授業を長年行っているという。最近ではその対象を高校や高専などにも広げ、AIやIoTなどを教えているそうだ。より多くの子どもたちが、日本IBMの社員から直接話を聞くことで、先進テクノロジーへの興味を持ち、将来的にAIやIoT等の研究の道を志すなど未来も広がる。

テクノロジーが見えない形で社会を豊かにする

ここまで見てきたように、IBMはグローバルで展開しているため、世界中のイシューの課題解決に実際に携わっていることが多い。そこで得た知見は、他の国の異なる社会課題に生かすことができる。「例えば、MaaSは日本ではまだあまり発展していませんが、最先端を行っていると言われている北欧のMaaSの実証実験にIBMは参加しています。そうすると、ただ知っているだけではなくて、実際にどんなことが起こったかとか、どんな失敗があったかということも体験をもとに語れる社員がいるんです。このように、世界中の最先端の課題に対して、取り組んでいる社員がいます。日本の社会課題を解決するためには、やはりグローバルに行われてきた課題解決策が役立つはずなんですよ。例えば、日本の高齢化社会の問題に関しても、他の国の異なる社会課題の解決手法やその要素を役立てることができるかもしれません。」(八木橋パチさん)

「IBMのテクノロジーは、まだポテンシャルを発揮しきれていないと思っています。例えば、量子コンピューターがもっと成熟すれば空気から水が作れるようになるだろうし、塩粒サイズのコンピューターで実現できる可能性は計り知れません。自分たちが社会で一番必要とされる会社であるためには、社会で一番問題を解決できる会社でなければならないと思います。」(八木橋パチさん)

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日本IBMの八木橋パチ昌也さん。

同時に八木橋パチさんはこうも言う。「IBMはテクノロジーの会社ではあるけれど、テクノロジーが表に出すぎると人は抵抗感を持ちがちです。だから、人々が気づかないうちにテクノロジーで便利になっていくのが理想です。たとえば交通渋滞も、IoTを活用してもっとリアルタイムで信号の赤と青の切り替えのタイミングを変えることで解決することができると思います。そのとき、IoTなんて関係なくて、『あれ、そういればこの道混まなくなった』『昔は10分かかってたのに6分で行くようになった』『なんか便利になったね』でいいんです。」

編集後記

取材を通して、社会課題とテクノロジーの幸せな関係とは、テクノロジーが裏方となって、いつのまにか社会課題が解決していることであると学んだ。そのとき人は、「ブロックチェーンのおかげで便利になった」「IoTのおかげで解決した」とは思わない。気づいたら問題が解決していて、以前より便利になっている。その裏側にテクノロジーがあればよいのだ。

IBMはブロックチェーンやAI、IoTなど、たくさんの先進技術を持っているが、技術はただあるだけでは何にもならない。社会課題と掛け合わせて、人々の知恵でソリューションとして生かすことができて、初めて社会の役に立つ。IBMには先進テクノロジーと同時に、地球全体での「B to B」ビジネスを通して世界の最先端の社会課題との接点がある。だからこそテクノロジーを社会課題の解決に役立てることができるし、これから先の将来をより豊かな世界に変えていくこともできるのだ。その意味で、IBMの顧客は単なるB(企業)にとどまらずPlanet(地球)であり、IBMは「B to P」のビジネスをしているのだと感じた。

同時に、IBMは自社の資産でもあるテクノロジーを社内にとどめるのではなく、オープンソースという形で公開して、社内外の知恵を呼び込んでいる。たとえば、塩粒以下のサイズの世界最小のコンピューターに関して、社内外から活用アイディアを募っている。「Call for Code」もまた、コードをオープンソースにして世界中からソリューションを募る仕組みである。解決手段やテクノロジーは企業の重要な資産であるはずだが、それを機密情報とするのではなく、社会の資産として公開することで知恵を呼び込み、より社会に役立つものにしようとしているのだ。このオープンソースの姿勢は、これからの企業のあり方として、多くの企業にとって参考にできるのではないだろうか。

社会課題を解決し、これからの未来を作っていくIBMから、今後も目を離せない。

【参照サイト】Call for Code
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※2019年の「Call for Code 2019 Global Challenge」の応募受付期間は終了しています。