世の中が大きく変わる瞬間はすぐそこにー日本のAIビジネスの「今」とは

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AIは全能で、人間の限界を優に超える未来のインフラであるという印象がある。IDEAS FOR GOODでもこれまで多くのAI活用事例を紹介してきた。しかしどこか非現実的なようで、よく分からないことが多い。実際に日本ではAIがどこまで活用されているのか、AIの普及にあたって難しい点はなんだろうか。

AIの専門家たちがAIの「今」をどのように見ているのかを探るため、AIビジネスの最前線で活躍されている2名の経営者にインタビューを行った。2人が経営する「株式会社Laboro.AI」は、スタートアップ企業ながら、「企業のコアビジネスを変革する」という大きな目標を達成するため、AI技術をカスタマイズして提供するという特徴的なビジネスモデルを展開している。

戦略系コンサルティングファームでの様々な業界企業へのコンサルティングに携わった代表取締役CEOの椎橋氏と、機械学習の研究者として最先端の技術的知見を持つ共同代表CTO藤原氏により、2016年に同社は設立された。同社は、ビジネス面と技術面を繋ぐ存在としてあらゆる業界ビジネスへのAIの確実な実用化を目指す。とくに、クライアント企業ならではの差別性・競争優位を確保しながら、企業のコアビジネスに対してカスタマイズ型のAIソリューションを開発・提供する。

Laboro株式会社

株式会社Laboro.AI CEO椎橋氏(左)、CTO藤原氏(右)

話者プロフィール:椎橋 徹夫(しいはし てつお)

米国州立テキサス大学 理学部 物理学/数学二重専攻卒業。卒業後は帰国し、2008年にボストンコンサルティンググループに入社。その後、東大発AI系のスタートアップ企業に参画。2014年、東京大学 工学系研究科技術経営戦略学専攻 松尾豊研究室における産学連携の取り組み・データサイエンス領域の教育・企業連携の仕組みづくりに従事。2016年株式会社Laboro.AIを創業。

話者プロフィール:藤原 弘将(ふじはら ひろまさ)

大学院修士課程修了後、2007年に独立行政法人(現 国立研究開発法人)産業技術総合研究所 情報技術研究部門にパーマメント型(任期無し)研究員として入所。 在職中の2008年に京都大学大学院博士課程に社会人学生として入学し、2009年に博士 (情報学) を取得。2012年にボストンコンサルティンググループに入社。AI系のスタートアップ企業を経て、2016年に株式会社Laboro.AIを創業。

機械の「勘」をいかに信じるか

Q:日本ではAIがなかなか普及していないように思いますが、普及にあたって難しいポイントはありますか?

椎橋:近年盛んに話題になっているAIブーム、とくにビジネスにAIを活用しようという流れは、わずか10年ほどの歴史しかありません。技術的にできることは格段に増えていますが、できないことも依然としてあるのが現状です。例えば工場で検品する際に、一般の人が見て分かるレベルであればAIでも比較的簡単に不良品を見分けることができる段階にありますが、いわゆる「職人の勘」と言われるようなエキスパートが訓練を経て習得してきたレベルで商品を認識するとなると、開発の難しさは高まります。

しかし、AIが人間、とくにエキスパートの代わりを務められないと意味がないかというとそうではなく、人間の補助をするツールとして捉えれば、AIの活躍範囲は非常に広いと考えています。そのため普及の難しさとは、技術的に可能で、かつビジネスのニーズにも合致する点を発見できるかという点になると思います。

株式会社Laboro.AI CEO 椎橋氏

株式会社Laboro.AI CEO 椎橋氏

藤原:人間が機械に対する見方を変えなければいけないことですね。今までのIT技術は絶対毎回同じことができるように設計されているので、ロジカルに答えを出すことができました。

一方でAIは直感型です。IT技術のように答えを出した理由を説明できると思われがちですが、AIは大量のデータを解析して認識しているので、なぜ答えを出したのかは分かりません。人間の「勘」は信じる価値があると思われますが、機械の「勘」をどう信じるかは今後課題になっていくと思います。

Q:一方でAI業界の中でおもしろい点はどんなところですか?

椎橋:AIは今もなお日々進化している分野で、今後、世の中を大きく変える可能性が期待されます。もちろん、今の時点では実証実験段階のものもあり、確かに使いにくい側面もあります。しかし、新たな技術や考え方の誕生により、それまでできなかったことがある時を境に一気にできるようになる、こうした転換点に出会えることが、AIのおもしろさだと思います。

AIによる産業の変化で社会課題は解決に近づく

Q:AIは社会課題の解決に役立つと思いますか?

椎橋:メディアなどでは「AIで人の働き方が大きく変わる」とよく言われます。確かに、新たな技術の浸透によって新たな職が生まれ、新たな機会が現れることは間違いありません。ですが、人の仕事が全部AIで置きかわる訳ではありません。人にしかできない繊細な部分や、先ほどの職人的な部分など、絶対に置き換えられないものがたくさんあると思っています。

藤原:AIは、インターネットが社会のベースとなったように、インフラとして社会を支えることが期待されます。社会課題の解決に向けてAIがサポートできる側面は数多くあると期待していますが、その他のテクノロジーがそうだったように、AIが普及すれば、それに伴った新たな観点からの課題が発生するはずです。そこには人による対応や力が、変わらず必要なのだと思います。

株式会社Laboro.AI CTO 藤原氏

株式会社Laboro.AI CTO 藤原氏

Q:AIは海外の方が進んでいる印象がありますが、日本の立ち位置はどこだと思いますか?

椎橋:確かに、ネット企業でAIを活用しているのはアメリカや中国が圧倒的だと思います。ですが、第一産業のように歴史の長い産業や、そこに関連する企業でのAI活用は日本とそこまで変わらない印象があります。IT大国だからこそIT系企業でAIが活用されやすいということだとすれば、古く歴史のあるものを大切にする日本には、そのための独自のAI活用法があると思っています。

ITでコントロールされていない環境や、人でしか作業できないような環境でこそ、AIはその価値が発揮できます。例えば、製造現場や介護現場、農業・漁業など、いわゆる3K(きつい、汚い、危険)で表されてしまうような領域で、AIは人をサポートするツールとして貢献できる可能性があります。AIの価値は労働安全性の確保や後継者不足の解消といった社会課題の解決に近い形で、産業のあり方を変えていくことにあるのかもしれないですね。作業現場やそこで使用される道具類、あるいは収穫物など、リアルなものを情報データに変換し特徴を捉え、認識・予測するというAI技術を使えば、こうした分野で日本がAI技術のアドバンテージを握るということがありえます。

Image via ShutterStock

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世の中が大きく変わる瞬間をお楽しみに。

Q:AIが当たり前になる時代を目前にして、どのような心構えでいればいいでしょうか?

椎橋:私たちの世代ではインターネットが世の中を大きく変えた認識がありますが、デジタルネイティブからするともしかしたらAIで初めて世の中が変わるのを目の当たりにするのかもしれませんね。AI脅威論と言われますがAIに仕事を取って代わられたとしても人間は新しい価値を作り出していくと思います。働き方や生活の仕方など、短期間で大きく変わっていくでしょうが、そんな大きな変化があるのを楽しみにしつつ、楽観的に今後のAIの変化に注目して頂ければいいなと思います。

インタビュー後記

近年注目される「第一産業の後継者不足」や「介護労働者不足」はAIをきっかけに緩和する兆しが見えそうだ。課題先進国である日本ならではのAI活用法を生み出せるかもしれない。

しかし、インターネットを使うことで便利なこともあるが弊害もあるように、きっとAIの普及で助かることもあれば新たな問題が生じることもあるのだろう。私たちはこれまでインターネットの弊害に対応してきたように、それらの問題にも上手く対応していく必要がある。

今後大きなAI技術の転換点が訪れた時に私たちの生活は大きく変わるだろうが、AIを利用しながらどうコントロールするかを考えなければならない点では、現代のインターネットに対する意識と相違ない。大事なことは今も未来もテクノロジーをうまく利用しながらも、その流れに左右されず自分の意思を持つことなのではないか。

【参照サイト】株式会社Laboro.AI
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