東京都内でひと雨降ると、約150万人が雨に困り、移動人口とされる約1割の15万人が一時的な雨をしのぐためだけに傘を買う。特にビニール傘は安価で買い求めやすく、そのぶん気軽に廃棄されてしまうことから、使い捨ての文化が根付いている。現在、国内で消費されるビニール傘は年間8000万本に登り、日本は「世界で一番傘を消費する国」という不名誉な称号を得てしまった。
ビニール傘のリサイクル率は、ほぼゼロ。これはビニールやプラスチック、鉄など異なる素材が組み合わさっているためである。昨今、脱プラスチックが叫ばれ、使い捨てのプラスチック・ストローの廃止への意識が高まっているが、ビニール傘1本につきストロー1本の約70倍のプラスチックが廃棄されているのをご存知だろうか。環境を考えれば、これで良いはずがない。
今回はそんな現状の問題点を提起して、日本から使い捨て傘を0にすべく奮闘している企業「アイカサ」を紹介する。以前IDEAS FOR GOODでもインタビュー記事として取り上げたが、この記事では2020年度のアップデートの内容と共に、アイカサが目指す未来への前進の様子を合わせて紹介していく。
“濡れない体験”を提供する、アイカサとは?
アイカサは、傘のシェアリングサービスを提供するスタートアップ企業だ。サービスの利用者は、急に雨が降ってきたときにスマホ1つで近くのスポットで傘を借りることができ、好きなスポットで返却ができる。2018年12月から東京都内を中心に展開を始め、現在はそのカバー領域を九州や関西にも伸ばし、10万人近いユーザーを抱えるなど急成長を見せている。(2020年5月時点)
突然の雨で簡易的なビニール傘を買い求める人は多いが、消費者が欲しいのはすぐに捨ててしまう傘という存在ではなく“濡れない体験”だと、アイカサは考える。多くの人が行き交う駅やコンビニ、商業施設、オフィスビルなど、至る所にレンタル傘スポットを設置することで、廃棄される傘の量を減らしつつ、人々の雨の日の負担を減らしている。
また、環境省と提携して熱中症対策で日傘の貸し出しにも取り組むなど、雨の日以外でもその活動の範囲は広がっている。
ユーザーの声を集め、サービスを大幅にアップデート
そんなアイカサが1年間以上ユーザーの声を集め、今回サービスを大幅にアップデートした。
まず注目したいのは、貸し出す傘自体のアップデートだ。傘及びレインウェアの製造を事業として行う株式会社サエラと協業開発し「捨てない傘」を実現した。
新しい傘は部品全てがプラスチックでできており、パーツを簡単に分解することができる。傘は骨が1本でも折れてしまうと、他の部分がまだ使用可能であっても全体が廃棄されてしまうケースが多い。しかし、この新しい傘は骨を1本1本取り替えることができるリペアブルな構造で、壊れても修理が可能になった。また、鉄を使用していないことから、錆びによる劣化や汚れもない。
傘がそもそも壊れないようにと耐久性も強化されており、傘の骨はグラスファイバー製で柔軟にしなり、暴風にも耐えることができて折れにくい。他にも、一振りで乾く超撥水(ちょうはっすい)加工やテーブルにかけやすい持ち手のゴムストッパー、人を傷つけない丸い先端、製品自体の軽量化など、製品の快適性を向上させるため様々な工夫が施されている。
また、ハード面だけでなくソフト面での改良も大きい。傘のレンタルに際し、以前は傘の取っ手部分についたQRコードを携帯で読み込んでロックを解除する方式であったのに対し、今回からは傘スタンドにIoTを導入し、スタンドにアイカサのアプリをかざすだけの簡易的なものとなった。
ネイティブアプリを開発することで、操作製もより直感的で快適なものとなっている。以前から雨が降りそうな場合にLINEアプリを通じて通知を行い、近くのアイカサスポットを案内していたが、ネイティブアプリの使用でその性能も向上し、ユーザーの雨の日の利便性がより高まった。
アイカサの見るサステナブルな未来
アイカサの目標は「傘」を切り口に現代の社会を変え、未来に生まれてくる子どもたちが快適に暮らせる社会や地球環境を作ることだと言う。前回のインタビューでも丸川氏は「15年ほど後には『昔って、雨が降ったらビニール傘をみんな買っていたらしいよ。』という雑談が聞こえたらとても嬉しいです」と、答えている。今この未来に向かって、アイカサはどのように近づいているのだろうか?
都市や企業とのタイアップ
まず、大きな動きとして都市や企業とのタイアップを取り上げたい。現在アイカサが利用できるスポットは全国に広がっており、これまで東京、神奈川、埼玉、茨城、福岡、岡山に加え、神戸市を中心とした兵庫県内での利用も近日開始される。同様に大阪、京都、奈良での展開も始まる。
関西圏でのアイカサの展開を望む声を受けつつも動き出せていなかったところ、シェアリングエコノミーをまちづくりに役立てるため神戸市と阪神電鉄の協力を得て実現につながったという。阪神電鉄沿線49駅中39駅と神戸市を中心に80箇所に傘スポットが設置される予定だ。
神戸のように商業施設が連なり、人々が街を歩いて回る都市と傘のシェアリングサービスは相性が良い。このように都市規模でのタイアップが進めば、全国での展開もそう遠くないだろう。
傘を忘れても、失くしても、返ってくる
全国展開と同時に、行政とも“傘を捨てない日本”に向かって連携が進んでおり、福岡県では忘れ物として警察署にアイカサの傘が届け出られた場合、アイカサに戻ってくるシステムが整っている。
ビニール傘はその手軽さから廃棄されやすく、どこかに忘れてきてしまっても引き取りに行かない人も多い。事実、NHKの取材によると警視庁遺失物センターに届けられるビニール傘は年間約30万本に登り、2018年度の引き取り率はわずか0.9%だった。
傘を使っているとどこかに置き忘れてしまったり、無くしてしまったりすることはどうしても起こる。しかし、もしそれがアイカサの傘であれば、廃棄されることなくアイカサに引き取られ、またシェアリングの輪に戻すことができる。前述したプロダクトとしての「壊れない傘」と「傘を捨てさせないシステム」の両方を組み合わせて傘を循環させ続ければ、ゴミとして処分される傘は限りなく0に近づいていく。
アイカサを「マイ傘」へ
日本から使い捨て傘を0にするには、ユーザー1人1人の利用率も重要になる。そこで勧められているのが、アイカサの傘をまるで自分の傘のように自宅から使う「マイ傘」という利用の仕方だ。
使い放題プランでは、1ユーザーあたり2本同時にレンタルできるので、1本を自宅用の傘として、もう1本を急な雨のための出先用の傘として使用できる。これにより、自宅から外出先まで全ての生活圏をカバーすることができるのだ。「日本全国の方がこの仕組みを使うことになれば、傘を使い捨てるという概念がなくなります。」と、丸川氏は語る。
丸川氏によると、アイカサのシェアリングはアイカサが貸し出すというよりも「みんなの傘をみんなで使う」というイメージが強いようだ。より多くの人がアイカサを利用し、至る所に傘スポットが設置できれば、雨の日を快適にする日本のインフラ設備となるだろう。
関心のないユーザーも、知らず知らずのうちにエコ
アイカサの強みは、傘をシェアするという発想だけでなく、その運営コストの低さにもある。通常のビニール傘が有人の小売店などで販売されているのに対し、アイカサの傘スポットは無人運営ができて全体のコストを抑えることが可能で、利用金額も低く設定できる。現在の通常プランは1日70円で、1か月以内に6日以上使用すると月額420円となる。使い放題プランは月額280円だ。
丸川氏は関西圏への進出で「値段で選ばれるという流れ」が強まるのではないかと楽しみにしているそうだ。「関西人には、経済的に合理的な判断を下す人が多く、値段にシビアな人が多いと言います。アイカサのユーザーには利便性や環境への配慮からサービスを利用する人も多いが、それ以外にもその利用料の安さからアイカサを選ぶ人が増えるかもしれません。」
「アイカサを手に取る経緯はなんでもいい」と、丸川氏は語る。「結果的に本人がエコと思っていなくてもビニール傘1本の消費を防げるので、そういった形でアイカサが広まっていけばいいなと思います。」濡れたくない気持ちの目の前にアイカサがあったから利用した、という自然なメリットの上で成り立つユーザーの獲得は、エコという観点で広がるよりも拡大が早いかもしれない。
またアイカサは、その日の利用によって救われたプラスチックの量を見える化した日報をユーザーに届けるサービスを行っている。エコに関心のなかった人でも、自分の行いが良いことにつながっていると知れば嬉しい気持ちになるだろう。アイカサはユーザーを知らず知らずのうちにソーシャルグッドに巻き込むだけでなく、利用をきっかけに環境への意識を高める役割を果たしている。
編集後記
「雨の日もハッピーに」と、ユーザーの目線に立ち、使い捨てられる傘を救い続ける「アイカサ」。
丸川氏に、次は何を仕掛けたいかと伺ったところ「傘というのは街を彩る側面もあるので、雨の日の負担を減らすだけでなく、今度は雨の日をもっと楽しく前向きな気持ちにさせるようなプロダクトを展開したい」と、答えてくれた。現在は地域別で楽しめるアイデアを仕掛けているそうだ。これからの発展も楽しみである。
現在アイカサはクラウドファンディングで、よりお得にアイカサを体験できるプランを提供している。マイ傘を促進すべく、カサ自体が家に届くリターンも用意されている。気になった人はぜひチェックしてみてほしい。
【関連記事】傘のシェアリングサービス「アイカサ」が目指す、幸せな循環型社会
【参照サイト】アイカサ
【参照サイト】クラウドファンディングページ
【参照サイト】ビニール傘について(ビニール傘の消費量根拠)
【参照サイト】ビニール傘 使い捨ての現実(NHKの調査)