【後編】「よそ者」がもたらす意味のイノベーション。京都に学ぶ、持続可能なものづくり

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前編では、3Dモデリング技術やドローンを用いた土御門仏所(つちみかどぶっしょ)の「ドローン仏様」とセルロースナノファイバーを素材にした京焼・清水焼 陶あんの「ゆうはり」を取りあげ、モノづくりをアップデートして伝統的な価値を提供し続けている例を見てきた。後編では、伝統的なモノづくりの異なる進化形を考えていきたい。

ヒーリングに使われる癒しの仏具「おりん」

照明を落とした空間。部屋の隅の行灯からは柔らかな光が広がっている。ここはホテル カンラ京都で毎年開催しているDIALOGUEという工芸の展示販売イベント会場、南條工房の部屋だ。

部屋の真ん中には「おりん」が置いてある。おりんと聞いてもピンとこない方が多いだろう。仏壇にお参りしたときにチーンと鳴らす鐘のことだ。だれもが一度は鳴らしたことがあるだろう。仏具の中で鳴り物といわれるものだ。

南條工房

南條工房はこのおりんを製造している工房だ。ところがこのおりん、ただのおりんではない。だれもがその音を聞くと驚く。音色に濁りが全くなく、心が洗われるような澄んだ音色だ。目の前のおりんを一度叩くとその澄んだ音色がいつまでも、小さな音になって響き続けている。さらに部屋の奥に進むと、バスルームにはお寺の広いお堂で使われる大きなおりんが置かれている。直径は40センチメートルほどあろうか。この縁を擦るとおりんは延々と響き続けるのだ。心地よい響きで身体が空間に溶け込んでいくようなふしぎな感覚に浸される。

実は、南條工房のおりんはこの音色の美しさから、仏具として使われるだけでなく、ヨガのヒーリングなど仏具とは全く異なる目的で使われている。このおりんを生み出したのは、南條工房の七代目にあたる南條和哉氏だ。未来の伝統産業を担う優秀な若手職人に贈られる、京もの認定工芸士の称号も授与している。

南條工房のおりんは佐波理おりんと呼ばれる。佐波理(さはり)とは青銅とも呼ばれる錫や鉛を加えた銅のことだ。南條工房は設立180年の歴史ある工房だが、その鋳造技術は1500年以上前の青銅器文化の時代に遡る。月2回の火入れの作業では、真っ赤に溶けた金属材料を炉から取り出し、土で作られた型に流し込む。金属に溶けていた成分が細かい粒子とガスとなって工房の高い天井に登っていくと天窓から差し込む光が幾条もの束になって工房に降り注ぐ。神々しいその風景や、材料、製造工程、100%手作りなのも、1500年前も今も同じだ。職人が土で型を手作りし、溶けた金属をタイミングを見はからって型に流し込む。昔と違うのは金属を溶かす炉がコークスで、ブロアや研磨機が電動であるぐらいだ。

南條工房

昔ながらのモノづくりを継承しているにもかかわらず、ここのおりんの音色が美しいのは仕上げの焼き入れと磨きの工程のこだわりのおかげだ。削り方、削る量で音の高さ、響き方、音色の純度が変わるという。そのこだわりと技は半端ではなく、音程はHz単位で調整ができるという。そして最後に南條氏が納得したモノだけを選び、それ以外は全て廃棄だ。廃棄といっても材料として再度溶かして利用するため、材料は無駄にならないが手間はかかる。

1500年前とほぼ変わらない製法で、仏具として形を変えることなく、音色という点を磨き上げたことで、南條工房の佐波理おりんは、使う人にとって仏具とは全く異なる新しい価値を生み出しているのだ。

同じモノが新しい価値を提供する「意味のイノベーション」

佐波理おりんの進化は、おりんというモノ自体は変わらないが、仏具から全く異なる価値を生みだした。ミラノ工科大学教授ロベルト・ベルガンティ氏が著書『デザイン・ドリブン・イノベーション』で述べている「意味のイノベーション」(※1, 2 )だ。意味のイノベーションとは、そのモノ自体の形や構造、技術などは変化させず、そのモノが全く新しい価値を提供することだ。例えば、ロウソク。昔は灯りの目的で使われていたが、今はアロマや雰囲気をかもし出す道具として用いられる。使う目的は変わったがロウソクの構造は全く変わっていない。ただ、ロウソクというモノが提供する価値が変わったのだ。

前編の「モノづくりのアップデート」と後編の「意味のイノベーション」をまとめると次のようになる。

前回の「モノづくりのアップデート」
実現方法(製法や製品構造)
(HOW)
提供している価値
(WHAT)
土御門仏所
ドローン仏様
手彫り

ハイテクと伝統の技の融合
(今も昔も)
阿弥陀如来の臨終来迎の姿
陶葊
ゆうはり
従来の土素材

セルロースナノファイバーを素材にした清水焼
伝統が伝えてきた
京焼・清水焼の器を使う愉しみ
新たなモノづくり 今も昔も変わらぬ価値
今回の「意味のイノベーション」
実現方法(製法や製品構造)
(HOW)
提供している価値
(WHAT)
ろうそく 芯に火をつけて鑞を燃やす 灯り

アロマ、ヒーリング
南條工房 
佐波理おりん
1500年変わらぬ技法 仏具

心の癒し、ヒーリング
変わらないモノづくり 新しい価値の提供

伝統をアップデートするために必要なこと

前編と後編の2回にわたって、伝統的モノづくりの進化の例を紹介してきた。京都のモノづくりの職人や工房が伝統的な技術を守りつつ、一方で最新の技術をとり入れる柔軟さや作品に対する徹底的なこだわりを持つことで、新たな方向性を生み出している。

仏師・三浦耀山氏と京もの認定工芸士・南條和哉氏のキャリアも興味深い。三浦氏は元々理系の大学出身で通信IT系の仕事から仏師に転向されている。南條氏も元料理人で婿養子、いわゆる「ヨソモノ」だったのだ。イノベーター理論の提唱者エベレット・ロジャーズは、社会で最初にイノベーションを採用する者の特徴は「よそ者」の概念と共通だと述べている(※3)。伝統や歴史に囚われず新たな取り組みに舵を切れたのは二人のキャリアも影響したと考えられる。

オープンイノベーション

Image via shutterstock

さらに異分野の人を結びつけるには、前回紹介した京都市産業技術研究所のような公的な組織の存在はもちろん、DESIGN WEEK KYOTOやDIALOGUEといった、モノづくりの現場をオープンにし、ハイテク企業や国内外のさまざまな人と交流する場の存在も見逃せない。異なる価値観や技術を持つ者同士が刺激し合うことで新しいモノが生まれるのだ。

常にその時代の技術や価値観を取り入れる柔軟性や適応力と、それを実現しようする逞しさが伝統を次世代に伝えることになるのだ。伝統を守り、伝えてきた本質は、きっと今も昔も変わらないのだろう。2回にわたって紹介してきた伝統的な地場産業の進化の例は、モノづくりの現場にアイデアやヒントを与えてくれるのではないだろうか。

(※1)『デザイン・ドリブン・イノベーション』(ロベルト・ベルガンティ著)
(※2)『デザインの次に来るもの』(安西洋之、八重樫文 著)
(※3)『イノベーションの普及』(エベレット・ロジャーズ 著)

文:沼野利和(一般社団法人サステナブル・ビジネス・ハブ理事)
監修:北林功(一般社団法人サステナブル・ビジネス・ハブ理事)

Edited by Nagisa Mizuno

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