【前編】伝統は革新によって守られる。京都に学ぶ、持続可能なものづくり

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和紙や着物、草木染めなど、日本の伝統的なモノづくりは世界中の多くの人を魅了する。

一方、日本の地場産業や職人の置かれている状況は厳しい。国が法律(※1)で振興を進めている伝統的工芸産業でも、生産額は1983年の5410億円をピークに2015年には1020億円、伝統工芸生産に携わる従業員数は1979年の29万人から6万5千人と、どちらも約40年の間にピークから8割減という危機的状況だ(※2)。伝統的工芸品として法律が定める235品目に限らず、地域で歴史のある素材や職人の技法などで作られる美術品や日用品などのいわゆる地場産業も、同様あるいはもっと厳しい状況だろう。

このような状況で工房や職人の方々も決して手をこまねいているわけではない。よく「伝統とは革新の連続」と言われる。「伝統」と「革新」、逆の意味に聞こえるこの2つをどうやって結びつけているのだろうか。前編と後編の2記事に分けて、京都のモノづくりの現場で生まれた新たな取組みから、その答えを探っていきたい。

京都の家の縁側

Image via shutterstock

仏とテクノロジーの融合が生み出した「ドローン仏様」

京都駅から歩いて10分ほどのところにある浄土宗 龍岸寺。1616年に創建し、400年以上の歴史があり、現在の池口龍法住職は第二十四世という由緒あるお寺だ。

普段は静かなお堂の中に突如「シューン」という甲高い音が鳴り響いた。ドローンである。見ると小さな仏様がドローンに乗ってお堂の中を飛んでいる。仏様とドローン、なんともミスマッチな組合せだ。

ドローン仏

Image vis Design Week Kyoto

一見、お遊びのように見えるが、実は仏様がドローンに乗って空を飛んでくる風景は、仏教の教えと深く結びついている。仏教の阿弥陀経では、信仰深い人が亡くなると阿弥陀如来が菩薩とともに極楽浄土からお迎えに来られると説かれている。仏教世界で浄土に向かう、臨終来迎の風景だ。はるか昔から、多くの仏画や彫刻でこの来迎が表現されてきた。「ドローン仏様」は、まさにこの来迎の風景をリアルに再現しているのだ(※3)。

高さ数センチのミニチュアの仏様だが、その姿や表情に心が癒される。それもそのはず、このドローン仏様を作ったのは、土御門仏所(つちみかどぶっしょ)の仏師・三浦耀山氏だ。現在も仏像を彫刻して全国のお寺に納めている、本物の仏師だ。ドローンに乗っている小さな仏様は、三浦仏師が彫った仏像を3Dスキャナーで読み込み、その3Dモデリングデータを元に3Dプリンターで造形している。伝統工芸の職人の技と現代のテクノロジーの融合だ。

作業様子

Image via Design Week Kyoto

先端技術の利用を可能としたのは、広島県福山市にある金属部品メーカーのキャステムが運営する、ものづくりスペース「京都LiQビル」の存在が大きい。そして三浦仏師がLiQと出会ったのは、毎年2月末頃に京都で開催されている「DESIGN WEEK KYOTO」だ。伝統的なモノづくりの工房や職人、さらにLiQを運営しているキャステムのような町工場も参加するクロスオーバーなネットワーキング構築の場となっている。

そこで、キャステム社の石井氏が土御門仏所の工房を訪ね、三浦氏との交流がスタートし、三浦仏師は3Dスキャナーと3Dプリンターに興味を持ったのだ。これまで手彫りで一品モノだった木彫りの仏様が、3Dプリンターで手彫りそのままの姿を中空の軽量樹脂で造形できる。軽量化のために中を空洞にできるのは伝統的な作り方と同じだ。さらにそれをドローンに乗せることで、過去何百年と仏師や寺院建築の職人が技を尽くして表現しようとした臨終来迎の風景を実現できるのだ。伝統的な職人技と3Dモデリングやドローンといった最先端技術が結びつくことで、仏像制作という伝統的なモノづくりがアップデートされたのだ。

新素材を使ったサステナブルな器「ゆうはり」

伝統的な絵付けが施された京焼のぐい飲みに見えるその器は、持つと和紙のような手触りだ。液体を注ぎ明かりにかざすと、まるで磨りガラスのように光を通して中身が透ける。ガラスのような陶磁器、どちらともいえない不思議な器が「ゆうはり」だ。伝統工芸品を生産しているメーカー陶あんが、従来の粘土ではなく、セルロースナノファイバーを使って開発した新しい清水焼である。

セルロースナノファイバーとは、ナノテクノロジーを活用した、21世紀生まれの新素材で、木材を原料とした天然由来の成分だ。現在、様々な工業製品に応用されている。「ゆうはり」は、セルロースナノファイバーと釉薬(ゆうやく。陶磁器の表面に付着したガラスの層)のガラス質成分(長石)を組み合わせた素材を焼結してできている。そのため、これまでの陶磁器にない独特の特徴をもつ。

新たな素材の利用は決して簡単ではなく、京都市産業技術研究所の協力の元、素地材料を開発した。また、原料や素材の投入量に対し、実際に得られた生産数量の割合である歩留まりは、当初50%であったが、京都でセルロースナノファイバーの特許技術を持つ第一工業製薬の協力で、100%に高めることができた(※4)。「ゆうはり」は、製造過程でロスや無駄が少ないだけではなく、新素材の独特の特徴を器に与えつつ、伝統工芸の趣も同時にもつ。

モノづくりをアップデートしつつ伝統的価値を守る

伝統工芸に最先端のテクノロジーを組み合わせている、この2つの事例から、私たちは何を学べるだろうか。

「ドローン仏様」は阿弥陀経の教えを伝える意味では手彫りの仏様と同じだ。「ゆうはり」も、セルロースナノファイバーという新素材を用いて独特の特徴を持っているが、伝統工芸の器を使う愉しみを提供していることは、今も昔も同じだ。

つまり、実現方法については新たな技術に挑戦しつつ、昔から伝えてきた価値を提供している。どちらの例も、モノづくりをアップデートしつつ伝統的価値を守っているのだ。

伝統的モノづくりのアップデートは以下のように整理される。

実現方法(製法や製品構造)
(HOW)
提供している価値
(WHAT)
土御門仏所
ドローン仏様
手彫り

ハイテクと伝統の技の融合
(今も昔も)
阿弥陀如来の臨終来迎の姿
陶あん
ゆうはり
従来の土素材

セルロースナノファイバーを素材にした清水焼
伝統が伝えてきた
京焼・清水焼の器を使う愉しみ
新たなモノづくり 今も昔も変わらぬ価値

前編では、モノづくりをアップデートして伝統的な価値を提供し続けている例を取りあげた。後編では、モノづくりの伝統を守りつつ、新たな価値を提供している例を取りあげ、前編とは異なる進化形を考える。

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(※1)「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」の事。通称「伝産法」。昭和49年5月25日公布。伝統的工芸として235品目(2019年11月20日時点)を指定している。
(※2)『地域伝統ものづくり産業の活性化調査』日本政策銀行(2018年7月)
(※3)龍岸寺
(※4)『京都市産技研・第一工業製薬(株)共同特許出願中の技術移転・実用化』(地独)京都市産業技術研究所 広報資料平成30年8月27日 

文:沼野利和(一般社団法人サステナブル・ビジネス・ハブ理事)
監修:北林功(一般社団法人サステナブル・ビジネス・ハブ理事)

Edited by Nagisa Mizuno

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