世界は再生可能エネルギーに向かって進んでおり、日本政府も2050年までに温暖化ガスの排出量を実質ゼロにする方針で、2030年には現状の再エネ比率17%を40%以上にすることを目指していくと表明した。しかし、国際エネルギー機関によると、化石燃料は依然として世界のエネルギー製品全体の81%以上を占めており、このままのペースで化石燃料を燃やし続けると、世界のガス・石油は2060年までに枯渇してしまうと推定されている。
これまで以上に速度を上げて再エネの比率を増やしていく必要がある一方で、風力発電や太陽光発電などの再エネには課題がある。特定の環境条件が整わないと発電が難しいという「エネルギー源の安定性」だ。ソーラーパネルの発電容量は設置場所や向き、天候に左右される場合が多い。さらに、現在のソーラーパネルは平面状に設置する必要があるため、多くの場合で農耕地などを利用している。これにより、本来の用途である作物の栽培ができない問題もある。
そんな課題をユニークなアイデアで解決しようと取り組んでいるのが、27歳のフィリピン人エンジニア、Carvey Ehren Maigue(カーベイ エーレン メグ)氏だ。彼が生み出したのは、廃棄された農作物をアップサイクルし、太陽から紫外線を吸収して再エネに変換するパネル「AuREUS(オーレウス)」だ。廃棄された作物に含まれる発光性の粒子を樹脂基盤に閉じ込めることで、その樹脂基盤が紫外線を取り込み、可視光線にして放出する仕組みになっている。
カーベイ氏は、この技術で2020の「James Dyson Award」で新設された「サステナビリティ賞」を受賞している。James Dyson Awardとは、ダイソン創業者で最終審査員のジェームズ・ダイソン氏が毎年開催している、次世代のデザインエンジニアを称え、育成、支援するための国際エンジニアリングアワードだ。
記念すべき世界初のサステナビリティ賞を受賞したカーベイ氏。受賞までの道のりは平坦ではなく、彼は2年前にも応募した2018年のJames Dyson Awardで一度破れている。なぜカーベイ氏は諦めずに発明をし続けられたのか?受賞した今、世界に伝えたいことは何か?話を聞いた。
晴天下でも曇り空でも関係なく「安定した」再エネを
「もしもAuREUSがJames Dyson Awardで賞を受賞できたら、それは僕のアイデアで世界を救うことができることを意味する。そう、信じていました。僕は自分のアイデアが世界に受け入れられるか、実験をしたのです。それが、僕がJames Dyson Awardに応募した理由です。」
カーベイ氏の発明、AuREUS(オーレウス)は、従来のソーラーパネルの能力を超えた、高いエネルギー変換率を発揮する可能性を秘めている。
特徴的なのは、その柔軟性だ。ソーラーパネルは通常、水平方向に設置され、太陽に面していなければ発電ができない。AuREUSは、既存の建物や構造物の表面に取り付けることができるので、平面の場所だけではなくあらゆる場所で発電ができる。
さらに注目すべきは、AuREUSの仕組みである。カーベイ氏がこのAuREUSを発明するにあたってインスピレーションを受けたのが、名前の由来にもなっている、オーロラを動かす物理学だったという。AuREUSはオーロラの原理を利用し、紫外線やガンマ線などの高エネルギー粒子を吸収して可視光線へと再放出する。現在の試験結果によると、従来のソーラーパネルのエネルギー生成率10〜25%をAuREUSは48%まで引き上げることに成功した。素材中の粒子が紫外線を吸収して発光するため、これにより晴天下でも曇り空でも関係なく、安定した発電が可能となるのだ。
災害で廃棄されてしまう農作物を原料に
カーベイ氏が初めてJames Dyson Awardに応募したのは、2018年のとき。「実際に2年前に応募したものは、今回受賞したものと機能的には同じでした。」と、カーベイ氏は話す。しかし、当時の発明は窓への適応のみで、素材にも化学化合物を使っていたため、受賞には至らなかったという。
「2年前と今回の大きな違いは、基材です。James Dyson Awardで敗れた後によく調査してみると、私が使用していた基材の紫外線吸収化合物の成分の1つが、実は植物に見られる成分と同じ構造であったことに気づきました。つまり、植物で代替可能であることに気がついたんです。」
そうひらめいたカーベイ氏が最初に実験で使用したのは、「新鮮な農作物」だった。しかし、新鮮な農作物を使うことには懸念点があった。新鮮な農作物を使うと、フィリピンの食料需要と競合してしまうことだ。そこでカーベイ氏が思いついたアイデアが、国民の4分の1が農業に従事している自国フィリピンで問題になっていた、台風などの災害で被害を受けた農家から廃棄されてしまっていた農作物を使用することだった。
「フィリピンは日本と同様、台風が頻繁に発生する国なので、悪天候で農家が甚大な被害を受けることが少なくありません。そうした状況の中で、この廃棄される野菜や果物を使わない手はないと思ったんです。」
食糧廃棄を減らすと同時に、農家の収入源を増やしたい
フィリピンの農業が気候変動により受けている被害は深刻で、2006年から2013年の間だけでも異常気象の影響で78回の自然災害が発生している。それにより600万ヘクタール以上の作物が被害を受け、38億米ドル相当の損失が生まれているという。
そうした農家から出る廃棄農作物をなんとかしたいと考えたカーベイ氏は、地元産の農作物を約80種類試し、長期間の使用に耐えうる可能性のある9種類を特定。そして誕生したのが、James Dyson Award 2020にエントリーした、食糧廃棄を減らすと同時に農家の収入源を増やし、最終的に再エネを生み出すことができる画期的なアイデアだった。さらに今回素材に適用した基材は耐久性に優れ、半透明で、さまざまな形状に成型することができるよう適応範囲を広げた。現在は、どんな作物でも利用できる方法を開発中だという。
「実は、このアイデアを初めて農家の友人に話したとき、かなり驚いていました。」と、カーベイ氏は微笑みながら話す。
「あるとき、友人の出荷間近だった苺が急激な気温の低下で凍ってしまい、廃棄せざるを得ない状況にあることを聞きました。そこで僕は彼に連絡し、サンプルを送ってもらえないかと尋ねたんです。最初は『ダメだ』と断られました。だから僕は彼らに、『いくらですか?』と、金額を尋ねたんです。そうしたら、彼らは驚いて僕に言うんです。『これはもう廃棄する苺なのに、なぜお金を払って手に入れようとするのか?』と。彼らにとっては廃棄物になってしまっていても、僕にとっては大切な資源。だから僕は『お金を払う』と、彼らに主張したんです。」
災害にあったからといって、すぐに経済的な損失を被ってしまうわけではない。廃棄農作物から利益を得られる方法がある。これが、カーベイ氏が伝えたいメッセージだ。
「AuREUSの規模を拡大していく中で、徐々に他の農家さんからもポジティブな反応が返ってくるようになり、『廃棄農作物が実は価値あるものに変わる』ということが広がってきています。AuREUSを通して農家に収益をもたらすことで、より若い世代が農業に携わるきっかけにもなれば嬉しいです。」
祖国フィリピンの子どもたちに残したい未来
そんなカーベイ氏はなぜ、サステナビリティ賞を受賞するまで何度失敗しても諦めずに努力し続けられたのだろうか。「その理由を考えると、僕がAuREUSを作りたいと思い立った理由に立ち戻ります。」と、カーベイ氏は答えてくれた。
「僕がまだ子どもの頃、フィリピンで朝の9時ごろに祖母の庭で遊びまわっていた懐かしい思い出が、僕を突き動かしています。」
──風が本当に優しくて、そして何もかもが気持ちよかった、幼少期の記憶。朝、外に出て、心地よく遊ぶ。それをフィリピンで実現するのは、今ではもう難しいことになりつつある。年々フィリピンの気温は上昇し、最近では午前中でも太陽の日差しが暑く、気温の差が激しい。フィリピンの子どもたちにとって、外で遊ぶことが危険なことになりつつあるのだという。
「ほとんどの人々が気づいているように、気温の上昇や台風などの多くは、気候変動が原因だと言われています。再エネと持続可能性を提唱することは、気候変動と戦うために僕たちができるステップであると信じています。」と、カーベイ氏は話す。
「いつか自分の子どもや孫、次世代の人々に、自分がかつて経験したような美しい思い出を体験してもらいたいと、僕はいつも夢見ています。そして、僕はつまずいたとき、いつもこの目標に立ち戻ります。この目標が僕を作り、前に進むために後押しし続けてくれているのです。」
再エネに個人のデバイスでアクセスできる世界を目指す
カーベイ氏は子どもの頃からレゴブロックで遊ぶのが大好きで、よくロボットを作って遊んでいたのだという。それが今、彼がエンジニアという道を選んだ理由になっている。
「かっこいいロボットを作ることが、僕の興味関心を刺激していました。そして学校に通い始めると、ロボットのいる世界は今ある科学技術を使えば、それほど遠い未来ではない……実現不可能なものではないことに気づいたんです。僕は、未来を見たかった。だから、エンジニアを目指したんです。」
子どもの頃からエンジニアを志していたカーベイ氏が未来を語るとき、まるで少年のように目をキラキラとさせながら話す。そんな彼が目指すのは、再エネを個人で体験可能なレベルにまで広めていくことだという。AuREUSは今後、家の壁や窓、電気自動車、飛行機、ボートでも使用可能な、湾曲したプレートの作成も進めている。それだけではなく、洋服から紫外線を集めて電気に変換できる生地や糸の開発も進めているという。
「これまでコンピューターは政府や軍によってのみ使用されていましたが、今ではほとんどの人がスマートフォンを持ち、情報にアクセスできるようになっています。これが実現するのにかかった年月は10年から20年だけでしたね。それと同じように、5年後、10年後に人々が自分のデバイスで再エネにアクセスできる世界を目指しています。」
台風の影響を受けている国々に技術を届けたい
現在、フィリピンのある地方自治体がAuREUSのスポンサーとなっており、製品の最初のパイロットテストを行っている。2021年の春には、AuREUSが学校に設置される見通しだという。カーベイ氏の口からは、新しい活用方法のアイデアが止まることを知らずに次々と出てくる。
「AuREUSの技術を使った、災害に強い農作物用の温室を作ることも考えています。農場を屋根で覆い、農作物を保護できる大規模なものです。その施設の屋根や窓はAuREUSのパネルで構成し、エネルギーを生成します。これにより、従来のようにソーラーファームや農作物のためだけに土地を確保するのではなく、同じ場所で同時に、発電と収穫の両方ができるようになるのです。」
日本への進出について尋ねると、「日本には友だちが2人いて、いつもお互いの状況を連絡しあっているんだ。」と、コロナ禍が落ち着いたら、日本は真っ先に行きたい国の一つだと話してくれた。
「間違いなく気候変動は世界中で起きている問題です。そして、残念ながら日本とフィリピンは、台風の影響で特に大きな被害を経験しています。同じ問題を経験しているのだから、僕はこの技術を日本でも広めて、お互いに助け合いたい。同じことを経験している世界中の国に、この解決策を伝えていくことが、僕の役目です。」
編集後記
「失敗者とはどれだけ成功に近づいたか気付かずに諦めた人だ」
これは、ジェームズ・ダイソン氏自身が、ダイソンを発明するまでに5,127回もの失敗を繰り返しながらも励みにしていたというエジソンの言葉だ。失敗から学ぶことを何よりも大事にする彼が主宰するJames Dyson Awardには毎年、多くの「発明で世界を変えたい」と願う若者のアイデアが集まる。カーベイ氏も何度も失敗しながら、そのたびに学んできた一人だ。
「僕は、学校の成績も良くなかったし、素晴らしい生徒とは言えないかもしれません。しかし、それでも学び続けながらこの賞を受賞することができた。これが誰かのモチベーションの源になってくれたらいいな、と思います。」
2018年度の失敗から学び、諦めずにイノベーションを起こし続けてきたカーベイ氏。イノベーションへの愛が、カーベイ氏の話の隅々から感じ取れた。そして何よりも彼が大事にしていたのが、周りの人への感謝の気持ちだった。
「これは、僕にとっての旅です。いろんな人に出会い、アイデアを育てていく旅。このアイデアを世界中に広めていくために、僕にとって、James Dyson財団の支援者に出会えたことは本当に幸運でした。僕のアイデアは、サポートしてくれる素晴らしい人たちと、アイデアを育ててくれる人たちがいなければ、ただのアイデアで終わってしまいます。みなさんの力によって、僕のアイデアは成長していくことができるのです。僕は本当に、本当に、このチャンスを手に入れることができて幸せです。」
応募総数、賞金額ともに過去最高となる記録的な年となった2020年のJames Dyson Award。世界初のサステナビリティ賞を受賞したのは、取材の最後の最後まで、その場に集まった関係者に感謝の想いを伝え続けた、愛のある人だった。
【参照サイト】 The James Dyson Award