苦しいときこそ「Give」をする。デンマークの腕時計ブランドNordgreenの哲学

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「拝啓、新型コロナへ。あなたは私たちの人生の1年を盗んだ。」

そんな言葉から始まるYouTube動画が、公開からわずか1週間で83万回再生を記録した。タイトルは “Never Stop Giving – 今 私たちができること”。デンマーク生まれの腕時計ブランドNordgreen(ノードグリーン)が公開したコロナ禍でのキャンペーン動画で、製品である腕時計は一切出てこない。

Nordgreenは、性別関係なく使いやすいシンプルなデザインが特徴的なブランドだ。腕時計の購入時に「教育/健康・衛生/環境」に取り組む3つの団体から1つを選んで寄付できる仕組みがあり、環境や社会に対する貢献を根底としたコンセプトも含めて、世界120か国以上で愛されている。

今回公開した動画は、WHO基金が運営する新型コロナ感染症連帯対応基金(COVID-19 Solidarity Response Fund)への支援・救済キャンペーンの一環であり、同社は15,000米ドル(約160万円)を寄付した。この動画を見る人々にも、「困っているときこそ、私たちが受け取る以上のものをお返しする(Give back more than we take)」ことが大切だというメッセージを伝えている。

ではなぜ、腕時計ブランドがこのような動画を作り、「Give」をし続けることが大切だとしているのか。2020年から続くコロナ禍で、私たちが「Give」できることは一体何だろうか。Nordgreenの共同創業者バジリ・ブラントさんと、パスカー・シバムさんのお2人に話を伺った。

創業者たち

写真左から共同創業者バジリ・ブラントさん、デザイナーのヤコブ・ワグナーさん、共同創業者のパスカー・シバムさん

Nordgreenが考える、企業としての「責任」

今回の動画を公開した背景には、個人、そしてNordgreenという企業としての「責任」に対する考え方がある。学生時代に出会った創業者の2人は、デンマークの文化やミニマルなライフスタイルを、腕時計のデザインを通して世界に発信していくことを決めた。そして、より良い社会を作りたいという野望を持って、2017年に同社を創設した。

森林破壊や水不足、教育格差など世界にはさまざまな社会問題がある中、Nordgreenのすべての活動は、以下の三つの柱に基づくよう設計されている。

  • Scandinavian Design – スカンジナビアのミニマルなデザイン
  • Respect and Responsibility – 尊重と、責任ある企業活動
  • Community Mindset – すべてのコミュニティを大切に

同社の共同創業者のバジリさんは、ブランド立ち上げ当時の想いについてこう語る。「このブランドのファンになってくれる人が、実際に参加できるような社会貢献は何かと考えました。そこでできたのが、腕時計の購入時に3つの慈善団体から1つを選んで寄付できる仕組みです。ちょっとした行動でも社会のために連帯できることはある、と伝えたかったのです。」

三つの寄付先のうち一つを選んで寄付できる「Giving back program」

三つの寄付先のうち一つを選んで寄付できる「Giving back program」 Nordgreen公式ウェブサイトより

取材を進める中で、バジリさんやパスカーさんは繰り返し「責任」に言及した。

たとえば、世界に展開するEコマース企業の責任は、各国への商品の輸送にかかるCO2の削減や、他国の製造工場で働く人々の労働環境の改善などだ。Nordgreenでは、船会社代理店「Flexport LCL」を通じて、商品輸送のカーボンニュートラル化をはかっている。Flexportは、貨物を運ぶ際に出るCO2が多いほど、割高な運搬料金を求める会社だ。そして割高になった差額分は、気候変動削減への取り組みを行うNGO団体に寄付される。またコペンハーゲン本社のオフィスの電力は、風力発電がさかんなデンマークらしく100%自然エネルギーでまかなわれている。

また、腕時計を製造する工場は中国にあるが、デンマークの会社が運営している。製造にかかわる人々が、デンマークと同じ労働条件で健全に働けるような仕組みがあるのだ。

Nordgreen 製造にかかわる人々

2020年には、日本国内で人道支援や地域再生を行うピースウィンズ ・ジャパン(PWJ)に対し、新型コロナ対策としてマスクを寄付したり、医療業務に使うビニールガウンを寄付したりといった支援を行った。

「デザインだけでは、真にデンマークのブランドとは言えないと思いました。」とパスカーさんは言う。「私たちが住む国では、無料で教育や医療サービスが受けられ、国民の半数が新型コロナのワクチン接種を終えています。サステナビリティは一部のコミュニティによるニッチなものではなく、人々が当たり前に取り組むものになりました。そんな国に住み、国境を越えてビジネスを展開する私たちには、与えられる以上にお返しする責任があると思っています。」

コロナ禍が終わっても「Give」をし続ける

Nordgreen創業者の二人は、今回の動画について「新型コロナは、誰にでもリスクがあること。健康面だけじゃなく、社会的や経済的な弱者にとっては特に打撃となったでしょう。 “Never Stop Giving – 今 私たちができること” は、みなさんと共に早くパンデミックを乗り切りたいという想いで作りました。」と語る。

今回の動画のキーワードは「Give」だ。パスカーさんは「コロナ禍で、どのような状況に立たされてもGiveを止めないことが、ますます大切になっていくと思いました。経済的な状況や、社会的な立場にかかわらず誰でも、それぞれの立場でできることはあります。」と述べる。

Nordgreenスタッフ

デンマークで働くスタッフたち

Nordgreenが誕生したデンマークでは、2020年にデンマーク語審議会とラジオ局P1が選ぶ「今年の言葉」に、“Samfundssind(サムフォンシン)” が選ばれ、コロナ禍での一大注目ワードとなっている。

Samfundssindとは “Samfund(社会)” と “Sind(心)” をかけあわせた言葉で、自分のことだけでなく、他者や社会全体のことを考えて行動することをあらわした言葉だ。マスクをして互いに距離を取り、共に終息を目指していく。それぞれがコミュニティ・スピリットを持ち、思いやりながらコロナ禍を乗り越えていくことが大切だと、2020年3月に行われた最初のロックダウン発表のときにデンマークのメッテ・フレデリクセン首相は訴えかけた。

「この言葉はまさに私たちがいう責任であり、Giveの考え方です。」とバジリさんは言う。「パンデミックが終わったら支援をやめていい、ということはありません。購入者の方が寄付に参加できる仕組みを作ったのは、私たちの商品が単にいいデザインの腕時計、に留まるのではなく、リマインダーとなってほしいからです。“Remember to do Good(社会のために動くのを忘れないで)” と言い続ける商品にね。」

私たちができる、小さな「Give」とは?

Nordgreenは現在、さらなるサステナビリティへの取り組みや意識向上のため、B Corp(Bコーポレーション)の取得に向かって動いている。コロナ禍でスタッフたちがより連携し、楽しく働いていくために、週1回は外部のNGOでボランティアができる制度も整える予定だそうだ。スタッフや企業活動にかかわるすべての人のウェルビーイングを考えることも、企業としての責任の一つといえる。

ここまで、誰でも、どのような状況下でもGiveを止めないことについて書いてきた。他方、コロナ禍で経済が打撃を受け、自分の生活で手一杯な人もいるかもしれない。そして苦しい状況の中でも「与え」なければいけないのかと、プレッシャーを感じる人がいるかもしれない。最後に、創業者の二人に私たちが身近にできるGiveとは何かを聞いてみた。

パスカーさん「視野を少し広げてみて、“人のため” って何だろうと考えてみる。そして自分ができる方法で、身近な人をできる分だけ助ける。自分のことも大事にしながら、周りが困っていそうだな、してあげたいな、と思うことをしてほしいです。自分のためにした行動が、他者の助けにもなるかもしれません。」

バジリさん「使い捨ての容器ではなく、何度でも使える容器を使う。肉の消費を減らす。車の代わりに自転車で通勤してみる。ホームレスの方が街で新聞を売っていたら買ってみる。ごみを丁寧に分別してリサイクルする。こういう小さな行動すらも、私はGiveだと思っています。」

写真左から共同創業者のバジリ・ブラントさん、デザイナーのヤコブ・ワグナーさん、共同創業者のパスカー・シバムさん

編集後記

Samfundsind── 自分のためだけでなく、他者や社会のことを考える。これは、デンマークのように積極的に社会のために行動する文脈とは違うものの、新型コロナなど病気のときにマスクをするなど、日本の「他人に迷惑をかけないようにする」にも通ずる言葉だと筆者は感じた。

自分にとって、Giveとは何だろうか。社会や地球のことを考えたときに、どのような行動をしたら自分も周りも良い状況になるだろうか。明日から変えられる行動は、一体なんだろうか。

自分自身が苦しい中で、無理をする必要はまったくないと思うが、これらのことを考えながら日々を過ごしたいと思わせてくれる取材だった。

【参照サイト】Nordgreen
【参照サイト】社会貢献プログラム – Nordgreen

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