内閣府の調査によると、一人暮らしをしている高齢者で会話の頻度が「2〜3日に1回以下」と回答した人の割合は45.7%にものぼる。また、近所付き合いの程度が「ほとんどない」、もしくは「あいさつをする程度」と回答した人は48.1%だという調査結果もある。日常生活で地域社会との接点がほとんどなく、孤立する人々の多さが浮き彫りになっている。
地域社会からの孤立というのは高齢者に限った話ではない。OECD(経済協力開発機構)の調査によると、日本において、社会集団の中でほとんど友人や同僚など他人と時間を過ごさない人の割合は15.3%となっており、OECD加盟国で最も高い数値であった。このことは子どもにおいても同様である。日本において「孤独を感じたことがある」と回答した子どもの割合は29.8%とOECD加盟国で最も高く、5~8%であった多くの国々に対して突出していることがUNICEF(国際連合児童基金)の調査からわかっている。
こうした地域コミュニティの希薄化、孤立化に対して、「困った時はお互い様」のコミュニティビジネスで問題解決に取り組む会社が千葉県市川市にある。学生服リユース商品やランドセルアップサイクル商品の販売事業を展開する「ゆずりばいちかわ」だ。理念として「リユース、アップサイクルを通じたコミュニティ(譲り場)を提供することで地域活性化と柔軟な雇用創出」を掲げている。
今回、ゆずりばいちかわの創業のきっかけや現在抱えている課題、そして事業を通じてどのような地域社会を目指しているのか、同会社の代表である石垣瑠美氏に話を聞いた。
子育てにおける親の心理的負担を減らしたい
Q. ゆずりばいちかわの事業について教えてください。
ゆずりばいちかわでは、どなたでも気軽に立ち寄れる地域のお店(コミュニティ)を作り、学生服を購入する際にリユース商品が選択肢に入るようにすることを目指しています。
学生服のリユース事業を手掛けるきっかけとなったのは、長男の小学校進学でした。私自身、在学中の保護者に知り合いがいなかったことや平日に仕事をしていたこともあり、小学校入学に関する事前情報がとても少ない状況でした。結果として、入学ぎりぎりになって必要な学用品とその費用がわかり、急な経済的負担が大きかったんです。
これが中学校進学となれば、学生服代や塾代などの教育費がさらに増えてしまうと考えたとき、大きな不安を感じました。こうした情報の少なさや経済的側面への不安に対し、親同士がつながれる場所や家計負担を軽減できる「お下がりシステム」があれば、不安を緩和できるのではないかと考えました。
学生服リユースが購入時の選択肢に入ると、家計負担の軽減につながりますが、一方で「リユースの学生服=貧しい人が着るもの」というイメージは絶対に浸透させたくありません。学生服はほぼ100%国産なので高価になるのですが、高品質で長く着ることができるのが特徴です。
実際に、お客さまが実物を見たときに「こんなに綺麗なんだね」というお声は多く、「大切に使っていたんだね」「また譲れるように着たいね」とお話しされています。サステナブルな取り組みとして子どもに伝えたいというお客さまもいました。
Q. そもそも、ゆずりばいちかわの創業のきっかけは何でしたか?
コミュニティビジネスに興味を持ったのは、私自身が育児と仕事の両立に苦労していた頃でした。結婚を機に、東京から千葉県市川市に引っ越したときに、自分と同じ育児、あるいは介護、病気、障害などを抱えている方々を見て、そうした方々がもっと柔軟に働ける環境をつくりたいと思ったんです。
また、高齢化により自宅周辺の個人商店が閉まっている様子を見て、活気に溢れた地域でみんなで子育てをしていた昔の日本を思い出し、そうしたコミュニティがある地域に憧れを持つようになりました。子育て中に経理のパートで企業経営に触れた後、公的な創業セミナーなどを積極的に受講し、専門家と意見交換をしながら、2018年5月に起業しました。
当時、千葉県内には学生服リユースの専門店はなく、浸透していなかったのですが、県外では既にビジネスモデルが成立していました。地域によって学生服リユースのニーズが異なるため、市川市に合ったコミュニティビジネスのモデルをつくって実践してみようと思いました。
Q. ゆずりばいちかわは、地域のコミュニティとしてはどんな役割を担っているのでしょうか?
ゆずりばいちかわには、リユース事業によって学生服が集まると同時に保護者から学校の情報も集まり、生きた情報が相互に結びつく場所になっています。生きた情報とは、洗い替えがたくさんあった方がいいアイテムやほとんど使わないアイテムなど、親が一番知りたい情報です。
また、どなたでも気軽に立ち寄れるお店の雰囲気づくりを心がけており、ハンドメイド商品の販売やワークショップ、イベントも積極的に開催しております。当初より副業、起業の支援もしたいと思っており、スキルがあっても発揮できる場所がない方も多いので、販売スペース、打ち合わせスペースとしてお店をお貸ししたりしています。学生服リユースに関わる内容や子育てにまつわること(性教育の話、不登校の相談会など)、夏休みの子ども向け宿題講座(リメイク工作、プログラミング講座)などテーマは幅広く、最近では入学入園グッズ作りの相談会なども開催しました。
講師とお客さまが出会い、マッチングされたりもしています。参加者の方が、いずれ講師になってみたいとか、地域にお店を作ってみたいとか、ゆずりばいちかわを介して何か背中を押すきっかけになれたら嬉しいな、と思っています。
6年間共にしたランドセルへの想い入れを引き継ぐ
Q. ランドセルアップサイクルの事業開始のきっかけは何ですか?
学生服リユース事業を始めた2018年、リユース事業をしている中で、お客さまから「ランドセルを引き取ってもらえないか?」という問い合わせが相次いだことが、ランドセルのアップサイクルを始めたきっかけです。
当初は、引き取ったランドセルを団体へ寄付したり、他県にあるリユース業者に送ったりしていました。しかしそれらのランドセルには、6年間いつも一緒だったお子さんにとっても、ご両親やランドセルをプレゼントしたかもしれないおじいちゃん、おばあちゃんにとっても、たくさんの想い入れがあります。その想いを引き継いで、さらに価値あるものに生まれ変わらせることはできないかと考えていました。
そんなとき、たまたま訪れた近所の雑貨屋さんで、すごく素敵な革製品を委託販売しているのを目にしました。その作製者についてお店の方に尋ねてみると、近所にある工房さんであったため、雑貨屋さんに紹介してもらい、訪問させていただいたんです。ほとんど初対面でしたが、使用済のランドセルをアップサイクルするという企画書を提示し、やり取りがスタートしたのが2019年の4月のことでした。そこから夏にかけて試作を行い、11月からモニター評価、12月から受注を開始しました。
現在、ランドセルの蓋部分から3~4点の商品を製作するケースが多く、お子さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんの分のアップサイクル商品を同時に製作することもあります。
Q. アップサイクル商品のラインナップと、販売時のこだわりを教えてください。
現在手掛けているランドセルのアップサイクル商品は、ペンケース、印鑑ケース、パスケース、インテリアトレー、名刺入れ、リールストラップ、キーホルダーの計7品。一番人気はパスケースですね。加えて現在、東京都立産業技術大学院大学とコラボレーションでメガネケースも開発しています。
ゆずりばいちかわのランドセルアップサイクル商品は、メイドインジャパンの品質の良さに加え、シンプルで長く使えるものを目指しています。また、販売方法はオンラインではなく、直接お客様にあって販売することにこだわっているんです。ランドセルの傷を見ながら、当時の想い出を聴くなど、注文の打ち合わせ時からお客さまと一緒に作っていきます。これによって、手掛けるアップサイクル商品には「ストーリー」が加わります。
得意なことを生かしてもらう、柔軟な雇用創出
Q. 理念にある「コミュニティ(譲り場)を提供することで地域活性化を促す」のですね。「柔軟な雇用創出」についても教えてください。
ゆずりばいちかわでは、病気や介護、障害、育児と、それぞれ抱えるものがあっても自分のペースで働ける場を提供していくという理念を持っており、雇用創出を行っています。
譲り受けた学生服は、メンテナンス作業が必要となります。学生服の裏地に入っている名前の刺繍をほどく、毛玉をとる、体操服やワイシャツの洗濯をするなどの作業を、現在は近所で子育て中の主婦の方々にお手伝いいただいています。お店から学生服などを持ち帰り、自宅で作業して納品。日頃から家事で手を動かしている主婦の方々は作業が早く、細かい気遣いも得意です。お店で見落としていたダメージを教えてくれたり、報連相もまめに行ってくれたりします。
学校行事優先、子どもの体調不良などがあれば遠慮なく休んでもらい、店舗運営はもちろん子連れでもOKです。将来的には、近所に住んでいる高齢者や障害を持っていて就労支援施設に通っている方などに業務委託していきたいとも考えています。
みんなが心豊かに暮らすために、地域に心の拠り所を
Q. 最後に、事業を通して目指したい地域社会、伝えたい想いがあれば教えてください。
お母さんは専業主婦が当たり前だった時代から、共働き世帯がこんなにも多い時代となり、生活スタイルはますます多様化しています。昔は毎日のように近所で井戸端会議があったかもしれませんが、現在では隣の住人に会うのも1か月に1度ということだってあります。便利になったことが多い反面、地域の希薄化、孤独化が進んでしまいました。
しかし、人は一人では生きていけないと思っています。天災や今回のようなコロナ禍を経験するとより実感しますが、地域に心の拠り所があればあるほど、人は心豊かに暮らせると思うのです。魅力ある地域には魅力ある人が集まり、そして地域がより活性化していく。そんな地域で大人が心豊かに暮らしていれば、自ずと子どもたちも孤独を感じることなく楽しく暮らせるのだと思います。そのきっかけの一部にゆずりばいちかわが関わっていけたら、こんなにも嬉しいことはありません。
これは私の将来における希望なのですが、地域に個人商店を呼び戻したいと思っています。実は、そのためにゆずりばいちかわでは実店舗を構えて経営することを選びました。シェアスペースを作ってスタートアップを応援したり、事業承継が出来ない方と新規出店したい方をマッチングするなど、地域に対してどんなことが出来るか、これからじっくりと考えていきたいです。
編集後記
地域の希薄化、孤立化という社会問題に対して、市川市という地域から学生服リユース活動で問題解決を目指している石垣氏。その活動は、単に親同士の情報交換の場、リユースによる学生服購入費低減の場を提供するだけに留まらない。
リユース事業やアップサイクル事業で生まれた作業をうまく分配し、病気や介護、障害、育児を抱える人たちが生活スタイルに合わせて働けるようにしたり、ワークショップやイベント開催により副業や起業の支援を積極的に行ったりと、地域コミュニティとして機能させることに尽力されていることに意義深さを感じる。
またインタビューでは、溢れんばかりのアイデアと行動力、直向きさやきめ細やかさを感じた。石垣氏の今後のコミュニティビジネスへのチャレンジに期待したい。
筆者プロフィール:東京都立産業技術大学院大学 越水研究室
アップサイクルのムーブメントを起こすためのプロジェクトに取り組む。プロジェクトの活動を進める中で出会った「アップサイクルの実践者たち」を、今後連載で紹介していく。
Edited by Erika Tomiyama