海洋プラスチックは“母なる海からの贈り物“。「mum」の素材に込められた想いとは?

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これは、漁業副産物である漁具をアップサイクルし、制作された「mum(マム)」。

mumの表面

mum

海辺に置かれているmum

mumの天板

表面は、海の揺らぎをイメージした独特な波模様をもち、鮮やかな黒は、日本の海の暗く、穏やかな波。「母なる海」を思い起こさせるデザインだ。

海面

日本の海、凪の海面

「mum」は、ロンドンを拠点に活動する建築デザインスタジオPAN- PROJECTSが産業用海洋プラスチック問題に取り組むために立ち上げたプロダクトデザインプロジェクトだ。

PAN- PROJECTS Studio

credit by James Harris

PAN- PROJECTSの共同創業者である八木祐理子さんと高田一正さんは、漁業で廃棄される定置網などのブイや古い道具、その他の海洋プラスチックを、ごみではなく「海からの恵み」と再定義し、これらを天然素材と同じように扱う。もはや自然の一部となってしまったといえる海洋プラスチックから、プロダクトを作っているのだ。

ー我々はオーシャンプラスチックを収穫する漁業者である。我々は母なる海から糧を得て生きているー(引用:mum

彼らはなぜ、現代では汚染だといわれている海洋プラスチックを、「母なる海からの恵み」と再定義したのだろうか。どのように、この革新的なプロジェクトを生みだしたのだろうか。本記事では、その背景とそこに込められた二人の想いを深掘りする。

左:八木祐理子さん 右:高田一正さん

話者プロフィール:八木祐理子(やぎ・ゆりこ)

Arkitekt MAA(デンマーク建築家協会登録建築家)でPAN- PROJECTS共同創設者。2017年に国立京都工芸繊維大学建築学専攻を修了。卒業後は院生時代にインターンをしていたデンマークに戻り、2017年にPAN- PROJECTSを共同設立。ゴミなどの、主生産の片割れである“副産物”を素材で考え、建築のストーリー性、デザインの可能性を広げる「副産物の建築」に取り組んでいる。

話者プロフィール:高田一正(たかだ・かずまさ)

Architect ARB/RIBA(王立英国建築家協会登録建築家)、PAN- PROJECTS共同創設者。2015年に早稲田大学創造理工学部建築学科卒業後、2017年にデンマーク王立芸術アカデミー大学院を修了し、同年PAN- PROJECTSを共同設立。デンマークで3年間プロジェクトに携わり、2019年にロンドンへ拠点を移す。現在はデザインの傍らRoyal College of Artで授業を受け持つ。高知県出身で、東京や中国、タイでの滞在経験がある。

海洋プラスチックは“母なる海”からの恵み

「廃棄されたプラスチックの価値を変えるために、何かかっこいいものを作って欲しい」

mumプロジェクトは、漁具のアップサイクルに取り組む企業の方から寄せられたそんな依頼から始まった。

漁具の山

鳥羽市の漁港近く。漁具が積み上げられている。

八木さん「初めは、海洋プラスチックと聞くと『汚染』や『悪いもの』というイメージがもちろんありました。しかし、ある日、オランダの企業が海洋プラスチックを魚のように魚網で引き上げている様子を目にしたんです。その時、ネガティブなイメージの強い海洋プラスチックでも、それに価値を見出すことができれば、人々はそれを喜んで集めるのではないか、究極的にそれが海洋プラスチックを自然界から獲り切る未来につながるのではないか、と思いました」

mumのかけら

漁具のかけら

八木さん「『海洋プラスチックを自然界から完全に取り除くのはもはや不可能かもしれない。それならば、それ自体をすでに自然の中にあるものと捉えて素材を作ってみよう』という考えに至ったのです」

高田さん「歴史を振り返れば、我々人類はなにかを絶滅に追い込むのが得意なのかもしれないと思います。例えばラッコの毛皮は、その価値の高さが引き起こした乱獲によって、現在は獲ることが禁止されています。それは我々の賢さゆえに知恵を絞ってどこまでもラッコを追いかけた結果です。需要さえあれば、我々はどこまででも追いかける。海洋プラスチックでも同じような乱獲が起これば、いずれ海洋プラスチックを絶滅に追い込むことができるかもしれません」

高田さんが漁具を眺めている様子

credit by James Harris

八木さんと高田さんが活動するイングランドでは、プラスチックのレジ袋や容器などの規制が行われ、使用・生産の廃止が進んでいる。この流れが加速すれば、恐らく新しいプラスチックの生産はされなくなっていくだろう、と八木さんは言う。

八木さん「新しいプラスチックが手に入らなくなれば、すでに捨てられたプラスチックを回収し再利用をするしかなくなります。そうなったとき、真っ先に海洋プラスチックが一番の採集先になるだろうと思ったのです」

漁具

漁業副産物である海洋プラスチック、漁具

海洋プラスチックを撲滅するための「乱獲」を起こす。そのために必要なのは、人々が海洋プラスチックをより身近に、そして価値あるものだと感じられるようなコンセプトではないか。

そこで、「海洋プラスチックは母なる海からの恵み」、つまり「母なる海からのギフト」をテーマに掲げる象徴的な素材の開発が始まった。

新たな資源より、すでにある「副産物」を

mumのプロジェクト開始以前にも、資源循環をテーマに様々な作品を制作していた二人。しかし、彼らが目指すのは単なるリサイクルをすることではなく、既に物語や背景をもった「副産物」をそのストーリーも含め素材としてデザインすることだ。

mum

廃棄された漁具と「mum」

八木さん「例えば日本の畳や茅葺き屋根は、まさに副産物です。米を育てる過程で発生する不要な藁を活用して建築物を作っていたのです。このような副産物を活用する暮らし方は、現代の私たちが過去から学べることではないでしょうか。現代の生活において、都市から大量に生み出される副産物と建築との間にどのような関係性があるのか。それを紐解いてみたいと思っています」

mum、商品開発の過程

credit by James Harris

一方、高田さんは、都市や地域コミュニティと建築物の関係性を次のように捉えている。

高田さん「新しい建築物ができたとき、その地域の人にとってそれは“よそよそしい”存在なのではないかと思うのです。なぜならば、建築材料の多くがどこからきたのかわからない素材で、それを使う人にとって想い入れのない淡白なものだからです」

「そこで、例えばその地域でとれた素材を使って建物をつくることができたらどうでしょうか。意味のある素材を使うことで、その建物に人の想いが込められ、そして使う人にとって親近感が生まれます」

漁具の縄

漁業で多く使用される縄

その周囲のコミュニティで集めた素材でつくる建物は、単なる建築物ではなく「みんなで作った建物」としてストーリーを持つ。するとそこに新たな価値が生まれ、尊重され、携わった人々でコミュニティが形成されていくきっかけになるかもしれない。そのコミュニティのなかで自然と繋がりが生まれ、人もモノも混ざり合い、ひいては互いを大切にしあう関係になるのだ。

高田さん「しかし、実際に設計する際には建築基準法という壁があります。建物の安全性を確保するために法律は必要不可欠ですが、素材のサステナビリティやCO2排出の課題を考えれば、より柔軟な対応が求められていると思います。使える素材があるのに、法規制によって使うことができない。建築業界の課題だといえます」

多様な意見の先にある、根源的な答え

海洋プラスチックに「自然の資源、海の恵み」という意味を持たせることに対しての周囲の意見は、肯定的なものばかりではないそうだ。しかし、ひとつの価値観を絶対的なものとして捉えず、多様な価値観を享受することを大切にしている、と二人は語る。

廃棄されている漁具

漁港では多くの漁具が廃棄されている

八木さん「mumのコンセプトに対しては、『実際は汚染なのに』とか『問題の本質を包み隠している、正当化しようとしている』といった声も聞こえてきます。しかし、この提案をもとに人々の間で議論が起き、その先で新しい価値観やストーリーが提供できるのならば、それは意味のあることだと思います」

高田さん「汚染物である海洋プラスチックを価値あるものとして捉え直す、という挑戦的なアイデアに対して投げ込まれる賛成意見や、反対意見、全く新しいアイデア、その全てに価値があるはずです。様々な考えが可視化され、混ざり合ううちに、我々が環境課題にどう向き合っていきたいのか、いくべきなのかという深い議論も生まれるかもしれません」

八木さんと高田さんがスタジオで話している様子

credit by James Harris

より本質的な問題に目を向けてもらうために、多種多様なアイデアを歓迎する。それが、二人がディスカッションを大切にしている理由だ。

議論が起こり、海洋プラスチックや環境について意見が広がっていく。これは社会を持続可能なものとするためのプロセスだ。その道の先で、人にもモノにも地球にもフレンドリーな環境が構築されるのかもしれない。

ポジティブなサステナブル・ムーブメント

ひとつでも多くの価値観を巻き込んで議論するためには、年齢や性別や人種などの違いにかかわらず誰もが議論に参加できる環境が必要だ。しかし、理想とは異なる現状がある。

鳥羽市の漁港

漁港の様子

八木さん「我々の拠点であるロンドンでは、社会課題の解決に向けた活動に積極的に参加している人の多くが、比較的安定した生活を送ることができる人々であるといった印象を受けます。現状、社会をより良くするための消費行動をしようとしても、環境に配慮された製品は値段が高いことがほとんどです。環境保全の活動に参加したいと思っても、多くがボランティア活動なので時間とお金に余裕のある人しか参加できません。明日の食事に困っている人もいる社会で、環境活動について取り組むのは、まだ課題があるように感じます」

二人は、この状況に対してデザイナーとしてできることがあるとするならば。それは、デザインを「ポジティブに作る」ことであるという。

八木さんと高田さんが笑い合っている様子

credit by James Harris

高田さん「例えば『○○をするな』という否定的な投げかけではなく、『こっちの方がクールじゃない?』とか『こうしたらもっと楽しいよね』のような肯定的な投げかけを絶やさないようにしています。そのようなポジティブな発信に、『自分達もこういうことをしたい』と人を動かすエネルギーが宿っていると思います」

デンマークの有名な建築家ビャルケ・インゲルスの「Yes is more」という言葉を大切にしている、と笑顔で続ける高田さん。

高田さん「元々僕たちはデンマークのコペンハーゲンを拠点にしていたのですが、この言葉はすごくデンマーク人らしいポジティブな価値観だと思います。『YESはより良い!』『もっとYESを!』のような前向きな発信が、人々が動くための何よりの原動力になる気がします。」

mumが目指す、海洋プラスチックの乱獲を起こし素材として獲り切る未来。それを実現するために必要なのは、誰一人取り残さない大きなムーブメントだ。

mumのかけら

mumのかけら

最後に、こういったポジティブなムーブメントに少しでも興味のある人に向けて、メッセージを聞いてみた。

八木さん「我々の活動に対してはもちろんのこと、この記事に対しても様々な想いを抱く方がいると思います。ぜひ、感じた想いを私たちに届けてください。前向きな意見でも後ろ向きな意見でも、どんなアイデアでも歓迎します。皆さんの多様な意見を聞き、私たちも考えを深めながら持続可能な未来に向けて一緒に進んでいきたいです」

編集後記

八木さんは「このプロジェクトが成功し、資源として海からプラスチックを回収する世界になれば、『これは青森産』とか『こっちはデンマーク産だ』というように、収穫地ごとにプラスチックを使用する未来がくるかもしれない、とワクワクしながらmumを作りました」と話してくれた。

PAN- PROJECTS Studio

credit by James Harris

建築家として、デザイナーとして、サステナビリティに向きあう二人。

社会をより良くしていこう、改善していこうとすると、どうしてもそれまでの「前世代的なやり方」を否定したり、マイナスな視点や否定的なジャッジが増えたりしてしまう。

しかし、より多くの人にとって心地の良い社会を作るためには、互いを否定するのではなく、尊重し合い、ポジティブに社会を作っていくことが最善の道なのかもしれない。

credit by PAN- PROJECTS

【参照サイト】PAN- PROJECTS
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