【後編】ローカルガストロノミーから考える、「食の多様性」と「ウェルビーイング」とは?

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秋田県湯沢市で3日間にわたって行われたローカルガストロノミーイベントレポートの後編。前編では1日目の様子をレポートしたが、本編では、イベント2日目と3日目についてレポートし、ローカルガストロノミーから考える、食の多様性とウェルビーイングについて、まとめていく。

2日目:学生とシェフ、農家、起業家が食の未来について一緒に考える

食と気候危機

イベント2日目は、全国の生産者と消費者を直接繋ぐCtoCプラットフォーム「ポケットマルシェ」の代表を務める高橋博之さんと、湯沢市長の鈴木俊夫さんによる基調講演が行われ、続いて日本の有識者と学生による分科会が開催された。

高橋さんは、「日本の地方のこれから」というテーマで、気候危機とウェルビーイング、それに密接に関わる生産者と消費者の距離について熱く語った。まず、気候危機がすでに起こっているにも関わらず、生産と消費が離れているために、多くの人はそれを実感しにくくなっていることに、高橋さんは警鐘を鳴らす。

ポケットマルシェ代表の高橋博之さん

ポケットマルシェ代表の高橋博之さん

「今年は特に、全国の生産者から環境の異変への声が多く届いている。一方、スーパーに行けば世界中からの食べ物が安定して供給されていて、環境の異変にピンとこないんです。生産者と消費者が直接つながっていない今の流通システムを通すと、現代の『炭鉱のカナリア』である農家と漁師の声が消えてしまっている」

また、生産者と消費者が遠いがために、食品廃棄が出続け、さらにそれが気候危機に追い討ちをかける。

「世界の温室効果ガス排出量の最大37%は食料システムからだと言われています。排出量を減らすには、近場の生産者から旬の食べ物をいただき、残さず食べることが大事です。その点、生産者と直接つながると、顔が見えてストーリーがわかって、食べ物を捨てられなくなるんです。顔が見えればこの人に生かされていることがわかり、『ありがとう』という言葉が出てくる。また、今年の野菜が小さかったり、去年と同じ形や味でなくても、農家が直接きちんと説明すれば消費者は理解してくれるんです」

食とウェルビーイング

「一次産業の素晴らしさは命を産み育てることなのに、食べ物の生みの親である自然も、育ての親である農家も見えないから、食が単なる栄養補給になっている。人に備わる共感力が発揮できないのは、社会の仕組みの問題です。だからこそ、生産と消費がこれ以上離れないことが大事なんです。そして都市で自然とつながる唯一の方法は食です」と高橋さんは続ける。

分断をつなぎ直すものが食であり、さらに食は本質的な幸せ、ウェルビーイングともつながっている。

「食は人間関係を育む上で欠かせません。そして、良質な人間関係はウェルビーイングの前提です。自分が考える幸せの定義について答えられないと、地方活性化もうまくいかない。この地域にとって幸せとは何かを考えれば、地域のあり方が自ずと決まります。過疎、高齢化がなぜ問題なのか。とにかく地域が長く続けば良いというのは都会に住む人の発想です。諸行無常の考え方からすると単に縮小や消滅が悪いということではなく、地域に住む人が活き活きと生きる意味を柔軟に考えることのほうが大事です」

生産と消費の分断は、気候危機だけではなく、人間の幸せなあり方にも影響を及ぼすという高橋さんの話は本質的だ。

ローカルとは何か

この日の後半の分科会では、全国から大学生や農林水産省職員、ITスタートアップ代表、農家など合計30名以上が参加し、「ローカルガストロノミー」「農業」「フードテック」をテーマに3グループに分かれ、ディスカッションを行った。

それぞれの分科会に分かれて話し合いをした。

それぞれの分科会に分かれて話し合いをした。

筆者が参加した分科会は、今回のメインテーマである「ローカルガストロノミー」。「人と自然が共存するための次のローカルガストロノミーとは何か、そしてそれを実現させるためにはどうしたら良いのかを話したい」とNext Gastonomiaメンバーの一人である玉木さんは言う。

そこで私たちは、「ローカルとは何か」という問いについて考えることから始めた。

「ライフスタイルマガジン『自遊人』の定義によると、ローカルガストロノミーはその土地の風土と歴史を料理すること。しかし、地域にあるものだけを使うのがローカルガストロノミーなのか。例えば、秋田にはマタギ文化がありますが、昨夜のディナーで食べた熊肉は、適切な加工をしてもらうために県外から持ってきています。すべてを地産地消にこだわろうとすると、あれはローカルとは言えないのでしょうか。土地に縛られている気もします。むしろ、県外のものを使うことで、マタギ文化そのものを見直して問い直す機会でもあると思います」と、玉木さんの疑問点が投げかけられた。

参加者からは、「もともと外から来たものであっても、その土地ならではの手を加えて馴染めばローカルで良いのでは」「ラーメンもそうだが、日本人はアレンジ力が高い」といった意見が出た。

誰のためのローカルなのか

次の話題は、「誰のためのローカルなのか」だ。

「今のローカルガストロノミーは地域のものというより、観光客が一度きりの体験をするためのものだと感じます。地元の人から見ると当たり前なので、その価値がまだ十分に見出しきれていないのでは」と言う玉木さんの発言を受け、地元の人のためのローカルガストロノミーについて考えることになった。

自分たちでは気付きにくいその土地ならではの価値を見つけ出し、クリエイティブに表現する役割を果たすのがシェフだろう。1日目のディナーを担当した杉浦シェフも、「地元の素晴らしさを食として伝えるのがシェフ。秋田の素晴らしさとは何かというヒントをみなさんからいただいて、ハブとして伝える役割を担いたい」と述べた。

ローカルガストロノミーに関して様々な方面から意見がでた。

ローカルガストロノミーに関して様々な方面から意見がでた。

なぜローカルガストロノミーが必要なのか

そして最後に、「なぜローカルガストロノミーが必要なのか、ローカルガストロノミーのもつ価値」について話し合った。

「ストーリーが見えることで、料理を作ってくれた人だけでなく、野菜を育ててくれた人にも『いただきます』と言えるようになる」「秋田に来ないと体験できないこと」「商品化するより、個人の生活に根付いた食であること」「まちの教科書にもなり得る」「伝統野菜や癖のある野菜など市場では評価されにくい野菜の居場所になれる」

様々な意見が出た中、最後は「食の多様性」というキーワードに行き着いた。グローバルな資本主義で私たちの生活は便利になり、世界中どこに行っても安心して同じものを食べることができる一方、なんだか物足りなさも感じる。だからこそ、そんな生活をしている人は、その土地らしさを表現して体験として提供してくれるローカルガストロノミーに惹かれる。それは、逆に均一化した食が日常になっているからこそ、ローカルガストロノミーがハイライトされていると言うこともできる。人口を養うために必要な工業的な食と、各地域の食を対立させるのではなく、並存させながら、食の多様性を担保することが大事なのではないか、というところで時間が終了した。

各分科会が終わったところで、参加学生が一堂に集まり、各分科会での話をまとめ、最後の提言を発表。

学生が集まり、最後の提言を製作中。

学生が集まり、最後の提言を製作中。

「生産と消費の分断を引き起こしている資本主義の中で、農業を業として成り立たせていくには、最終製品としての農産物だけでなく、その背後にある自然環境や新鮮さ、つながりなどの、農業がもたらす価値を同時に打ち出す必要があるのではないか。そのためにローカルガストロノミーが必要」「誰もが飢えない環境を前提とした上で、ローカルガストロノミーという選択肢を提供する。そして、人と自然の共存を目指す上で、ローカルの要素を大事にしながら、アイデンティティやその土地らしさなど『便利』以外の価値を作っていきたい」とまとめられた。

最後に、各分科会で出てきた話を聞いてNext Gastoronomiaのメンバーである田口さんは、「まとめるのが難しい」と言いじっくり考えながらも、今回のイベントの成果につながる大事な点を指摘してくれた。

「ローカルガストロノミーに必要な要素である生産者、技術者、シェフなどを考えたとき、各地域内でコミュニティがまだ形成されていない。だからこそ、今回のイベントのように、いろんな人が集まって一緒に考えていける場を各地域で継続的に作っていきたいです」

地元の食材を使ったランチ

地元の食材を使ったランチ

3日目:秋田の発酵文化を巡る

イベント3日目は、歴史ある蔵元が多数残っている湯沢市で、創業以来160年にわたり伝統製法で味噌と醤油を天然醸造する石孫本店にて蔵見学と発酵ワークショップ、トークセッションが開催された。なぜ発酵に焦点を当てたのかというと、日本の食文化の特徴の一つである発酵には、食をより豊かにサステナブルにできるヒントがあると、Next Gastornomiaは考えているからだ。

「石孫本店」にて蔵見学

「石孫本店」にて蔵見学

トークセッションでは、ヤマモ味噌醤油醸造元の7代目高橋泰さんから、発酵を取り巻く世界的トレンドに対する自身の考えや伝統産業におけるクリエイティブが果たす役割について話を聞いた。高橋さんは、発酵の世界のイニシアチブを日本が取れていないことを危惧している。

ヤマモ味噌醤油醸造元の7代目高橋泰さん

ヤマモ味噌醤油醸造元の7代目高橋泰さん

「発酵と一口に言っても、ワインと日本酒、醤油・味噌は製法も異なるため一緒にするのではなく、細分化して、それぞれどこに価値があるのかを見せていかなければなりません。その際、日本のような発酵文化のある国の担い手が、リーダーシップを取るべきだと思っています。しかしいま、発酵の最先端はnoma(ノーマ)で有名なデンマークのコペンハーゲンに行ってしまっているのが現状です」

高橋さんが目指す、誰もがゲームに参加してゲームチェンジできる社会を作るには、醤油・味噌という伝統的な業界への新規参入のしやすさは一つのポイントになるという。その際、「クリエイティブの力が大事だ」と高橋さんは強調する。

「例えば、秋田の名醸蔵である新政は、クリエイティブの力でこれまでの酒の常識や評価軸を変えてきました。僕がやりたいことは、味噌・醤油を作り続けることではなく、クリエイティブをベースにした新しい持続可能性を追求した社会変革なんです」

実際、ヤマモ味噌醤油醸造元は海外からのシェフとコラボレーションして料理を提供したり、ギャラリーを併設しアート展を展開したりと、クリエイティブやアートによって、秋田の伝統産業から価値をアップデートしている。ローカルガストロノミーにとっても、この視点は必須だろう。

ローカルガストロノミーから考えるウェルビーイング

生産から流通、消費までの食に関わるシステム全体で、世界の温室効果ガス排出量の30%ほどを占めるほど、食は気候危機とも密接に関わっている。EUの気候変動対策である欧州グリーンディールでは、持続可能な食料システムを目指して新たに掲げた「Farm to Fork Strategy(農場から食卓まで戦略。F2Fと省略される)」が制定された。有機農業や地産地消の推進などが含まれる戦略で、欧州グリーンディールの達成にとって、非常に重要なものと見なされている。

食を見直すことが、気候危機に及ぼす影響が大きいことは確かだろう。その上で、筆者は今回のイベントを通して、食、特にローカルガストロノミーは、人の幸せやウェルビーイングの議論と切っても切れないと感じた。

「食べることの喜びを感じることが大事ならば、その土地の食材を使うだけではなく、その場所にしかない風景や歴史を感じられるローカルガストロノミーという食体験が、これから必要となるのではないでしょうか」と玉木さんは言う。

ローカルガストロノミーを創りあげることで、ローカルにいる人にも、一時的にその土地を訪ねてくる人にも新しい体験を提供すると同時に、お互いが足元を見直すきっかけとなる。グローバルな資本主義下で商品・サービスの均一化が進む中、ローカルガストロノミーはそれぞれの場所に住む人にとってのアイデンティティであり、価値を創り出す(またはアップデートする)ものでもあり、より豊かに暮らし、幸せになるための源泉でもある。

少子高齢化と過疎化で人口が減少しながらも、発酵文化があり「食の宝庫」と呼ばれる秋田では、石孫本店やヤマモ味噌醤油醸造元などの蔵元が、ローカルな「土」として土壌を耕し、シェフや学生をはじめとする「風」の人が、新たな価値観や視点をその地にもたらすことで、独自の「風土」が芽生えようとしている。

「変革は一番弱いところ、小さいところ、遠いところから始まる」

イベント2日目に行われた基調講演の中で、ポケットマルシェ代表の高橋さんが言っていた言葉が印象に残る。

編集後記

今回のイベントの収穫の一つは、学生が行政やメディア、シェフ、研究者などの関係者を巻き込み、ムーブメントのスタートを切ったことだ。

「全国で面で広がると国として支援しやすい」と農林水産省職員が言うように、一回限り、秋田限りで終わらずに、アクションを取り続けることで今回の三日間がさらに意味のあるものとなるだろう。参加していたシェフや有識者からも、「今回で終わりにせず、自分たちのできる範囲で社会を変える活動を継続的に行ってもらいたい」というコメントがあった。

秋田以外でも、兵庫県神戸市は市役所主導の地産地消プラットフォーム「EAT LOCAL KOBE」を構築したり、愛媛県今治市は地産地消と学校給食とを一体化させた取り組みを行ったりするなど、各地で食のムーブメントは発生している。

新しいムーブメントを起こしたいと思ったとき、気候や文化的背景、行政の支援など環境や条件が整っていることももちろん大切だが、多くの「コト」は誰か一人の想いから始まる。この記事が、ローカルガストロノミーや食を通じたひと・まちづくりに関心のある人にとって、一歩を踏み出すきっかけや勇気になったらうれしい。

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