2015年に採択されたパリ協定では、197の国と地域が気温上昇を2度未満に抑えることに合意し、その目標は2019年後半には1.5度未満に引き上げられた。気候変動への対応は喫緊の課題となっており、脱炭素社会の実現に向けた取り組みが世界中に広がっている。
気候変動の最も大きな影響を受けるとされ、同時にその解決の重要な鍵にもなるとされているのが、世界中に散らばる「都市」の在り方である。
2022年4月、世界銀行東京開発ラーニングセンター(TDLC)と一般社団法人スマートシティ・インスティテュート(SCI)の共催で、「都市によるゼロ・カーボンへの挑戦:カーボンニュートラルを実現し、気候変動に対応したスマートな都市になるための道筋」をテーマとしたラウンドテーブル・ディスカッションが行われた。
今回IDEAS FOR GOODは、当日のイベントに現地で参加した。本記事では、ディスカッションの重要なポイントをまとめ、持続可能な都市のあり方について考えていきたい。
世界銀行(東京開発ラーニングセンター)
一般社団法人スマートシティ・インスティテュート
登壇者
石坂 典子氏(石坂産業株式会社 代表取締役)
諏訪 光洋氏(株式会社ロフトワーク 代表取締役社長)
髙橋 和夫氏(東急株式会社 取締役社長)
竹内 純子氏(NPO法人国際環境経済研究所 理事・主席研究員)
吉高 まり氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 プリンシパル・サステナビリティ・ストラテジスト、一般社団法人Virtue Design 代表理事)
ダルコ・ラドヴィッチ氏(慶應義塾大学 名誉教授・建築家)
モデレーター
ビクター・ムラス氏(世界銀行 TDLCチームリーダー)
南雲 岳彦氏(一般社団法人スマートシティ・インスティテュート 専務理事)
なぜ今、都市の変革が必要なのか
冒頭では、世界銀行主任都市専門官のジョアンナ・マシック氏より基調講演が行われ、そもそもなぜ都市の在り方を再考すべきなのかという点について説明があった。
まず、2022年時点で既に世界人口の55%(約42億人)が都市部に住んでおり、2050年にはその割合が70%近くに達すると予測されている。増加の90%はアジアやアフリカで起こるとされているが、いずれにせよ人口の7割が住むようになる都市部には、気候変動によるリスクや、反対に気候変動を加速させるさまざまな原因が集積することになるという。
「私たちの生活が気候変動の影響によって変化させられることは確実で、その変化は我々が適応するよりも早く起こっています。そして、洪水、熱波、海面上昇といった気候変動の特に大きな影響を受けるのは都市であると指摘されています。ですから、そういったことに対する都市のストレス耐性を高めることが重要です。
同時に、都市は現在世界のエネルギー関連の排出の75%を占めています。しかし、その排出は技術的には90%削減できることが明らかとなっていますし、建物、交通、素材……それぞれのセクターですべきことも、既に明らかになっています」
しかし、必要な変革を起こすためには年間で世界のGDPの2〜3%にあたる1兆8300億ドルの投資が必要とされており、そのコスト面が一番の課題だという。一方でマシック氏は、この投資は2030年には2兆8000億ドル、2050年には6兆9800億ドルもの大きなリターンが見込める、コストを超える投資であると説明。
さらに、ゼロカーボン都市を目指す中で起こる都市の変化は、大気汚染の軽減、雇用の増加などをはじめとした、市民の生活の質を高めることにつながると指摘した。
「都市の変革のためには、戦略的なアプローチが必要です。民間セクターでも。公的機関が全ての計画や権限、金銭的リソースを持っているわけではないため、民間セクターとの協働や、その相互作用も必要となります。
また、変革を成功させるためには、包摂的で公平な、『正義のある変革』でなければなりません」
ゼロカーボン都市を実現するための、重要なステップとは?
続くパネルディスカッションでは、まず始めに、「ゼロカーボン都市を実現するための、重要なステップとその主な課題は何か。また、カーボンニュートラルの実現のために、都市はどう変わっていくべきか。」という問いに対し、パネリストが順番に答えていった。
都市は、そこに住む人主導で形作っていく
建築家で慶應義塾大学名誉教授のダルコ・ラドヴィッチ氏は、都市に変革を起こすためには、まず「都市とは何か?」といった定義の部分から再考し、皆で共通の認識を持つ必要があると指摘。さらに、都市はそこに住む人たち主導で形づくっていくことが重要だと提言した。
「現在は、市民が『企業のユーザー』的存在になってしまっていますが、本当はそこに住んでいる人たちと対話をし、アイデアを出し合い、ソリューションを見つけていくということが重要です。そこに住んでいる人たちが『自分たちの力で自分たちの住む場所を変えられるんだ』と思えるような都市であって欲しいと思いますし、都市に住んでいる市民は自分たちの住む街に対して責任を追う必要があると思います」
その上でさらにラドヴィッチ氏は、真に持続可能な都市を作るためには、オーケストラで言う“指揮者”のような存在が必要であり、それは「政治」であると続けた。
「都市は、小さいパーツの集合体ではなく、1つの作品のような在り方が理想的です。都市開発においては、素晴らしい戦略が出てきてもそれが実践されなかったり、逆に現場で生まれた素晴らしいアイデアが戦略に落とし込まれないということが往々にして起こります。ですから、オーケストラに指揮者が必要なように、都市の変革を素晴らしいプロジェクトにするためには、権力のあるものがそれをリードする必要があり、それは『政治』だと言えます。つまり、大きな意思決定者に影響を及ぼすことが重要なのです」
これに対し東急株式会社の取締役社長である髙橋和夫氏も、「我々東急が開発者目線で都市を一方的に作るのではなく、さまざまな問題をそこに住んでいる人と一緒に解決していくべきだと思っています。たとえ小さなコミュニティの活動でも、それらがつながれば面での開発につながります」と語った。
国際環境経済研究所理事・主席研究員である竹内純子氏は、エネルギーの観点から以下のように語った。
「インフラ系のセクターはどうしても供給側の視点で議論をしがちですが、モビリティもエネルギーも、市民にとっては『手段』であって『目的』ではありません。
また、都市や街の課題は多様ですから、解決策も多様であるべきだと思います。例えば日本が力を入れている水素発電に関しては、海に近い都市部は比較的実現可能性が高いけれども、山の中の地域にとっては難しいため、別のソリューションを考える必要が出てきます。
ですから、その土地の気候や産業はどのようなものなのか、そしてそこにはどんな人たちが住んでいて、どんな暮らしをしたいと思っているのか、などといったことに基づいて都市の在り方を考えることが必要だと思います」
都市における「人」「モノ」「お金」の在り方を変えていく
株式会社ロフトワーク代表取締役社長である諏訪光洋氏は少し異なる視点で、自社の取り組みを例にあげ、課題を抱える場所にそれを解決するために必要な人材を集めることがひとつの解決策になる、と語った。
「弊社が株主となっている『株式会社 飛騨の森でクマは踊る』では、渋谷区の1000分の1程度の人口規模で95%が森である飛騨の街に建築家のコミュニティを作り、世界の建築家が素材として注目する『木』へのアプローチ方法を模索しています。その結果、地域の林業は少しずつ活性化されてきました。つまり、森の課題を、建築家を集めることで解決に導いているということです。そんな風に、その社会課題を解決するためには、どんな才能や熱量を集めれば良いのかを考え、実行する。それが都市の問題解決のひとつの方法になるのではないかと思っています」
建設計の産業廃棄物を扱い、その高いリサイクル技術で循環型社会の構築に貢献する石坂産業代表取締役である石坂典子氏は、「ものづくりの在り方をバリューチェーンの上流の部分から変えていく必要がある」と提言。
「我々の廃棄物処理の仕事は、まさに街を作っていく中で『静脈』としての役割を担ってきましたが、この静脈の在り方──モノの作り方自体を見直す時期がやってきたと思っています。
弊社が扱う建設系の廃棄物は世界的にもリサイクルが難しく、その多くが埋め立てられてしまっています。さらに私が廃棄物処理の業界に入った30年間の間に、そういった廃棄物は複合化、複雑化していき、循環経済の観点からすると“悪く”なっているのです。ですから、そのモノの作り方自体を見直し、使い終わった後の行方に関しての責任が曖昧な現状も、変えていかなければなりません」
三菱UFJリサーチ&コンサルティングなどをはじめ長年金融分野で活躍する吉高まり氏は、都市の変革には金融分野が欠かせず、そのセクターを動かす仕組みが必要だと語った。
「金融分野も環境問題に対してのスタンスは以前とずいぶん変わりましたが、やはりどうしても目の前の経済効果、つまり投資した資金が戻ってくるのかどうかを重視するセクターです。ですから、それを動かすためには、都市のCO2や廃棄物の排出量、気候リスクや機会などを、全て数字で『見える化』していくことが重要だと思っています」
変革に必要なパートナーシップをどう作っていくか
続く議論では、モデレーターが、先に挙がったステップを実現するために不可欠となってくるのは、「異なるセクター同士のパートナーシップ」であると指摘。それを実現するためにはどうすれば良いのか、パネリストたちが意見を述べていった。
国際環境経済研究所理事の竹内氏はパートナーシップの捉え方について、「何か2つの異なるものをかけ合わせて、新たな付加価値を生み出していくという発想が必要だと思う」と語り、石坂産業株式会社の石坂氏もその必要性について感じていることを以下のように述べていた。
「我々企業はこれまで、独自性や企業文化といった部分を大事にしすぎるあまり、他社とのコミュニケーションを取らなさすぎたと思っています。結果として、ある意味で技術力やテクノロジーのレベルは高まり、良いものやシステムが作られてきたと思います。しかし、企業の中の弱い部分を解決していこうとなると、もう企業の中だけではできない時代がきていると思います」
また、株式会社ロフトワークの諏訪氏は、素材開発者とその製品化を行うセクターの協働を行う自社の取り組みを例に挙げ、パートナーシップについて語った。
「弊社は、キッチンを作る際にどうしても出てしまう端材をカタログにまとめ、クリエイターに使ってもらうことでそこからビジネスを生み出してもらえるよう働きかけています。また、日本にビジネスチャンスを探しにきているタイ・バンコクのマッシュルームレザーのメーカーのパートナー探しも支援していて、既にかなりのパートナーが集まっています。タイでその素材を製品化しても売れないけれど、日本のデザイナーがそれを製品化すれば売れるものになる可能性があるということです。このように、セクターを超えて協働できる“コミュニティ”をどう作るかが重要だと思います」
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の吉高氏も、現在既に起こりつつあるパートナーシップを例に挙げ、それらが都市の変革を加速させると評価した。
「政府が選定する脱炭素先行エリアに選ばれた26団体の中には、さまざまなコラボレーションの事例がありました。例えば、自治体と企業、自治体と教育機関、もしくは複数の自治体で協力するというパターンも。そして、そこには必ず金融機関が入っていました。
金融は、あらゆる人たちのゲートウェイであり、人生で必ず付き合うものです。これまでは、金融はどちらかというと受け身で、評価を下す偉そうなポジションにいるイメージだったと思いますが、これからは、他のセクターと一緒に、考えて作り上げていく時代。知識を持ってさまざまなセクターをつなぎ合わせる事ができれば、金融は“コーディネーター”になれるポテンシャルがあるのです。」
編集後記
ディスカッションの終盤でモデレーターのビクター・ムラス氏は、「さまざまなセクターを代表するパネリストが集うこのラウンドテーブルは、ひとつの社会を表していると言えます」と話していた。その言葉通り、異なるセクターの者たちが同じ場所に集い、より良い都市とは何か、そのために何をすべきなのかといったことについて議論を重ねていくことが、より良い都市を作っていくためには欠かせないと感じた。
また、数名のパネリストが話していたように、行政や開発者任せではなく、ひとりひとりが自分の住む都市を作る当事者であるという意識を持っていきたい。
【参照サイト】専門家とのラウンドテーブル・ディスカッション 都市によるゼロカーボンへの挑戦:カーボンニュートラルを実現し、気候変動に対応したスマートな都市になるための道筋
【参照サイト】世界銀行 東京開発ラーニングセンター
【参照サイト】一般社団法人 スマートシティ・インスティテュート(Smart City Institute Japan)