メイクは楽しい。誰もがコスメを手に取ったとき、心躍る気持ちになったことがあるはずだ。色を乗せた部分だけではなく、心にも彩りが生まれる。
しかし、それゆえに捨てることをためらってしまう。その結果、メイク道具の中に埋もれ、時が経っていく。
メイクをする人であれば、誰しも「使い道のなくなったコスメ」を持っているのではないだろうか。少なくとも筆者はそうだ。そんなコスメを絵を描く色材としてアップサイクルし、アート体験ができるイベントを行っている「COLOR Again」を知る。もともとアートが好きなこともあり、イベントに参加してみることにした。
筆者がイベントに参加した素直な感想は「アップサイクル以上の体験を提供している」だった。ワークショップを通して、いつも以上に心が解放されていくような気持ちになった。
本記事では、「使い道のなくなったコスメ」を色材として蘇らせるだけではなく、さらに一歩踏み込んで「一人一人の感性を肯定し、個性を解放する」COLOR Againの取り組みについてご紹介したい。
使い道のなくなったコスメから、仕事の意味を問い直す
体験談に移る前に、このワークショップに関わる二人のキーパーソンをご紹介する。その一人が伊藤真愛美さんだ。
ブランドマーケティング会社の株式会社エフアイシーシー(以下、FICC)に勤める伊藤さんは、化粧品メーカーのデジタルプロモーションに携わっていた。ある日ふと、自宅の掃除をしていたときに見つけた、使わなくなったコスメに意識が向いた。コロナ禍で化粧をする機会が減り、使う頻度がぐっと減ったのだ。
仕事でコスメへの関わりが増えるにつれて興味も深まり、好きになっていった。好きだからこそ、「使わなくなったから」と捨ててしまっていいのだろうかと疑問に感じた。
伊藤さん 「商品を魅力的にプロモーションすることが私の仕事です。商品が認知され、売れて、その結果、社会や生活者を豊かにすることが私の願いです。しかし、自分が宣伝して買ってもらった商品が、使われずに大量に廃棄されているとしたら?それが自分の本当に自分が思い描いていたことなのだろうかと考えるようになりました」
そして解決策を模索する過程で、コスメを色材に変える「SminkArt」を開発した株式会社モーンガータ社を知った。
モーンガータ社によるSminkArtは、コスメを絵の具、ネイルチップ、キャンドルなどにアップサイクルしている。
そしてもう一人が、モーンガータ社代表取締役の田中寿典さんだ。田中さんは、大学院卒業後に大手化粧品メーカーの研究開発として勤務。仕事を通して、開発したコスメが大量に廃棄されている現実を目の当たりにし「なんとか廃棄コスメの有効活用はできないか」と、モーンガータ社を設立した。
モーンガータ社が2021年に約5,000人に実施した調査によると、コスメを購入した86.3%の人が使いきれずに捨てたと回答。また、生産過程などで化粧品メーカーから出る化粧品の中身(バルク)の廃棄量は、国内上位5社だけでも年間約2万トンにものぼることが判明した。
さらに、店頭や小売でのテスターや在庫も合わせると、膨大な量のコスメが毎年廃棄されていることになる。
自分自身の意思で、自分の色を取り戻す
伊藤さんはコスメを「売り」、田中さんは「開発」してきた。それぞれ立場は異なるが、コスメを取り巻く現状に強い問題意識を持っていた。
私たちの人生を豊かにするために生まれたコスメが、その役目を果たせずに廃棄されていく。これは、企業にとっても生活者にとってもジレンマではないだろうか。そこで田中さんはコスメの色材化、伊藤さんはコスメの在り方の見直しをテーマに、共にCOLOR Againを立ち上げた。
COLOR Againのユニークな点は、コスメのアップサイクルだけではなく、ワークショップを通して「コスメが持つ本来の使命」を明確にし、さらに子どもから大人に成長していくなかで蓋をされた「個人の感性」を解放しようとしている点だ。
伊藤さん 「コスメは、ときめきや自信、創造性への刺激を私たちにもたらしてくれます。コスメが本来持つ使命を、アップサイクルして色材にすることで蘇らせたいのです。それが、色あせた個々人の色を取り戻すことにつながると考えています。
学校にも社会にも、同調圧力はそこかしこに存在します。『自分の大切』よりも『周りの大切』を優先した経験は、誰にでもあるものではないでしょうか。
COLOR Againでは、ワークショップなどの取り組みを通して、自分自身の意思で、自分の色を取り戻して欲しいのです」
問いとアートとサウンドバスで、感性を解放する
イベントでは、このプロジェクトを立ち上げた経緯について説明してもらった後に、まずは机の上に置かれた「問い」について考え、周りの人とシェアするワークショップを行った。
机の上には、こんな問いが置かれていた。
「ひょっとすると、自分だけこう感じている/考えているのかなと思った最近のエピソードは何ですか?」
「自分だけ感じている」なんて、どこか孤独で寂しい問いだ。
書き出すまでには時間がかかった。正直なところ、問いに関する答えが見つからず、無難な回答を書き出してしまった。
しかし、実は最初に思い浮かんだのは、ウクライナに暮らす友人たちのことだった。ここ数か月で彼らのリアルな現状を聞く機会が増えた。しかし、このCOLOR Againの場で話すには、周りの人がコメントに困りそうなので発言を控えた。
近くに座っていた人たちは「それぞれの家族で疑問に感じたことを相談する場所がないこと、対話の機会が少ないこと」や「会話をしているときに、本当に相手の言いたいことを汲んでいるのか。例えば『この映画が面白い』という会話があったときに、どの部分が面白かったのか感じるのは人それぞれ。何が面白いのかまで深く掘り下げることはない」などを取り上げていた。
周りの人たちと考えを共有した後は、COLOR Again公式アンバサダーのHIKOKONAMIさんが提供するサウンドバスと呼ばれる体験をした。真っ暗な会場で目を瞑って流れてくるサウンドを聴く。そしてこの体験を経て思い浮かんだイメージを、SminkArtで色材としたコスメを使って表現した。
筆者が持参したのはブラウンのアイシャドウが中心だったが、同じブラウンでも同じ色は何もなく、さらにコスメによってはラメもふんだんに使われているので、普段使う絵の具やアクリルとは違った面白さがあった。
そしてこのアート体験をした後に、またワークショップを行った。
今度の問いは、こうだ。
「自分の感性をもとに、他者/社会/自分のために、アクションを起こすとしたら何ができそうですか?」
感性を肯定することが、行動変容を促す
正直なところ、普段「感性」について考えることがほとんどなく、自分の感性とは何なのか、その感性で社会に貢献するとはどういうことなのかよくわからなかった。
感性とはなんだろう。「感じる」「性(さが)」と書くので、日々感じる自分固有の感情や違和感のことだろうか。
イベントが終わってからも、この「感性」について考えていたのだが、ふと、「無意識のうちに、周りの目や社会の雰囲気を気にして、自分の感性に蓋をしているのでは」と思った。ウクライナの話をしなかったのも、「ワークショップとはいえ、発言したら周りの人を困らせる」と考えたからだ。
終わってみると、不思議なワークショップだった。言葉で論理的に説明できないのだが、なぜかイベントが終わってからすぐに行動したことが2つあった。
筆者は2017年にオランダに移住し、中学生の頃から継続している剣道をオランダでも続け、ヨーロッパの剣士たちと交流してきた。2022年初頭にある大学の先生から「ヨーロッパでの経験をぜひ学生たちに話してほしい」とのお話をいただいたのだ。そのときは「私なんかがお話するなんて、恐れ多いです」と返したのだが、このイベントが終わってから、企画を作って再度連絡をとった。学生たちの役に立つかはわからないが、自分が見たこと・感じたことを伝えようと強く思ったのだ。
もう一つは、ウクライナに住む友人たちの日常を発信するウェブサイトの立ち上げだ。ウクライナ侵攻は続いているが、彼らの日常は続いている。そして彼らは「世界から忘れられることが一番怖い」と言っている。微力かもしれないが、世界から忘れられないために、そしていつかこのウクライナ侵攻が終わったら、復興を助けるプラットフォームにしたいと考えている。
ぼんやり考えていたことに輪郭ができて、社会と繋げていこうと背中を押されたイベントだった。
おそらく、ワークショップの「問い」が、普段流れてしまいがちな感情・思考を深掘りするきっかけを作り、サウンドバスとアート体験が自己の内面と向き合う時間をくれたのだろう。
活動はジェンダーレスで、さまざまな年代に広がる
COLOR Againは、他にも小学生向けのSDGs講座の提供や、高校生とともに「理想的な未来」について考える活動を行なっている。教育機関からの引き合いが多く、将来的にはさまざまな世代とともに社会課題の解決に繋げることを目指している。
今回のイベントも継続的に実施予定だ。引き続き、アップサイクルによる資源の循環だけではなく、人の内面へのアプローチや創作活動の支援も行っていく。
筆者自身も、イベントに参加してみて、今まで気づかなかった自分の一面を知ることができ、行動変容につながった。イベント参加者が纏う空気も爽やかで、みんな何かしらの課題や問いを心に抱きながらも芯を持っている人たちのように感じた。イベントを通した交流も、きっと実のあるものになるはずだ。
興味のある方は、ぜひ一度参加してみて欲しい。
筆者プロフィール:佐藤まり子(さとう まりこ)
オランダ在住のフリーランスライター。SDGsやサーキュラー・エコノミー、オランダ企業への取材記事を中心に執筆。剣道五段の経験を生かし、オランダで剣道道場を運営。剣道に根付く日本の価値観がヨーロッパでどのように受け入れられ、広がっているかに関してもメディアに寄稿。
【参照サイト】COLOR Again公式サイト
Edited by Erika Tomiyama