バングラデシュの現場を知る「ソーシャルオーディター」が生み出す学び場、鎌倉サステナビリティ研究所

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2013年に起きたラナ・プラザ崩落事故は、ファッション業界に大きな衝撃を与えた。この事故は、2013年4月24日にバングラデシュの商業ビル「ラナ・プラザ」が崩落し、1,000人以上もの死者を出したファッション史上最悪の事故とも呼ばれている。その後、この事故の背景にあるファッション業界の労働問題や環境汚染問題に焦点を当てたドキュメンタリー映画『ザ・トゥルーコスト』が世界中で上映されるなど、ファッション業界の社会問題は世界的に波紋を呼んだ。

こうしたファッション業界における労働問題を解決するための一つの手段が「社会的責任監査(ソーシャルオーディット)」だ。今回は、バングラデシュやミャンマーをはじめとしたアジア諸国の縫製工場で労働環境の監査を行ってきた経験から、一般社団法人鎌倉サステナビリティ研究所(KSI)を立ち上げた青沼愛さんに、ソーシャルオーディットの実態や、現在の活動についてお話を伺った。

話者プロフィール

水谷さん青沼愛(あおぬま・あい)
一般社団法人鎌倉サステナビリティ研究所代表理事/発起人。
2004年からバングラデシュの教育支援に携わる。SRI投資助言会社を経て、2011年からバングラデシュやミャンマーでの縫製工場を中心に社会的責任監査(ソーシャルオーディット)や労働環境改善業務に従事。その後、大手アパレル企業のサステナビリティ部にて南アジア・東南アジアにおける取引先工場の労働環境監査や改善支援、工場従業員の教育支援プロジェクトを担当。現在は、アパレル・電気・食品・消費財など幅広い業界の社会的責任監査を国内外で行いながら、アパレルブランドのサステナビリティ関連コンサルティングも行う。ウォーターエイドジャパン理事。

学校を作っても続かないバングラデシュの現状

現在、一般社団法人鎌倉サステナビリティ研究所を運営する青沼さんは、これまでバングラデシュをはじめとしたアジア諸国で縫製工場の監査の仕事を経験してきた。この仕事につながる大きなきっかけは、大学生時代に当時世界最貧国だったバングラデシュで経験したボランティアだったという。

青沼さん:現地の農村地域では各家庭にトイレが無く、外で用を足すため、そこで蚊に刺されマラリアで亡くなるという問題がありました。そのため、私が関わったボランティア活動は、トイレを作り、正しく使ってもらう衛生教育などを行うというものでした。貧困層といわれる人たちの生活を知り、そこで暮らす人たちと接する中で、「自分はなんて頭でっかちに考えていたのだろうか」と気付かされました。「貧困=かわいそう」ではないことを教えてもらいましたし、先進国からの援助によってできた不要なものも多く目にしました。こちらが一方的に「国際協力」をしたいと言っていたことにおこがましさも感じましたね。

「国際協力」の現実に衝撃を受けながら、それでもバングラデシュに関わり続けたいと考えたとき、日本の援助で設立された学校に出会った。

青沼さん:現地には先進国からの援助でできた学校が多くありました。しかし、運営資金が持続せず廃校になっている問題を知りました。援助したいからと、その後のことを考えずに学校を作ることに疑問を感じていたので、その学校が廃校になると聞き、自立するまで見守りたいという思いから支援する活動を始めたのです。その学校は、貧しさから働かなくてはいけない子どもたちの教育支援をする学校でした。

お金に「意思」がある世界を目指して

その後、青沼さんは異なる国の人たちともっと円滑にコミュニケーションがしたいという気持ちから、英語を勉強しにアメリカへ留学した。そこで学んだ「戦争経済」が青沼さんの今後のキャリアに大きな影響を与えたという。

青沼さん:「戦争は儲かる」という衝撃的な事実を知りました。私が留学していた時、ちょうどイラク戦争が勃発しており、実際に私の同級生にも戦地の最前線に赴き、いつ死ぬかわからないような状況を経験した人がいました。

戦争経済について学ぶ中で、ある企業が多額のお金を受け取って社員を戦地に送るなど、戦争を請け負っている人たちがたくさんいることを知り、ビジネスのお金の流れっていろいろなところに関係しているなと思ったんです。その後、「ビジネス」が持つ大きなインパクトや怖さを考えていく過程で、SRI投資(社会的責任投資)を知りました。そこで重視されているのは、儲かる/儲からないだけではなく、倫理的なお金の流れでした。例えば、軍需産業には投資せず、人権や環境に良いことをしている企業に積極的に投資するなど、お金に「意思」があると感じました「これってすごい!」と思い、その後SRI投資関連の会社に入社しました。

「ソーシャルオーディター」として奮闘する日々

青沼さんは、SRIの会社で働く中で徐々に企業の「社会的責任」について興味をもったという。

青沼さん:その当時はエコファンドやSRI、CSRファンドが日本でも話題でした。企業の社会貢献やCSR活動が取り上げられ、それ自体は良い活動だと思っていました。しかし、私は大学時代から引き続きバングラデシュでの活動もしていて、現地の輸出向け工場の実態はさまざまであり、「きらきら」として見えるCSR活動とサプライチェーン上の問題にギャップを感じていました。サプライチェーンにも配慮した企業や団体を応援する方法は何か、悶々と考えていました。そこで、この違和感を形にしたいと思って、2010年に起業しました。

最初はどのように自分が思っていることを形にするべきかわからなかったのですが、バングラデシュでたくさんの工場を訪問していた中で、工場の人から「君がやっていることは『ソーシャルオーディット』だね」と言われたのがきっかけで、これを軸に活動を展開していこうと決めました。

ソーシャルオーディットは「社会的責任監査」とも呼ばれ、製品を製造する自社工場やサプライチェーン上にある取引先工場での労務・人権・環境などについてチェックを行い、問題があればその改善を促す仕事だ。

青沼さん:1990年代以降、大手グローバルブランドが管理する製造工場の労働環境の悪さや薬品の悪影響、児童労働問題が次々と批判されたのですが、彼らにとってもこういった問題は新たな課題でした。開発途上国での生産が主流化していくなかで、これまでのビジネスでは納期や品質、コストだけを重視すれば良かったことが、今後は取引先の労働環境も配慮しなければならない。そのために生まれたのが「ソーシャルオーディット」を担う専門チームだと言われています。私が現地にいた時は、すでに大手のグローバルブランドにはソーシャルオーディターが所属していました。「ソーシャルオーディット」はここ30年間で培われてきた分野です。

一方で、日本では「ソーシャルオーディット」自体が認知されていなかった。青沼さんはアジアでのニーズも踏まえ、バングラデシュで生産現場を回りながら、オーディターになるトレーニングを受けていったという。その後、2011年からバングラデシュとミャンマーでソーシャルオーディターとして活動を開始し、海外の監査を受ける準備の手伝いや工場の調査を行った。

青沼さん:それまでのバングラデシュでの貧困支援は農村地域が中心で、都市エリアは支援が少なかったのですが、都会に出稼ぎに来てもスラム街で暮らし、大変な状況ながら仕送りしている労働者がたくさんいました。実際に調査を通して、それぞれの工場の労働環境に大きな違いがあることも感じましたね。

監査はさまざまなスキルと忍耐力が必要な仕事だと思います。本当に困っている人が目の前にいるのに、「監査」で全てを救うことはできません。「ここに苦しんでいる人がいる」とは伝えられますが、理解者が多くないと解決に向けて動いてもらえないというもどかしさも感じます。なぜなら「監査」の仕事では現場の状況の「良し悪し」を報告し、改善を提案するというところまでしか手が届かないからです。実際の改善には、ブランドや工場、NGOなどの協力が不可欠です。

だからこそ、仲間を増やすことが重要です。一番弱い立場の人の声は本当に小さくて、現地に行かないと聞こえません。法律があれば守れると思っていましたが、その人たちが法律の存在を知らないと自分が置かれている劣悪な労働環境を客観視できず、結果として法律自体も機能しない。労働者と法律の間を橋渡ししていくことが大切だと思いました。

グローバルブランドだからこそ追求できる「サステナビリティ」

2013年に起こったバングラデシュの「ラナ・プラザ」の事故は、青沼さんにとって大きな衝撃だったという。

青沼さん:当時、私はそのエリアも訪問していたので、崩壊時はとてもショックでした。ラナ・プラザの事故を受けてバングラデシュの縫製工場と取引を停止するブランドもありましたが、取引を停止したからといって現地のアパレル産業の問題が解決するわけではありません。この状況をどうやって解決していくべきか模索する必要がありました。

その後、青沼さんは大手ブランドだからこそ与えられる大きな影響があるのではと考え、あるアパレルブランドのサステナビリティ部門でサプライチェーンを担当し、アジア圏の取引先工場の労働環境改善を担った。

青沼さん:以前、個人のソーシャルオーディターとして一つ一つの工場を監査していたときと、大手ブランドに属し、取引工場の監査をする立場では、現場に与える影響が大きく違いました。決定事項が世界各地の何百もの工場に影響を与えるので、とても大きなインパクトがあることを実感しましたね。

鎌倉で「サステナビリティ」を考える

青沼さんは大手アパレルブランドで働くことにやりがいを感じながらも、日本の工場にも多くの問題があることを知り、その解決に励むべく独立を決めた。その後、青沼さんの大学院時代の教授と話をするなかで、「鎌倉サステナビリティ研究所」の構想へとつながっていった。

青沼さん:鎌倉サステナビリティ研究所は、サステナビリティに関わる仕事をする実務家に向けて定期的な学びの場を提供しています。はじめは一ヶ月に一度、鎌倉に集まってサステナビリティについて議論する場を設けていました。特定の業界では問題になっていることも、他の業界では異なるアプローチをしているというケースもあったので、みんなが仲良くなれば早く問題解決できるのでは?と思っていました。業界が違うからこその面白さもあり、新しいトピックにも触れやすい環境だと思います。鎌倉サステナビリティ研究所では、さまざまな国や地域、業界の人々が世代を超えてつながり、学んでいます。

KSI 

現在もソーシャルオーディターとして活動する傍ら、鎌倉サステナビリティ研究所を運営する青沼さんは、これまでの監査で培ってきた経験が研究所の活動にも生かされていると感じているという。

青沼さん:現場で培った経験や専門性があるからこそ、他の分野の専門家の方々と連携をすることができていると感じています。また、国内外の企業や非営利組織で働いた経験も、セクターを超えた連携や業界を超えた仕事につながっていると感じています。

今後は、現在の活動軸である教育の領域を基盤に、「鎌倉サステナビリティ研究所」をより多様なトピックを深めていける場にしたいと青沼さんは話す。

青沼さん:できれば大学を作りたいですね。「サステナビリティ」は学べば学ぶほど奥が深く、リベラルアーツ(教養)の側面があると感じています。サステナビリティに関心のある人たちが自分に合ったリズムで学べる場を作りたいです。

また、サステナビリティの領域で働く人たちのキャリア支援も準備もしています。海外と比べると、日本ではセクターや業界を超えた転職は少ないのではないでしょうか。サステナビリティのプロとしてさまざまな業界で活躍する人を増やしたり、多様な働き方を提案することで、関わる人を増やしていくことが社会問題の解決につながると考えています。これからもっと人の流れを作っていきたいです。

鎌倉サステナビリティ研究所では、2022年9月からサステナブルファッション講座(第3期)を開講する。メディアコミュニケーションやサステナブルデザインなど、毎月さまざまなトピックを学ぶことができる。興味がある読者のみなさんはぜひこちらのサイトからチェックしてもらいたい。(申し込みは8月31日まで)

編集後記

「サステナビリティ」に関する活動として、読者のみなさんは何を思い浮かべるだろうか。労働問題や環境問題など課題が山積するファッション業界で、見過ごされがちなのが「現場の声」である。今回取材を通してもっとも印象に残ったのは、「一番弱い立場の人の声は小さく、現地に行かないと聞こえない」という青沼さんの言葉だ。私たちは、日々SNSを通して手軽に世界で起こっていることにアクセスできる。しかし、スクリーン上の情報は、本当に「真実」なのだろうか。さまざまな「真実」が飛び交うが、結局のところ本当の「真実」は、現地でしかわからないのかもしれない。

だからこそ、青沼さんたちのような「ソーシャルオーディター」は、現場の声にしっかりと耳を傾ける仕事として必要不可欠だ。そして、青沼さんは現在もソーシャルオーディターとして活動しているからこそ、鎌倉サステナビリティ研究所での業界を越えた対話をより一層深いものにしていくだろう。「現場の声」を、社会にどのように届けていくか。この視点は、サステナビリティの領域に関わるすべての人にとって重要なはずだ。

【参照サイト】鎌倉サステナビリティ研究所 ホームページ
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【参照サイト】サステナブルファッション講座(第3期)

Edited by Megumi

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