西アフリカには「欧米的」じゃない豊かさがあった。伝統×アパレルブランド「AFRICL」が語る

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近年、街中で伝統工芸のお店を見ることが少なくなった。筆者自身も、シルクをはじめとした織物についてリサーチしているが、年々従事者の高齢化や後継者不足から、日本の伝統的なものづくりがいよいよ衰えつつあると感じている。

日本全体でも、伝統産業の縮小が問題視されている。2015年の伝統的工芸品の生産額は1,020億円であり、最盛期であった1980〜1990年から5分の1にまで下落しているのだ(※)

こうした伝統産業の継承における問題は、日本国内のみならず「途上国(以下、便宜上このように呼ぶ)」でも同様に深刻化していると話すのが、西アフリカ・ベナンの伝統的な衣服作りの技術であるバティックに注目したアパレルブランド「AFRICL」代表の沖田紘子さんだ。今回は沖田さんにベナンの伝統産業における継承の課題や、日本の職人とのコラボレーションを通して感じたものづくりと国際協力のあり方についてお話を伺った。

話者プロフィール:沖田紘子(おきた・ひろこ)

沖田さんAFRICL代表。幼少期から国際協力の世界を志すも、大学時代に足を運んだベナンでのバティックとの出逢いを通して「途上国」にある美しいものを伝えたい気持ちから「AFRICL」を構想。2020年に大手生命保険会社を退職し、起業経験やアパレル経験が無い中でAFRICLを立ち上げる。好きなことは、暮らすように旅すること。

「支援」が包括的に行き届かない、国際協力への違和感

ベナンの様子

子どもの頃から社会問題に関心があり、世界のニュースを見るのが好きだった沖田さんは、中高生の時に身近な人の突然死を経験した。死と向き合う中で、命の危険と常に隣り合わせの状況にある子どもたちに思いを馳せたという。

「これからも一緒に生きられると思っていたのに、次の日にはもういないという突然死を経験し、喪失感でいっぱいでした。そんな状況で、ニュースで地雷で突然亡くなる子どもの存在を知り、思いを巡らせました。私はこんなに辛い思いをしていると思っていたけれど、途上国の一部の人はたまたま戦争の被害を受ける国に生まれたというだけで死が日常的だということを知り、悔しい気持ちになりました」

その後、国際協力に関心を持った沖田さんは、大学時代に途上国での暮らしを体験したいと思い立ち、現地でのインターンシップに参加した。

「インターンシップを探す中でたまたまマッチングしたのが、コンゴやカメルーン、ベナンといったアフリカ諸国でした。私が大学生だった10年ほど前は、コンゴやカメルーンについては聞いたことがあったのですが、ベナンのことは知りませんでした。当時は日本語で検索してもベナンについての情報はほとんど出てこなかったので、逆に日本に情報が届かないくらい未知だからこそ、ベナンに滞在しようと決めたのです」

ベナンの様子2

その後、沖田さんはベナンの教育系NGOで貧困地域の子どもたちが学校に通い続けるための支援活動を行った。しかし、実際に現地の人たちと話すなかで、学校を卒業したとしても就職先がないために「こんなことになるなら最初から学校に通わず働いていた方がマシだった」という言葉を耳にした。

「もちろん教育支援の活動は必要ですが、その一方で『支援』という活動が包括的に行われないと意味がないとも思います。教育支援だけやっていても失業率の改善が伴わないと、子どもたちの通学のモチベーションは維持されません。こうした現地の声を通して、国際協力への自分の関わり方として、教育支援といった特定の領域を選ぶことに違和感を覚えるようになりました。」

欧米化の流れを受けながらも残る、地域の伝統の「豊かさ」

国際協力を学び、大学卒業後はNGOなどの組織に関わろうと考えていた沖田さん。実際に途上国に赴き現地の人たちと交流する中で、暮らしの「豊かさ」について考えさせられ、その地域の伝統文化に自ずと目が向くようになったと話す。

「たしかに彼らにはお金はないかもしれないし、日本だったら治せるような病気にかかって亡くなってしまうかもしれない。それは事実ですが、彼らの笑顔はキラキラして見えましたし、豊かに生きていると感じました。これまで日本も経済成長してきた中で和装文化が衰退し、暮らし自体が欧米化していったように、各地で『発展=欧米化』になってしまっていると感じます。そうした価値観によって、何千年も紡いできた営みや精神が揺るがされているような気がしたのです」

「ベナンでも、欧米で流行っている服を着る若者が増えています。しかし、伝統衣裳などの文化は今も廃れず残っていて、私自身もそうした昔ながらの技術の中にある精神的な豊かさを感じてきました。そこから、経済だけでなく、古くから受け継がれてきた豊かな文化を繋ぐ発展の在り方を模索していきたい気持ちになりました」

africl

もともと服が好きだった沖田さんは、古くから世界の交易の拠点であった西アフリカに残る伝統的な布に注目し、アパレルブランド「AFRICL」をスタートした。

「自分がときめくものを着ていると、気持ちが前向きになって悲しいことがあっても乗り越えられる。そういった服が持つ力を私も信じていましたし、ファッションを通して笑顔になれるきっかけになったらという想いが芽生えていきました。もともと国際協力を目指していた背景と伝統文化を次世代へつないでいきたいという気持ちから、ブランドを設立しようと思いました」

「バティック」を通した伝統継承へのアプローチ

その後、ベナンの伝統的な布を調べたり職人を訪ねたりする中で沖田さんが出逢ったのが、ベナンで数百年の歴史を持つ染めの技術「バティック」だった。

「日本の人々に買ってもらうときに、ものや技術が珍しいから購入するのではなく、長い間暮らしの中で使えるという動機がないと、真にその文化へのリスペクトにならないと思っています。どうすれば長く使えるかを考えていた時に出逢ったのが、古くからベナンで生産されてきたバティックでした。初めは職人が染めた布から選んでAFRICLで商品化をしていたのですが、日本の暮らしにより馴染む形でベナンのバティックを楽しめるものづくりをしたいという気持ちが芽生え、2022年からはオリジナルデザインのものをベナンで生産しています」

africl

西アフリカでは型にろうをつけてスタンプのように防染を行う。

「バティックの魅力は、防染(ろうをつけた部分が染まるのを防ぐ技法)による味のある模様です。ろうが乾くまでにひびが割れると、その部分が染まります。ろうの量によって線の太さやかすれの具合が変わるのが面白いですし、人間がコントロールできないゆえの美しさがあると思っています」

ベナンのバティック業界が抱える課題

バティックの技術は、数百年前に東南アジアからヨーロッパ経由で西アフリカに伝わり、各国で独自の技術として発展していったという。しかし、近年バティック業界は縮小傾向にあるとともに、後継者問題に直面していると沖田さんは話す。

「高齢化や後継者不足は、伝統的な産業が抱える世界共通の問題だと感じています。バティック業界の従事者も、家業を継いだ高齢の男性が多く、『バティックはかっこいい』と思っている若年層が少ないため、職人の道を選択する後継者が少なくなっています。AFRICLでは、こうした後継者問題にも注目しており、積極的に若い職人の工房に依頼してものづくりをしています」

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ブランドを始めた当初は、依頼したものと異なるものが届くなど現地の職人との意思疎通に苦労することが多かったという。しかし、日本の購入者からのメッセージを通して、徐々に職人たちのものづくりに対する意識が変わっていったと沖田さんは話す。

「初めは、茶色をオーダーしているのに青色の製品が届くなどミスコミュニケーションがあったのですが、『日本で私たちの製品が素敵だと言ってくれるお客さまがいる』と現地の職人に伝えたところ、彼らの中で『日本の人々に喜んでもらえるようなものづくりをしたい』というモチベーションが高まっていった感覚があります」

国境を越えて技術を高め合う、日本とベナンのものづくり

日本の伝統工芸

AFRICLでは、2022年秋に期間限定でベナンのバティックと漆芸・重彩染・京表具という3つの工芸がコラボレーションしたアイテムを販売する。この企画の背景には、「寄付」によって成り立つのではなく、製品そのものに魅力がある途上国発のものづくりに対する想いがあると沖田さんは話す。

「AFRICLの活動を始めてからアフリカの手仕事としてベナンのバティックを日本のお客さまに発信していた時に、チャリティ活動だと思われてしまうことがありました。私は、そうした『寄付』の意識ではなく、その製品自体を愛し続けることがその国の文化に対するリスペクトを表すと考えているので、製品自体が持つ『価値』を上げていきたいという気持ちになりました。そこで、ものづくりに対する職人の意識や技術の高さが体現されている日本の伝統工芸に注目し、今回ベナンのバティックとコラボレーションすることになったのです」

バティックと日本の伝統工芸・京表具がコラボレーションしたアートパネル

日本の職人たちも、これまで見たことがないベナンのバティックに興味を持ち、今回のコラボレーション企画に意欲的だったという。

「どの日本の職人さんも、『バティックが持つパワーがすごい』と褒めてくださいましたね。ただ、職人さんたちが普段使用している素材とバティックの雰囲気は異なります。バティックのようにすでに作り込まれているものに手を加えるのが面白くもあり難しい、という感想もありました。ベナンの職人さんたちのエネルギーを削いでしまうのではないか、という不安の声もありましたが、どうしたらお互いのエネルギーを生かしながらコラボレーションし、ものづくりをより高め合えるのか、試行錯誤を繰り返しました」

日本の伝統技術とのコラボレーションを通して、もっとベナンのバティック文化に注目してもらいたいと沖田さんは話す。

「国際協力」からものづくりを考える

沖田さんは、実際にブランドを運営する中で、「ビジネス」という営利的な視点だけでなく、「国際協力」という非営利の視点も大切にしなければならないと感じたという。その背景には、同じベナンという国の内部にある経済格差のグラデーションが存在する。

「ベナンのバティック業界で職人たちの意識が少しずつ前向きに変わっていくのを感じますが、一方でベナンの現地情報を追っていると、支援が必要な人たちは今も存在し続けていることにあらためて気付かされます。現状バティックに触れられるのは経済的に豊かな人たちです。AFRICLを運営してから、農村部と都市部の格差をより強く感じるようになりました。私自身、これまでベナンの都市部にしか身を置いたことがないので、今後は積極的に農村部を訪問し、彼らとの関わりを強化しながら、ベナンをもっと深く理解しものづくりを続けていきたいと思います」

編集後記

近年、環境破壊や労働問題などさまざまな社会問題が注目されると同時に、その背景にある「経済成長」を疑問視する声がある。そうした状況で「豊かさ」が再定義されつつある。

国際協力においても経済指標を通して「途上国」と「先進国」が定義されているが、そうした尺度だけではその国の真の「豊かさ」は測れないだろう。なぜなら豊かさは、「経済」だけで成り立っているのではなく、その国で何百、何千年と培われてきた「文化」にも大きく影響されるからである。だからこそ、経済指標という数値だけでその国を判断せず、現地を訪れ人々の暮らしや文化を五感で体感することは、その国を多面的に理解する上で非常に重要だ。

さらに、そうした現地での交流はその国の人々や文化に対するリスペクトにつながる。AFRICLの日本の職人とのコラボレーション企画も、日本とベナンの職人たちがそれぞれの文化をリスペクトしているからこそ、お互いがインスピレーションを与え合い、技術を高め合うことができたのだろう。国境を越えて「美しい」と感じられるものを作るという営為は、これまでとは切り口の違う「国際協力」の形になりうるのではないだろうか。

バティックと日本の伝統工芸に触れる。2022年秋受注スタート!

本記事で紹介した漆芸・重彩染・京表具とのコラボレーション企画「逢- AI -」は、2022年9月2日(金)〜10月16日(日)までAFRICL オンラインストアまたはエシカル・オンラインマーケットtells marketにて受注販売を行っている。また、実際にAFRICLのアイテムを手に取れる展示会も今秋開催される。興味のある読者のみなさんぜひチェックしてみては。

Ethical fall
会場:西武池袋本店 本館4F News(〒171-8569 東京都豊島区南池袋1丁目28−1)
日程:2022年9月21日(水)~10月4日(月)10:00~21:00 ※最終日のみ20:00終了
入場:無料

AFRICL Atelier
会場:AFRICL Atelier
日程:上記イベント開催日以外毎日
入場:無料 ※完全事前予約制、1枠1組限定

角田祥子(2021)『伝統的工芸品産業の持続可能性への模索―会津漆器業界における消費者ニーズの把握と対策の観点から―』会津大学短期大学部産業情報学科経営情報コース 2021年度卒業研究論文要旨集
【参照サイト】AFRICL ホームページ
【参照サイト】AFRICL Instagram
【参照サイト】AFRICL Facebook
Edited by Megumi

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