スリランカ女性に「自分への愛」を学ぶ。多様な体型のためのスポーツウェアブランド “kelluna.”

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近年、深刻な経済危機から政治情勢が不安定なスリランカでは、2022年3月以降政権の退陣を求めるデモが繰り返し起こっている。同年7月には大規模な抗議デモが広がり、最大都市コロンボでデモ隊の一部が大統領の公邸を占拠する事態に発展するなど、状況は深刻だ(※1)。同国では、最近のそうした情勢不安のみならず、1983年からの紛争で家族や職を失った女性も多くいる。

そうしたスリランカの女性の支援に向け、「自分自身を大切にしてほしい」という想いを込めて「セルフラブ」をテーマにフィットネスウェアのブランドを展開するのが「kelluna.(ケルナ)」だ。今回、kelluna.代表の前川裕奈さんに、これまで外務省職員としてスリランカで働いた経験やブランドを始めた経緯、そして「セルフラブ」というメッセージに込めた想いを伺った。

話者プロフィール:前川裕奈 (まえかわ・ゆうな)

前川さん慶應義塾大学法学部在学中に、米国及びガーナに留学をし、国際開発学を専攻。三井不動産で数年間勤務後、早稲田大学大学院・ジョージワシントン大学院にて、南アジアの女性に対する職業訓練に関して研究し修士号取得。世界銀行DC本部で、インド北部州の雇用に関するプロジェクトを担当し、女性の雇用問題に関して現地調査を行う。その後、JICA本部に入構し、スリランカと出逢う。2017年後期からは外務省の専門調査員として在スリランカ大使館に派遣。大使館勤務終了後、2019年8月にkelluna.設立と同時にブランド代表に就任。

紛争の影響を受けたスリランカ女性たちの声

スリランカの女性

2017年から2019年にかけて外務省の専門調査員として在スリランカ大使館に務めていた前川さんは、政策提言を担当し、紛争被害を受けた女性たちに対して日本政府として何ができるかを提案する仕事をしていた。一方で、「政策」を通してできることの限界も感じていたという。

「仕事を通して現地の女性たちと直接コミュニケーションを取る中で、政策の内容と彼女たちのニーズが乖離していると感じることがありました。政策提言は、資金的にも外交的にもインパクトがありますが、日本政府として行うことなので、主軸がインフラや法律に置かれ、女性たち自身に向けて取り組めることに限界があるなと思っていました」

前川さんは現地の女性たちとの交流を通して、内戦(※2 1983年から2009年までのシンハラ人とタミル人の衝突。7万人以上の犠牲者を出したの影響で家族を失うなど、彼女たちの置かれている境遇に心を痛めたという。

「紛争中に戦地へ向かった、彼女たちの夫や息子が帰って来ないこともありました。実際にはその多くが亡くなっているのですが、家族を探したり待ち続けたりと、精神的に追い込まれる女性たちは少なくありません。夫や息子がいない中で彼女たちは自分で稼いでいくしかないのですが、紛争終結から10年以上経った今も、年齢やこれまでの労働経験を踏まえるとなかなか労働市場に参入できていない現状があります」

スリランカの女性たち

そして、実際に前川さんがブランドを立ち上げるきっかけとなったのが、スリランカの女性たちのコミュニティだった。

「『家族が戻って来ないのであれば、自分が笑顔になれるコミュニティが欲しい』『自分の力で生活していきたい』というスリランカの女性たちの言葉が印象的でした。資金やスキルが無くても、働きたいという強いモチベーションを持つ彼女たちの存在を知って、いてもたってもいられなくなったんです」

自分自身は幸せなのか?「痩せなければ」に捉われて不幸せだった20代から、セルフラブというテーマへ

彼女たちに笑顔になってもらうコミュニティを作り、働くスキルをつけてもらいたいという気持ちから起業の準備を始めた前川さんは、従来の「国際協力」の延長上にある販売のあり方に違和感を持ったという。

「スリランカの女性を雇用したいという気持ちで起業の準備をする過程で疑問に思っていたのが、『これを買えばこの国を助けられる』というボランティア感覚の販売方法でした。たしかに、商品を購入することで現地の人たちの雇用を創出することはできますが、それだけでなく購入者である日本の女性たちに向けて何を提供できるのかを考えました。そのとき、キーワードとなったのが『セルフラブ』だったんです」

「私自身、『細くないといけない』という考えに陥り、20代の頃に過食と拒食を繰り返していました。もともと運動が好きなのに、痩せるための運動になってしまい、心身ともに疲弊して幸せとは思えない20代を過ごしていました」

「しかし、アメリカに留学したとき、細いだけが美しいというわけではないと気付いたのです。自信がある人こそ、美しい。その気づきから、自分が笑顔になれるような運動をするようになり、その後は体重も増えて健康になっていきました。そういった経験を通して、日本の女性たちにも心が笑顔になってもらえるようなフィットネスのあり方を発信したいという気持ちになりました」

Kelluna.

こうして、前川さんはフィットネスウェアブランド「kelluna.」を立ち上げた。前川さんのスリランカと日本の女性たちへの想いは、ブランド名の「kelluna.」に込められている。

「スリランカの公用語の一つであるシンハラ語で『kella(ケラ)』は『女性』を意味します。また、日本では私の名前『ゆうな』のように、『〇〇な』で終わる女性名がよくあるなと感じ、『スリランカと日本の女性が力を合わせる』という想いを込めて『kelluna.』と名付けました。最後の終止符は『女性同士で何かを完遂させる』という意味を込めています」

Kelluna.ウェア

デッドストック生地を使用したkelluna.のアイテム

実際に前川さんは、等身大の女性たちが実際に抱えている悩みやそれらを乗り越えてきたプロセスに注目し、彼女たちのストーリーを通してセルフラブについて発信しているという。

「kelluna.では、スレンダーなモデルだけではなくプラスサイズのモデルを起用するなど、等身大の女性たちの姿を発信することを意識しています。 外から見たら素敵だなと思う女性でも、見た目に対して悩みを抱えています。しかし、セルフラブを通してそれらを乗り越えることもできる。そのリアルな過程をブログで発信する活動もしていました」

前川さんは、実際にブランドの活動を通して、スリランカ女性たちのセルフラブの強さを感じるとともに、スリランカと日本の女性たちが国境を越えてエンパワーし合えるような関係性を目指したいと話す。

「スリランカの女性は、民族衣装を着る際にお腹や腕を出したりするのですが、あまり自分や他者の体型を気にしていない印象があります。おそらく『美しさ』の多様性があり、自己肯定感が高いのです。こうした感覚を通してフィットネスとセルフラブのメッセージを伝えていきたいという想いがあります。『これを購入するとスリランカの女性たちを助けられる』という善意的な発信ではなく、『セルフラブを通して、自分にもスリランカの女性たちに寄り添う』という、お互いをエンパワーし合う関係性を目指しています」

国境を越えてセルフラブを高め合うコミュニティを目指して

Kelluna.

これまでセルフラブをキーワードにブランドの運営をしてきた前川さんは、購入者からの声に励まされるという。

「これまで自分に自信が無く、うつ病だった方から『セルフラブのコンセプトに共感した・心動かされた』というメッセージをいただいたのが一番嬉しかったですね。私自身はというと、20代の頃よりもありのままの自分を受け止められるようになったとはいえ、今でも自己肯定感が下がる日もあります。しかし、『セルフラブの発展途上だ』という私の姿をみなさんに見てもらうことで、そういった自分さえも大切にしてあげてほしいと思っています」

また、ブランドを開始したことでスリランカの女性たちのポジティブな変化も感じると前川さんは話す。

「スリランカの女性たちの笑顔を見ることが多くなりました。ブランドを始めた当初は、外からやってきた日本人の私に対しての不信感を感じることもありました。それでも、ブランドの年月とともに私に大きな覚悟があることを感じ取ってもらえるようになりました。『裕奈は私たちの家族だ』と話してくれることも増え、以前感じていた壁が消えると同時に、当初思い描いていた笑顔のあるコミュニティを作ることができたのではないかと感じています」

今後も、前川さんはkelluna.を通してセルフラブの大切さを伝えていくとともに、新しい発信方法にも挑戦したいという。

「『美しさ』に対する限定的な概念って女性の方が多いと思っていたのですが、性別に関係なく、『〇〇ならこうすべき』という考えが浸透しているように思います。だからこそ、今後はユニセックスのアイテムを増やすなど、性別を越えて多様な『美しさ』にアプローチした取り組みをしていきたいです。また、もともとはアパレルブランド自体をやりたいという気持ちではなく、私たちが叶えたい世界観のためにブランドを始めたので、今後は物販に加えてブログやラジオなどを通じて、言葉でスリランカの文化やセルフラブについて伝えていきたいと思っています」

編集後記

「国際協力」の場面では、先進国から途上国に対する「支援」のイメージが先行する。そうなると、支援する側から支援される側への一方向的なコミュニケーションになりやすく、なかなか現地の人々の真のニーズにアクセスすることが難しいのではないだろうか。

しかし、今回のインタビューを通して、プロダクトの背景にある「セルフラブ」というメッセージは、両者の新たなコミュニケーション手段になると感じた。自分自身のありのままの姿を受け止め肯定するセルフラブは、まさに国境を越えた「共通言語」になりうる。こうした、国籍や「女性」という性別にとらわれず一人ひとりの内面にアプローチするkelluna.の取り組みは、スリランカと日本の女性たちを今後も励ましていくはずだ。

※1 スリランカで経済危機 なぜ大統領が国外脱出?いったい何が?
※2 外務省・Vol.40 スリランカ内戦の終結~シンハラ人とタミル人の和解に向けて
【参照サイト】kelluna. ホームページ
【参照サイト】kelluna. Instagram
【参照サイト】kelluna. Facebook
【参照サイト】前川裕奈 Instagram
Edited by Megumi

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