政治から社会運動、宗教まで。タブーのない空間で「もやもや」話せる広島のカフェ

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森が燃えていました。
森の生きものたちは われ先にと 逃げていきました。
でもクリキンディという名の
ハチドリだけは いったりきたり
口ばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは
火の上に落としていきます。
動物たちがそれを見て
「そんなことをして いったい何になるんだ」
といって笑います。
クリキンディはこう答えました。
「私は、私にできることをしているだけ」

これは、『ハチドリのひとしずく(※)』という本のなかの言葉。ただ自分にできることをひたすらしているのが、ハチドリのクリキンディだ。そんなハチドリのように「想いを持った人たち」が集い、つながり、そして語り合える。そんな場所が、広島にある──。

Social Book Cafe「ハチドリ舎」だ。

※ 『ハチドリのひとしずく いま、わたしにできること』 辻信一/監修

ハチドリ舎

ハチドリ舎の店内の様子

木製の家具や小上がり、カラフルな装飾で彩られた店内。すべて手づくりだというお店には、温かみが感じられる空間が広がっている。2017年にオープンしたハチドリ舎には、いまや全国から人々がやって来る。居心地がいい店内はもちろん魅力的だが、多くの人を惹きつける理由は、それだけではなさそうだ。

「真面目なことを話しても引かれないカフェをつくりたかったんです」

そう話すのは、ハチドリ舎のオーナー・安彦恵里香(あびこ・えりか)さん。

「政治のことだって宗教のことだって、話したかったら話していい。ここには、タブーはありません。普段、そういう話をすると、『真面目だね』『偉いね』と言われて煙たがられる人たちが、『孤独じゃなかった』『自分一人だけじゃなかったんだ』と感じて、元気になれる場にしたいんです」

誰でも自由に、そして気軽に社会のことを語り合えるカフェにしたい──そんな安彦さんの想いから生まれたハチドリ舎とは、一体どのような場所なのだろうか。ハチドリ舎の誕生から、これから安彦さんが描いていきたい未来のことまで、お話を伺った。

「自分には関係ない、何もできない」と思うのを止めようと思った

高校卒業後、安彦さんは希望していた学校に行くことが叶わずに家業を手伝っていた。その後約5年半、不動産の会社で働いていたという。なんとなく「このままでは嫌だな」と感じつつも、当時は安定した職を失うことは良くないと思い込んでいたそう。

そんななか安彦さんは、3か月かけて船で世界約20か国を訪れる「ピースボート」と出会う。船上や寄港地でさまざまなプロジェクトを行い、つながりをつくることで、平和の文化を築いていく船旅だ。国と国との利害関係とは違った草の根の活動。興味を持った安彦さんは、悩みながらも乗船することを決めた。

「自分のやりたいことをやるという選択は、当時の自分には難しくて。それでも何とか決断して、ピースボートに乗りました。乗船中、色々な国を訪れて多様な人たちと交流するなかで、世界にも、日本にも、問題がたくさんあると気付きました」

そんな安彦さんが乗船中、特に記憶に残っているのが、パレスチナのガザ地区からゲストスピーカーとして来ていたザヘルさんとの出会いだという。

「ザヘルさんは、イスラエルから弾圧を受けていることを伝えに来ていました。そこで、私は勝手に、『紛争地に暮らしている人だから憎しみでいっぱいだろう』と思い込んでいたんです。ところが、実際に会って話を聴くと、ザヘルさんは一人の優しい男性で、英語がうまく話せない私が話しにいくと、優しい英語や身振りを使って話に付き合ってくれました」

自分の国で起きている惨状を伝えに来た人なのに、私との時間を大切にしてくれている──そうわかったとき、「どの国に住んでいたって、どんな環境に生きていたって、人は優しくいられるし、思いやりを持てる」と安彦さんは思った。そして、そんな人が国で抑圧され、自分の家がいつ空爆されるか分からない状況を強いられていることが、「本当に嫌だ」と感じたという。

「同時に、問題が解決しないのは、私のせいだったんだ、とも思いました。これまで、色々な社会課題に対して、『自分には何もできない』『自分には力がない』と思っていたこと自体が、解決しないことの一端を担っている感覚になったんです」

「知らない人が多いから、興味を持たない人が多いから、問題は解決しない。そう感じるとともに、せめて自分一人でも、『自分には関係ない、何もできない』と思うのを止めようと思いました」

「もんもんと考えられるカフェが必要だと思った」

その後、ピースボートのスタッフとして働き始めた安彦さんは、1年間ディレクターとして広島の事務所で過ごした。それがきっかけで、ピースボート退職後も地元・茨城には戻らず、広島に残ることに。それからは、核兵器廃絶運動のキャンペーン、NPOや映画の配給での仕事、本の製作やイベントの主催など、短期の仕事を転々としていたという。

一つの仕事が終わったら次の仕事を探す──そんな生活を続けていた安彦さんだったが、次第に働きにくさを感じ始め、「そろそろ自分で何か始めるタイミングかも」と思うように。そして2017年、ついにハチドリ舎を立ち上げることになる。

ハチドリ舎

ハチドリ舎の入り口

「『ずっと夢に描いていたことを形にしたんですか?』と聞かれることが多いのですが、実際は『じゃあやるか~』という感じでしたね(笑)。自分が起業に向いていると思っていませんでしたし。ただ、何をやろうかなと考えたとき、『やっぱり社会に貢献できるような取り組みをしたい』と思ったんです」

「カフェを選んだのは、自分で色々なモノやコトを『選択できる』仕事をしたいと思ったから。“買い物は投票”という言葉の通り、使い捨てのモノなど環境負荷の高い商品や、兵器を作っている会社の商品は買わず、社会貢献になるモノを選ぶことが大事だと考えていて。店内の家具から提供するメニューの食材まで、自分で選択できるカフェが良いなと思ったんです」

その言葉通り、ハチドリ舎のコンセプトは、「自分でつくること」。そこに来たお客さんでさえも、空間をつくるひとりであり、「自分の好きなものを自由に選び取ってください」というメッセージが、カフェのサイトには書かれている。

そんなこだわりを持って選んでつくられたハチドリ舎の特徴は、月の半分以上イベントが行われていること。毎月6のつく日には、原爆を経験した被ばく者である「語り部」の方の証言を聴いて平和や戦争のことを話せるほか、ジェンダーから環境問題、政治、マインドフルネスまで、多様なテーマの活動家を呼んだイベントや上映会などが行われている。

ハチドリ舎

店内には、本がたくさん置いてあるほか、社会や環境問題に関連する商品も販売されている

「人々が『もんもんと考えられる場所』が必要だなとずっと思っていました。ハチドリ舎を立ち上げる前、そんなカフェの構想をFacebookに投稿してみたら、たくさんの人がいいねや賛同のコメントを残してくれて。だったらやった方が良いなと思って始めることにしました」

誰もが我慢せずに、真面目な話をできる場所を

ピースボートに乗船し、その後も環境から政治まで、さまざまな課題解決のためにアクションを起こしてきた安彦さん。なぜ、そこまで社会課題に関心を持つようになったのか。そのきっかけを尋ねてみた。

「もともと正義感が強い、不条理なことが許せないタイプでした。イスラエルとパレスチナの問題もそうですが、もう少し身近な例でいうと、例えばダム建設によって元いた場所を立ち退かなければならなくなるなど、小さいものが抑圧されて声を上げても負けてしまうような出来事をニュースで知り、腹を立てているような子どもでした」

「自然環境が壊されることも、差別があることも。とにかく、誰かが悲しんだり苦しんだりするという『不条理』が許せなくて……ただただ嫌だと感じるんです。なので、『原動力は何ですか?』とよく聞かれるのですが、答えはシンプルで。おかしいことを放っておくのが嫌なだけなんです。『あれ、おかしくない?』という感情に蓋をせず、できることを探し続けているだけだと思います」

社会で起きるさまざまな出来事に対して、「おかしい」と思っている人は、きっといる。だけど、みんなどこかで「でも、仕方ないよね」と、湧き出る感情に蓋をして考えることをやめてしまったり、真面目な話をしたら引かれてしまうと感じていたりする。

そんな蓋を取り払い、誰もが我慢せずに真面目な話をできる場所があれば──そんな想いから生まれた場所が、ハチドリ舎なのだ。だからこそ、不条理なことに対して「仕方がない」と思う人たちを批判したり、力を使って変えたりするのではなく、「それぞれが朗らかに、自分らしくいられる場所」をつくることで、少しでも社会の空気を変えようとしている。

「社会の構造と空気が、一人ひとりの考えをつくっていると感じています。そういう場所が増えていけば、社会はちょっとずつ良くなっていくのではないでしょうか」

横並びで活動できる仲間たちが増えた

ハチドリ舎を立ち上げて5年。その時間を経て、いま感じていることを伺った。

「店内で毎月行っている月例企画のイベントでは、被ばく証言をしてくれるおじいちゃんから、お坊さん、弁護士や絵本講師、政治学者、カウンセラー、マインドフルネスの講師まで……本当に多様な人たちと共に企画をつくるようになりました。なので、一緒に活動する仲間が増えたという感覚があります。しかも、ただ仲間が増えただけではなくて、そこにいる皆が、横に並んで一緒に場をつくっている感覚があるんです」

「ここに来る人も、セクシャルマイノリティのイベントだけに参加する人、絵本のイベントだけに参加する人、イベントには参加せずカフェだけ利用しに来る人など本当にさまざまで。来てくれる一人ひとりにとっての“場”になっていると感じていますね」

そんなふうに、お店にやってくる人一人ひとりが、冒頭に出てきたクリキンディのような「ハチドリ」のようだ。しかし、一番のハチドリは、実は自分かもしれないと、安彦さんは言う。

「ハチドリ舎にはたくさんのお客さんが来てくれますが、ここを一番利用しているのは私。なので、私自身が一番ここを利用するハチドリかもしれません。だけど、私が店主だから他の人の上に立っているなんてことはなくて、イベントにかかわってくれる人もお客さんも、みんなで一緒にこの場所をつくっています。ここはみんなのための場所。だからこそ、私もお客さんに奉仕するという感覚とは違う、フラットな関係性のなかで運営しているんです」

「すべての人が自分らしくあれる」社会をつくりたい

ハチドリ舎に訪れた際、安彦さんと二人三脚でカフェをつくるスタッフの瀬戸麻由(せと・まゆ)さんにも少し話を伺った。そのとき、安彦さん同様、瀬戸さんも自身がハチドリの一人であると言っていた。また、これまで感じていた「社会課題について話すのを我慢しなきゃいけない空気」がなく、思う存分話したいことを話せるハチドリ舎に日々居られることが本当に嬉しい──そのように話していた。

そんな、スタッフやお客さん、そして関係者の垣根を越え、多くのハチドリたちが集うハチドリ舎は、これからどんな場所になっていくのだろう。最後に、安彦さんが描く未来について尋ねると、こんな言葉を綴ってくれた。

「すべての人が、自分らしく、自分のありたいようにいられたら──きっと、誰も人を抑圧しないし、攻撃しないと思うんです。殺人や自殺などが起こってしまうのは、周りや社会からの抑圧、『こうじゃなきゃいけない』という規範のようなものが、社会のなかにあるからではないかと感じているんです」

「何かすごいことを経験していないと生きていちゃいけない、自分なんて必要ない──そんなふうに感じてしまっている人もいると思います。だからこそ、みんなが『自分が大切にされているな』と感じられること、そのために『あなたは大切な存在だよ』って伝えることが大事だと思うんです。『たとえ何にもできなくても、生きているだけでいいんだよ』と伝えられたら、社会によってつくられた評価にさらされて自分を痛めつける人は減り、悲しい出来事も減っていくと思うんです」

「なので、世界を大きく変えるわけではないけれど、一人ひとりの対話や小さな変化から、世界は変わっていくと信じています。だからこそ、それぞれが自分のありたい生き方を実現できる手伝いをしたいし、『辛かったらやめても大丈夫だよ』って伝えたい。伝えるだけでなく、自分がそういう人でいて、そういうことを実践する人でありたいなと思います。それが優しい社会をつくることにつながると信じています」

「自分が生きる価値や自分に満足している人が増えれば、世界は平和になるなと思っています。その人がその人らしく、みずみずしく生きてほしい──そう願って、そのためにできることをしたいと思いながら、この場所にいます」

ハチドリ舎 あびこさん瀬戸さん

安彦さん(左)・瀬戸さん(右)

編集後記

取材中、安彦さんは一つ嬉しいニュースを共有してくれた。最近、かつてハチドリ舎にやってきた女性二人が、安彦さんの想いに共感し、ハチドリ舎のような場を富山につくりたいと、カフェを立ち上げたという。

ハチドリの小さなくちばしで運べる水の量は、ほんのわずかかもしれない。燃え盛る森の火を完全に消すのは難しいかもしれない。だけど、小さな努力を続けられるハチドリが増え、集まり、みんなで知恵を絞れば、いつか火を消すことができるかもしれない。

そんな奇跡はきっと起きる。だから、できることをコツコツと積み重ねていく、ハチドリの仲間入りをしようと思う。

【参照サイト】Social Book Cafe ハチドリ舎 HP

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