フランス・パリのガイドブックには必ずといっていいほど掲載されている「蚤(のみ)の市」。古いものが好きな人もそうでない人も、その名前を目にしたことがあるのではないだろうか。パリにある常設の「Marché aux puces(マルシェ・オ・プュス)」や、毎週末どこかで臨時開催される「Brocante(ブロカント)」には、パリ在住者や観光客だけでなく、インテリアデザイナーやアーティスト、古物商などが、ユニークな逸品を求めて世界中から集まってくる。
「蚤のわいたような古着や古物が集まるから」、「蚤のように掘り出し物が出ているから」など、名前の由来には諸説あるが、その起源は1885年にはじまったパリのサント・オーエン(クリニャンクール)の蚤の市といわれている。フランスの「物を大切に長く愛用する文化」は、この「蚤の市」が長年愛されている由縁の一つだろう。統計市場調査プラットフォームのStatista(スタティスタ) によると、フランス人の約半数(46%)が、過去12ヶ月間に少なくとも1回、中古品を購入したことがあるという(※)。パリの不動産も、新築より古めかしいアパートのほうが高値で売れるそうだ。
半年前にパリに引っ越してきた筆者も、生活立ち上げに必要なものを探しにいくつか蚤の市をのぞいてみたが、なかなか思うようなものに出会えないでいた。そんな時、地方都市アミアンで「フランス最大級の大蚤の市」が開催されるという情報が耳に入ってきた。そこに集まる人々がどんなものを売り、買っているのか。新しいものよりも古いものを求める人々の声を聞きに行ってみた。
「大蚤の市」それは想像以上の規模だった
パリから140kmほど離れた北の街アミアンは、中心に流れる運河沿いの美しい街並みや、世界遺産に登録された大聖堂が有名だ。
1909年にガレージセールとして始まったアミアンの「蚤の市」は、現在は国内外から2,000の出店者、80,000人の訪問者が集まり、会場は街全体の約15キロメートルにもおよぶという。4月と10月の年2回それぞれ1日のみ開催されるため、プロの古物商は、前日の夜中から当日の早朝に買い付けを終えて帰るという。筆者は人々の波に乗りながら、朝食後にのんびり出かけてみた。
「大蚤の市」のオフィシャルウェブサイトには、「出店のルールはただ一つ、新しいものを出品しないこと」とある。出店者は、プロのディーラーもいれば、不用品を持ってきたファミリーもいて、ここで間に合わないものはないのではないかと思えるほどだ。中には、木箱いっぱいのワインコルクや、古い靴、錆びたキッチンツールなど、どうやって使うのか分からないものもあるが、きっと何かの用途で買っていく人がいるのだろう。
どこまで行っても終わりが見えてこないお店を見て回るうちに、お昼時になりいったんランチ休憩をはさんだ。エネルギーをチャージして再び街に繰り出したが、ようやく街はずれについた頃にはもう店じまいが始まっていた。
この日は通常の店舗は閉まっており、まさに街全体が蚤の市のために開かれているようだ。どうりで、前泊したホテルで「どこで蚤の市が開かれるのか」と聞いても、「街の中心地に行けば分かるから」としか教えてもらえなかったはずだ。
「古いもの」のストーリーを語り合う楽しみ
アンティーク・テディベアやおもちゃを専門に売っていたフランクさんは、アミアン以外では出店しないという。欧米でもコレクターが多いアイテムを取り扱うフランクさんには、特定のファンがついており、その中には日本人もいるそうだ。店先に並べられていたアイテムは、主に奥さんの実家に眠っていたコレクションと、自分で集めたものだという。
お店をのぞいていた老婦人は「自分が子供のころに手放した人形がここにある」と、懐かしそうにフランクさんと言葉を交わしていた。「当時は戦争中で、疎開するために大好きだった人形を手放してしまった」と話す老婦人の顔は、まるで宝物を見つけた少女のようだった。フランクさんは、お客さんとのこういった会話や同じ趣味を持つ人との出会いが、出店の楽しみだという。
ジャンヌさんのお父さんは、この道15年のアンティークディーラーだという。お父さんが他の蚤の市で仕入れた家具など、大物を豊富にそろえ、夫婦で店番をしていた。最近の売れ筋は、いい感じに錆がでたインダストリアル風な家具だそうで、この日もスチールのファイリングキャビネットや、鉄製のシェルフが良く売れたという。
「店じまい後は、大型トラックに商品を積み込んで帰る大仕事が待っている」と話すセドリックさんを、ジャンヌさんが頼もしそうに微笑みながら見つめていた。
デイビットさんは不用品回収と蚤の市での販売を職業にしており、この日持ち込んだ品物も、主に引っ越しや遺物整理など回収したものだという。誰かの不用品が他の人の必要品になる、その仲介をしているのが彼だ。
「お客さんとの会話が蚤の市の楽しみ」だと語るデイビットさんは、店先で足をとめた人たちと気さくにおしゃべりをし、商品の説明や使い方の提案をしていた。この日の売れ筋は、食器や台所用品だそうで、目につく場所に商品を移動したり、顔なじみの同業者と情報交換したりと忙しく動きまわるデイビットさんを、フィリアスさんとジョエルさんもテキパキと手伝っていた。
それぞれの感性で「宝物」を発掘する人々
この蚤の市に初めて来たというジェームスさんとパムさんが購入したのは、木製のスクリーンと、畜産農家が昔使っていたミルクボトルを乾かすラック。パムさんは、このラックにアクセサリ―をかけたり、クリスマスにツリーに見立てて装飾したりする予定だという。
彼らの家は、新しいのと古いものをミックスした個性的な空間で、このスクリーンやラックもしばらく使ってみて飽きたらネットで売るつもりだそう。「フランスの古いものはイギリスでも人気があり、商品代とガソリン代を引いても利益が出るくらいの値段で売れるだろう」と自信をのぞかせるパムさんは「その利益でまた古いものを買う」と言い、好きなものを循環することに楽しみを見出しているようだ。
アラーさんは、木製の木箱に果物などを収納する予定だといい、ダミアンさんは良いベンチが見つかったと喜んでいた。なぜ古いものを買うのか聞いてみると、「まだ使えるから」とのシンプルな答えが返ってきた。
それぞれファミリーでこの蚤の市を訪れ、一緒に一日ゆっくりと見て回ったという。戦利品を誇らしげに手にしたお父さん達の後を、補助輪付き自転車に乗って楽しそうについていく子供たちを見ると、こんな家族の休日の過ごし方も良かもしれないと思えてくる。古いものを大切に使う文化が、こうして若い世代に受け継がれていくのだろう。
リゾンさんは、この風合いがでたチェストを最近引っ越したアパートのコーヒーテーブルにする予定だそう。なぜ新しいものでなくて古いものを選んだのか聞いてみると、「もちろん、ベッドやソファーなどは新しいものがいいけれど、コーヒーテーブルは古いものでも問題ないし、なにより環境に良いから」との答えが返ってきた。
これから家に帰って、表面をきれいにし、ニスを塗って手入れをするという。かなりの重量のチェストを友人と楽しそうに運ぶ二人を見ると、蚤の市での買い物もエンターティメントとして根付いているように感じる。
巨大なパン屋の看板を手に帰路を急いでいたのは、イギリス北部のヨークシャー州から来たジョンさん。彼はこの看板を自宅のキッチンに飾るつもりだという。ジョンさんの満面の笑みを見ると、彼が家に帰り、家族や友人に「この看板をどうやって手に入れたか」を嬉しそうに説明する様子が目に浮かぶ。日本人のライターに声をかけられたことも、思い出話として語られるのだろうか。
この日のアミアンは、道行く人も英語が飛び交い、筆者が声をかけた人も半分はイギリス人だった。アンティークマーケットが各地で開催されているイギリスから、わざわざ海を越えてフランスまで足を運ぶのは「より珍しい、自分だけの宝物を探したい」という強い好奇心からだろう。
フランス人の中にも「古いものは苦手」、「ガラクタの中から欲しいものを見つけ出す労力が無駄」という人もいる。すべての人が古いものを好きになる必要はないだろうが、「新しいものを買う」、「古いものを捨てる」という行動に「ものを循環させる」という選択肢も含めるようになれば、地球からゴミが1つ減り、宝物を見つけた誰かを笑顔にすることができるかもしれない。
13世紀からこの地に建つというアミアン大聖堂を眺めながら、そんなことを考えさせられた「大蚤の市」だった。
※ Wavestone ”Second-hand : a blooming market in 2023”
【参照サイト】La Grande Réderie d’Amiens
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