「ウミガメを守りたい」そう思ったときに知りたい注意点と、小笠原の成功事例

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「ウミガメ」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。ウミガメは暖かい綺麗な海に住むイメージを持つ人も多いかもしれないが、実は日本の周りにもたくさん生息しており、日本の砂浜で産卵する個体も多い。

また、ウミガメは世界中に7種類しかいないことを知っている人は少ないかもしれない。そして7種類のうち、なんと6種類が絶滅危惧種に指定されている。

そんなウミガメの保護や調査を行っているのが、認定NPO法人エバーラステイング・ネイチャー(以下、ELNA)である。ELNAは横浜と小笠原に拠点を持ち、日本周辺とインドネシアでウミガメの保護活動や調査、保全活動を行っている。また、小笠原ではザトウクジラについての調査も実施。ELNAは、豊かな海と人々の暮らしや文化が共存できる未来を実現することを使命に、活動を続けている。

絶滅の危機にあるウミガメと人間が共存するには、何が大切で、私たちに何ができるのだろうか?

今回は、ELNAの調査員である井ノ口栄美さんに、ウミガメ保護の重要性や人間と海洋生物が共存する方法についてお話を伺った。

話者プロフィール: 井ノ口栄美(いのぐち・えみ)さん

井ノ口栄美さんエバーラスティング・ネイチャーの調査員。小笠原海洋センターでのボランティアをきっかけに、2007年にELNAへ入社。横浜事務所でウミガメの保全事業や漂着調査を行う。

ウミガメは陸から海洋まで幅広い生態系に関与している

ELNAの設立は1999年8月。アジア地域に生息する海洋生物や海洋環境の保全を目的に設立された。設立当初は、インドネシアの現地NGOの国内窓口としての機能のみだったが、2002年7月にNPOの認証を受けたことをきっかけに、フィールドでの調査などを開始した。

さまざまな生き物がいる海洋生物の中で、ELNAが調査・保全を行っているのが「ウミガメ」だ。ウミガメの種類は、世界で7種類。アオウミガメ、アカウミガメ、タイマイ、オサガメ、ヒメウミガメ、ケンプヒメウミガメ、ヒラタウミガメ。そのうち、ヒラタウミガメ以外は絶滅危惧種に指定されている。ヒラタウミガメは現在、絶滅の危険は少ないと言われているが、実際は個体数の増減データが無いため情報不足で絶滅に関する判断ができないとされている。

「7種類中6種類のウミガメが絶滅危惧種なので、保全はもちろん大切です。また、ウミガメは、陸から海洋まで幅広い生態系に関わっているため、ウミガメがいなくなると、その生態系のバランスも崩れてしまうんです。

ウミガメは海岸に卵を産み落とします。100%孵化する訳ではなく、生まれなかった卵は窒素やカリウムなどの栄養を植物に供給します。他にも死亡した卵は、他の生き物の食料になることもあります。

他には、亀の食べ物ですね。ウミガメの中でもタイマイは主に海綿動物という生物を食べますが、海綿には毒があるので海綿を食べる生物が少ないんです。そんな海綿動物をタイマイが食べることで、適度に間引かれて、海中の環境を適切に保たれるんです」

陸や海の生物の栄養になったり、海中の生態系の均衡を保ったりしているウミガメだが、人間の生活にも深く関わっているという。私たちの身近なところだと「鼈甲(べっこう)」がある。鼈甲とはタイマイの甲羅を加工したもので、赤みを帯びた黄色に褐色の斑点のついた半透明な素材である。その模様の美しさから、メガネのフレームやブローチ、櫛などの原料として、古くから愛されてきた。

「日本では馴染みがないかもしれませんが、世界では食用として卵やウミガメの肉が食べられています。薬の原料として使われることもあります。鼈甲以外にも、ウミガメの皮をベルトなどに加工する場合もあります」

ウミガメの赤ちゃん

ウミガメの赤ちゃん

卵の乱獲と間違った保護方法がウミガメの絶滅の原因に

ウミガメが絶滅危惧種に指定されている理由はさまざまだが、卵の乱獲と間違った保護方法の実施は大きな要因の一つだという。

「インドネシアでは、今でも現地の住民による卵の乱獲が起きています。ウミガメの卵は手軽に手に入れることができるうえ、高く売れるためです。本当は違法なのですが、ウミガメの卵を売ることで生活している人もいます。そうした人々の生活を守るため、警察も厳しく取り締まることはしません。ほとんど無法地帯になっている地域もあります。

さらに、間違った保護方法もウミガメの個体数を減らしている原因の一つです。例えば、子亀の放流。毎日同じ場所で同じ時間に放流をしていると、天敵に狙われやすくなってしまう。そうすると、放流したそばから天敵に食べられることになるんです。

また、ウミガメの赤ちゃんは卵から孵ったあと海に向かって移動し、水と接触したタイミングでバタバタ泳ぐようになります。ただバタバタ泳げるのには期間があることが分かっていて、その期間中になるべく遠くの餌場まで行こうとします。しかし、孵化したウミガメを保護するために人間が水の入ったバケツに入れてしまうと、ウミガメはバケツの中で泳ぎ出してしまう。そうなったウミガメは、海に放流してもバタバタ泳ぐ期間が短くなり、餌場にたどりつける可能性が低くなくなってしまいます。

日本では、産卵に適した海岸が減少しているという課題があります。開発や埋め立てによって、砂浜自体が減っています。他にも、ダム建設の影響で、砂の供給が減る場合があります。また防波堤や港を作ったことで、海流が変わり砂浜の砂が減ってしまう場合もありますね」

ウミガメへの悪影響は、海洋プラごみより人間の活動

ウミガメの課題と聞くと、海洋プラ問題が思い浮かぶ人も多いのではないだろうか。国連環境計画(UNEP)によると環境に排出されたプラスチックごみは、2015年で推計約828万トン。2050年には、海の魚の量よりプラスチックごみの方が多くなるとも言われている。多くの海洋生物に影響を与えているプラスチックごみ問題だが、井ノ口さんによるとプラスチックごみよりも人間の活動の方が、ウミガメにとって与える影響は大きいという。

「ウミガメにとって、プラスチックごみの影響が全くないという訳ではありません。よく普通のごみと餌を間違えて食べて窒息死してしまうという話を聞きますが、関東の調査では今のところほぼゼロです。ただオーストラリアなどでは、ウミガメの赤ちゃんがごみを食べたことによって死んでしまうケースはありますね。ウミガメの赤ちゃんは、食道が細く、体も柔らかいので傷つきやすい状態でもありますので。

マイクロプラスチックの問題もありますが、マイクロプラスチックがウミガメの体内に入るとどのような影響があるのか、実のところまだその全容は、明らかになっていません。しかし、プラスチックの有害化学物質がウミガメに影響を与える可能性は大いにあると思います。それが個体群にどれだけ深刻な影響を与えるかが重要な点です」

マイクロプラスチックは、5ミリ以下の小さなプラスチックのこと。洗顔料や歯磨き粉などに最初からマイクロプラスチックとして利用されるものや、紫外線による劣化や波の衝撃によって大きいプラスチックが粉砕されたものなどがある。生物のマイクロプラスチック接種による影響は明らかになっていないものの、摂取した生物の体内に有害な化学物質が蓄積され、食物連鎖を通じて生物全体に影響が出ることが予想されている。

ウミガメ

現地の住民と一緒に活動することの重要性

ELNAが運用する小笠原海洋センターのある小笠原諸島では、食用としてウミガメを利用しつつも、年間135頭の捕獲頭数制限などをすることで、ウミガメの個体数は増えている。

なぜ、小笠原諸島は人とウミガメの共生に成功したのだろうか。

「小笠原諸島の方は、ウミガメを利用しながらも保全をしていくという意識があるからだと思います。小笠原諸島ではウミガメの卵の採取は禁止されています。卵を捕獲しないということは、生物保全において非常に重要です。次世代の赤ちゃんが生まれてくる環境さえ残っていれば、絶滅することはありません。

インドネシアでは、まだ生活費を稼ぐのに手一杯な状況があります。また教育にも課題があって、将来のためにウミガメを残しておかないといけない、という意識は低いと感じます。小笠原諸島の文化をそのまま他の国に持ち込むことは難しいですし、すぐに答えが見つかる訳ではありません。その上で、現地の人と一緒に活動することを、ELNAは大切にしています」

ELNAでは、インドネシアに生息するウミガメ・タイマイの保全活動を、現地のパートナー団体「YPLI」と協力して行っている。ウミガメの卵を地域住民から購入し、その卵を自然孵化させることで卵採取の問題に対応。卵の採取を一方的に禁止するのではなく、卵を守る側として活動してもらうことで、現地の雇用も生み出している。また、現地住民への環境教育活動や行政機関への働きかけによって、地域住民のウミガメに対する意識を変える活動も行っている。

インドネシアでの活動の様子

インドネシアでの活動の様子

子どもから大人まで楽しめるウミガメ教室。あくまでも主人公はウミガメ

日本では、小笠原海洋センターを中心にウミガメ教室などの普及活動を行っている。2023年のゴールデンウィークには水槽の清掃や調査体験などができるイベント「大人のウミガメ教室」も開催。子どもから大人まで参加でき、ウミガメの生態について学べるイベントや勉強会を定期的に行っている。

「イベントでは、伝わりやすさと楽しさに加え、ウミガメに負担をかけないことを意識しています。良い思い出になったり、ウミガメに興味を持つきっかけとして楽しさは重要ですが、ウミガメに負担をかけてしまっては意味がありません。

ELNAの活動では、あくまでもウミガメが主人公です。ウミガメの赤ちゃんが海に還るのを見るイベントでは、ウミガメは明るい方に向かってしまうので、明かりは一切付けません。また、卵から孵ったらすぐに放流します。人間の都合に合わせて保管などをしてしまうと、ウミガメの生存確率を悪化させてしまうんです」

ウミガメの生態に寄り添ったELNAのイベントには、これまで多くの人が参加している。井ノ口さんは、イベントがきっかけでウミガメに興味を持った、という声が聞けることが一番嬉しいという。

「ウミガメ教室に参加したお子さんが、海洋生物に興味を持ち、夏休みの自由研究のテーマに選んだり、家の中で『海に放流したあのウミガメ、元気かな?』と会話しているという声を、よく聞きます。そのような声を聞くと、イベントを企画してよかったなと思いますね」

勉強会の様子

勉強会の様子

必要なのは、次世代教育

ウミガメの調査や保全活動、そしてウミガメの生態を伝えるイベントなどを開催しているELNA。そんなELNAが次に取り組みたいこと、それはELNAが持つ知見の拡散と人材育成だという。

「ELNAは日本とインドネシアを中心にウミガメの保全活動していますが、個体数が回復している地域もあります。またモニタリング調査や生態研究などのデータも蓄積されています。次は、今までのデータを分析し、発信することで他のエリアでの保全活動に役立てていきたいですね。

また次世代を担う人材の育成も注力したいことの一つです。ウミガメは非常に長寿命な生物なので、長い目で調査していく必要があり、自分達の世代で終わるものではありません。なので、自分たちの後にも続いていくような、次世代の育成は重要です。

継続的に活動できるような体制を整えることが課題です。インドネシアのパートナー団体は、ELNAがいないと活動が止まってしまう状況にあります。活動が止まれば、ウミガメの保護もできなくなってしまう……。そうならないように、経済が回る仕組みづくりをしていきたいです」

最後に、井ノ口さんからメッセージをいただいた。

「ウミガメは遠い存在だと思われがちですが、日本の周辺海域にも多く生息している生き物です。関東周辺だと、毎年200頭近くの死んだウミガメが打ち上げられているので、生息している個体はそれ以上の数になります。

そんな身近な生き物として、ウミガメに興味を持ってもらいたいです。そして、海洋環境の保全のために、自分達に何ができるだろう、と考えて行動してもらえたら嬉しいですね」

イベントの様子

編集後記

ウミガメには、まだまだ多くの謎がある。卵から孵化した赤ちゃんウミガメが海に戻るところまでは追えても、その後の生活をずっと追い続けることはできない。また、ウミガメの長寿記録は、アカウミガメの72年ほどだと言われている。「亀は万年」と言われるように、生物の中では長寿だ。そのため、ウミガメの調査には非常に長い年月がかかる。

取材の中で井ノ口さんは「次世代の人材育成の重要性」について口にしていた。ウミガメの生態や最適な保全活動を知るためには、継続的な調査が重要である。そしてそのためには、次世代の人材は必要不可欠だ。そんな願いも込めながら、ELNAでは普及活動を行っている。

何事も知ることから。海の生き物と人の明るい未来のために──まずはウミガメについて、調べることから始めてみてはいかがだろうか。

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本記事は、ハチドリ電力とIDEAS FOR GOOD の共同企画「Switch for Good」の連載記事となります。記事を読んでエバーラスティング・ネイチャーの活動に共感した方は、ハチドリ電力を通じて毎月電気代の1%をエバーラスティング・ネイチャーに寄付することができるようになります。あなたの部屋のスイッチを、社会をもっとよくするための寄付ボタンに変えてみませんか?

【参照サイト】エバーラスティング・ネイチャー

Photo by エバーラスティング・ネイチャー
Edited by Erika Tomiyama

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