一見、何の変哲もない倉庫のような建物。南仏の都市・アルルにある、Le Magasin Électrique(ル・マガザン・エレクトリック)」だ。以前は鉄道修理工場の一部であったが、アルルのデザイン研究室であるAtelier LUMA(アトリエ・ルマ)によってワークスペースとしてリノベーションされた。
この建物はバイオ材料からできている。ドアの取っ手は塩、壁はヒマワリの種、さらにろ過された尿から作られた染料も用いられている。しかも、これらの材料はいずれも地元アルルで調達されたものだ。
壁の素材として使われているヒマワリは、地元のヒマワリ産業から生まれた天然の副産物で、つぶした皮や繊維は単なる素材としてではなく、防音材としての機能も果たす。また、地元の塩田からとれた塩は、ドアの抗菌ハンドルとして使われている。新しい塩の使い方を実現するための技術は、地元の塩製造業者との共同開発によって実現したという。
そもそも、アトリエ・ルマはなぜ地元の素材に注目したのだろうか。また、地元の素材の可能性をどのように引き出し、活用していったのだろうか。
アトリエ・ルマのアーティスティック・ディレクターであるJan Boelen(ヤン・ボーレン)の言葉にその答えがある。英ガーディアン紙によると「私たちは、グローバル化されたサプライチェーンから、環境の再生に役立つ地域のエコシステムへと移行する必要があります。他の人が無駄と考えるかもしれないところに、私たちはチャンスを見いだすのです」
とボーレン氏は語っている。彼は、この考え方を「バイオリージョナル・デザイン」と呼んでいる。
アトリエ・ルマは、デザイナー、エンジニア、科学者、文化・工芸・人文科学・社会科学・イノベーションなど各分野からの専門家で構成されており、2016年の設立以来、地域にある素材の可能性を探求している。
ル・マガザン・エレクトリックのプロジェクトも、改装の3年前から、環境負荷の小さいバイオベースの素材を見いだすために、地元の資源、産業、廃棄物など利用可能な資源を徹底的に調査することから始まった。専門家チームは、互いの知恵を出し合い、尿から作られた染料からヒマワリの皮まで、地域のあらゆるものを対象に、調査、実験、検証を繰り返した。リノベーションは2023年の春に完成したものの、いまだ現在進行形の実験場だと考えられており、バイオベースの新素材の探求はこれからも続いていくようだ。
「バイオ材料×地元調達」は、輸送排出の抑制にもなるため、大きなCO2削減の効果が期待できる。また、地域の経済活性化や、持続可能な社会の実現にもつながる。この点において、アトリエ・ルマは、地元のあらゆるバイオ素材が、未来の建築環境の中で重要な役割を果たすことを、改めて証明したといえるのではないか。
このような事例を目にすると、これまで無価値に見えていた身の回りのものが、使いようによっては価値があるものに見えてこないだろうか。
今回のバイオ建築は実験的な取り組みであり、まだまだ事例も少なく、産業の規模も小さい。産業界のメインストリームにいかに食い込んでいくか、新しい産業として育てていくか、などはこれからの課題だろう。その課題を埋めるためには何が必要か。あるいは、このコンセプトを建築以外に応用するとしたら、どんな可能性があるか。
私たちの身近な地域や、関わっている業界の未来を考えるヒントにしていきたい。
【参照サイト】Atelier LUMA
【参照サイト】The ultimate eco building – made of salt, sunflowers and recycled urine
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Edited by Megumi