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気候危機問題に立ち向かうためには、人々をワクワクさせる創造的なアイデアや、人々に新しい視点を提供する創造的な表現とコミュニケーション、デジタル技術を活用した創造的なビジネスモデルの創出といった一人ひとりのクリエイティビティ(創造性)が必要なのではないだろうか。
そうした想いから、IDEAS FOR GOODは株式会社メンバーズとのシリーズ「Climate Creative」をお届けしている。今回お話を伺ったのは、三井化学株式会社の松永有理氏。
現在はグリーンケミカル事業推進室に所属し、バイオマスやリサイクルの取り組みのブランディングおよびマーケティングコミュニケーションを行う松永氏は、「MOLp」という会社のオープンラボ活動も立ち上げた人物。会社で働く研究者をはじめとする社員が「自身の仕事がどのように社会に役に立っているのか」を体感できるような場やコミュニケーションの場の必要性を感じ、立ち上げたという。
そんな松永氏に、「気候危機を化学式から読み解く」をテーマに話を伺った。
※以下は、株式会社メンバーズ萩谷氏・中村氏による松永氏へのインタビュー。
話者プロフィール:松永 有理(まつなが・ゆうり)氏
三井化学株式会社 グリーンケミカル事業推進室 ビジネス・ディベロップメントグループリーダー。2002年三井化学入社。食品パッケージなどの素材であるポリオレフィン樹脂の営業・マーケティングを経て、2011年よりコーポレートコミュニケーション部(広報担当)、2021年4月よりESG推進室、2023年6月よりグリーンケミカル事業推進室。2015年に組織横断的オープンラボラトリー「そざいの魅力ラボ(MOLp®)」を設立、B2B企業における新しいブランディング・PRの形を実践している。PRSJ認定PRプランナー。MOLp®の活動を通して2018年グッドデザイン賞ベスト100、2018トレたま年間大賞(テレビ東京WBS)、Japan Branding Awards2021「Rising Stars」賞受賞。
気候変動が人為的な問題で起こっているならば、「人間の力」で解決する
Q. 会社としてバイオマスやリサイクルに取り組む背景について教えてください。
気候変動の原因となっているCO2をはじめとした温室効果ガス(GHG)は、現在、世界では約340億トン、日本では約11億トンの温室効果ガスが排出され、その量はますます増えています。また日本の排出量は、世界の排出量の約3%を占めており、世界で5番目に多く排出している国であることも自覚しなければなりません。日本の企業として取り組まなければならないことであり、かつ貢献できるところが大きいと認識しています。
IPCCの報告書によると、2100年には世界の平均気温が6度近くも上昇すると言われています。日本でいうと、青森が東京になるようなイメージです。2100年には、おいしいリンゴやサクランボは食べられなくなるかもしれません。そう考えると、かなりリアルですよね。
上記のような地球温暖化は、人為的な活動が影響していることが科学的にも明らかになってきています。人為的な問題で起こっているのならば、人間の力で解決していかなければならない。そう考え、バイオマスやリサイクルの取り組みを推進しているところです。
社会全体でのCO2削減量に貢献することを目指すモノづくり
Q. 化学産業はどのような立ち位置なのでしょうか。
化学産業のGHG排出量はグローバルでみると約6%、日本においても5%強を占めています。化学産業の特異的なところは、炭素と水素が大きな原料である点です。炭素を少し反応させるとCO2になるため、エネルギー使用のほかに特異的なGHG排出が発生してしまいます。
たった数パーセントと感じるかもしれませんが、化学産業は大きなCO2排出源であり、これをいかに減らしていくかが課題です。化学産業の占める割合の大きさに責任を感じると同時に、炭素を扱っている我々だからこそ、その炭素を変えていくことにより、CO2排出量の削減に貢献できるのではないかとも思っています。
Q. 「炭素を変えていくこと」。具体的にどのような取り組みをされているのでしょうか。
三井化学ではカーボンニュートラルに向けた取り組みとして、2020年に自社のScope1,2のGHG排出量をニュートラルにすることを宣言しました。2030年には40%削減、2050年には80%削減を目指しています。どうしても20%分残ってしまうのですが、ここについてはCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage、二酸化炭素の回収・使用・貯留)などのカーボンネガティブな施策を通じてアプローチしていくつもりです。
さらに、素材屋である化学メーカーとして重要な貢献方法があります。それは、製品提供を通じてサプライチェーン全体の排出量の削減に貢献することです。モノを作れば必然的にCO2が発生するため、製品づくりは自社のScope1,2の排出量を増やすことにつながりますが、社会全体でとらえるとCO2排出量の削減に大きく貢献するような製品も存在します。
たとえば、太陽光発電や風力発電などはその好例です。ロングライフな太陽光発電の封止材や風力発電、リチウムイオンバッテリーの素材や部材を作ると、Scope1,2のCO2排出量は増えますが、社会全体のエネルギー転換が起こることによって社会全体のCO2削減に大きく寄与します。ほかにも、クルマの軽量化に貢献するプラスチック素材はクルマの燃費改善に貢献します。
こうした社会全体での削減のための貢献度はScope1,2には表現されないため、当社では「削減貢献量(Avoided Emission)」というものを採用しています。
つまり、私たちは自社で排出されるCO2自体の削減と、CO2削減に貢献する製品やサービスの提供による「削減貢献量」の最大化という2軸で進めています。
石油由来の炭素から、バイオマスの炭素へ
Q. 「バイオマス」に関してはどのような取り組みをされていますか?
現在、プラスチックは国内で約1,000万トン利用されていますが、そのうちバイオプラスチック(バイオマスプラスチック+生分解性プラスチック)は2021年時点で8万トン程度です。バイオマスプラスチックは、CO2排出量の削減と枯渇資源である石油の使用量を削減することが期待されるため、日本では2030年までにバイオマスプラスチック量を200万トンにすることが掲げられており、バイオマスプラスチックの生産を急速に増やすことが求められています。
三井化学では、「素材の素材まで考える」、「世界を素から変えていく」というキーメッセージのもと、バイオマスでカーボンニュートラルに導く「BePLAYER」とリサイクルでサーキュラーエコノミーに導く「RePLAYER」の2つを掲げています。
バイオマスへの大きな転換が必要となるなか、当社では日本ではじめて「バイオマスナフサ」を工場に投入し、あらゆるプラスチック製品や化学品をバイオマス化することに成功しました。
Q. バイオマスナフサの工場への投入は、これまでのアプローチとどのように異なるのでしょうか。
世の中には実にさまざまなプラスチックがあり、物性も異なるため、各製品をバイオマス化しようとしても、個別に開発する必要があるという課題がありました。そこで、これまでは石油由来の炭化水素を投入していたところに、生物由来(植物など)の炭化水素を、あらゆる化学品の原料を生み出す心臓部ともいえる「クラッカー」に投入することによって、そこから生産されるすべてのものをバイオマス化することにしたというわけです。
ポイントは、化学の最上流部分である「クラッカー」に投入しているという点です。これにより、そこから誕生する素材にはバイオマス由来のDNAが流れることとなります。
またこの製法の特長の一つは、これまでの製品と全く同じ物性を生み出すことが可能な点です。化学式レベルまで遡ってしまえば、投入される炭素「C」と水素「H」が石油由来か生物由来であっても「C」は「C」に違いないため、物性に影響がでないためです。
燃焼により発生するCO2は、バイオマスが成長過程で固定化した大気中のCO2量と同じであるという考え方にもとづくと、このアプローチで作られたプラスチック素材は石油品に比べおおよそ60%程度のCO2の削減が可能になります。
バイオマスとその他の由来の原料を切り分け、バイオマス原料100%から100%のバイオマス製品を作る「セグリゲーション」という方法も当社で実施していますが、原料が混合してしまう際に有効な手段である「マスバランス方式」のアプローチも重視しています。
Q. マスバランス方式についても教えてください。
マスバランス方式とは、原料を混合して生産する際に、原料の投入量に応じてできあがった製品にその原料特性を割り当てる手法です。たとえば、石油由来の炭素とバイオマス由来の炭素が1:1でクラッカーに投入されたら、そこからできた製品はバイオマス由来が50%含まれた製品になりますが、比率ではなく製品の半分量を100%バイオマス由来品とみなすことができる方式です。個別の製品ごとにみると実際の含有量と異なる可能性があります。しかし、全体でみた場合のインプットとアウトプットの量は同じだという考え方に基づき、監査・認証済みの手法で、原料の投入量と同等量(実際は投入量以下になります)だけ任意に製品にバイオマスの割り当てを行います。
バイオマス化のアプローチには「セグリゲーション方式」による製品づくりもありますが、現時点ではほんの少しのバイオマス製品しか市場に出回らない結果となっています。一方、マスバランス方式であれば、一度に多様な製品をバイオマス化することが可能であり、製品の物性は石油品と全く同等のため、より多くの人に届けることができ、その結果、多くの人に知ってもらい、需要を喚起することが可能です。また、既存の設備を有効活用できるところも大きな利点です。マスバランス方式を活用し、社会により多くのバイオマス商品を届けることによる社会への貢献は非常に重要だと考えています。
ちなみに、マスバランス方式は化学以外のところではすでにさまざまなところで用いられており、例えば、FSC認証の紙をはじめ、パームオイルやカカオ豆(フェアトレード)などで活用されており、再エネなどもマスバランスと似た仕組みです。マスバランス方式に関する詳細は、WEBサイトでも紹介していますので、是非ご覧になってください。
リサイクルがしやすい社会づくりに必要なもの
Q. プラスチックのリサイクルについての課題は何でしょうか?
日本では、廃プラスチック822万トンのうちリサイクルされているのは、マテリアルリサイクルは21%程度、ケミカルリサイクルは3%程度、サーマルリサイクルが50〜60%程度です。
プラスチックのリサイクルにおける現状の最も大きな課題は「リサイクルしづらい」ということです。その要因の一つは、リサイクルされた後の使い道の少なさです。マテリアルリサイクルでは、もともと別の目的を持ったプラスチック製品であったものを素材としていること、同じプラスチック種でも物性の異なるものが混ざってしまうことで物性がぶれてしまいます。
そのため、さまざまな用途で使うことは難しく、比較的影響のでない道路の工事現場のコーンや植木鉢などの利用に限られているのが実情です。また、ものづくりにおいて「連続生産」は欠かせませんが、ほんのわずかな物性のずれや異物混入でも生産は止まり、製品づくりが中断されます。こういったことも、多様なものが混ざってできたリサイクルの原料を使う難しさです。
また、そもそもマテリアルリサイクルする際に、さまざまなプラスチックが混ざっているということも難しさを生む一つです。ヨーロッパでは、商品ごとに素材別で番号が振られていることもありますが、日本ではプラスチック製品の廃棄ルールはプラマークとペットボトルマークの2種類しかなく、素材別の回収が進んでいません。
これらに対するアプローチとしては、一つは、現在はごちゃまぜであるプラスチックをきちんと種類ごとに分けてその素材だけにすること、もう一つは、いろんなものが混ざっていても使えるようにすることです。前者については「どう分けるか」のため、「集めるときに分ける」か「集めてから分ける」の2パターンです。「集めるときに分ける」場合だと「仕組み」、「集めてから分ける」場合だと「テクノロジー」が必要となってきます。
当社のRePLAYERは、廃プラなどの廃棄物を資源と捉え、再利用していく取り組みです。新素材やリサイクルシステム、バリューチェーンの開発を通じて、循環経済の輪を大きく、太くしていくべく取り組んでいます。
Q. 生産段階で製品に利用する素材を少なくすることも重要そうですね。
集めてから分別する仕組みをうまく機能させるためにも、複合素材ではなく単一素材である「モノマテリアル化」は重要です。私たちの身の回りにあるものは、多くが複合素材でできています。たとえば、お菓子の包装ひとつとっても、PETやナイロン、ポリエチレン、ポリプロピレン、アルミや紙が複合的に使われています。これらは途中で剥がれてしまわないようそれぞれの素材がしっかりと接着されているため、素材別に分けようとするととてもエネルギーがかかります。これが単一素材でできると、その後のリサイクルがしやすくなるというわけです。
しかし、「機能」や「価値」を加えようとしたからこそ複合素材が使用されています。賞味期限を伸ばす、香りを長持ちさせるなどといった目的を叶えるために、それぞれの素材がもつ機能を生かして多層化・複合化されているため、それを一つの素材で実現させることは極めて難しくもあります。
仮にパッケージの機能をなくすとすると、今だと1週間程度もつ食品も数日しかもたなくなります。そうすると食品ロスが増えてしまう可能性もありますし、逆に食品添加物をより加えることになるかもしれません。こうなると、新たに別の問題を引き起こす可能性もあります。このように、一つの側面からだけでは解が見つからず、なかなか難しい問題であると感じます。
Q. マテリアルリサイクル以外には、どのような取り組みをされていますか。
回収したプラスチックが再利用しやすいように、印刷されたインキを除去する技術開発や、この素材が何からリサイクルされたものなのかを「見える化」するような、ブロックチェーンの技術を使った資源循環プラットフフォーム作りなども行っています。
また、廃プラなどの廃棄物からプラスチック原料に戻すケミカルリサイクルのアプローチも進めています。廃プラに高温の熱をかけることで、油やガスの状態に戻し、新たなプラスチック原料として生まれ変える方法です。当社では、廃プラを高温の熱にかけ液体の炭化水素の状態に戻し、そうしてできた廃プラ由来の炭化水素を化学の心臓部である「クラッカー」に入れることで、リサイクル由来特性をもった素材・製品をつくろうとしています。他にもマイクロ波を用いてガス化させてプラスチックの原料にする研究も進めています。
しかし、ケミカルリサイクルだけで全プラスチックの需要をまかなうことは不可能といえるでしょう。
今後は、石油由来のナフサ、バイオマスナフサ、リサイクル由来のナフサ、これらの炭化水素のポートフォリオをどう組んで市場に出していくかが重要となりそうです。そうなるとより一層マスバランスの考え方が重要になってきます。
Q. さいごに、将来の脱炭素社会に向けたメッセージをお願いします。
「日々の営みが未来に対し、より再生的である状態をいかに作るか」が、私たちのパーパスであり、重要な問いであると考えています。地球が沈みかけた船だとすれば、その沈みかけた状態で次世代に渡すのではなくて、自分たちで修理して海上に戻すといった、より「再生的」な状態にして、次世代へバトンタッチする必要があるのではないでしょうか。
生活者の皆さんが手に取るものが、知らず知らずのうちに、より社会にとって良いものに変わっていけることが理想です。そこに貢献する私たちは「黒子」ではありますが、今後も素材メーカーとしてリジェネラティブな社会の実現に向け、素材の素材から見直すことでけん引していければと思います。
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