船の上では、患者も「同志」。パリ・セーヌ川に浮かぶ精神科病院ボート

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「なんだか朝起きたくない、やらなきゃいけないことがあるのに無気力、頼れる人が思いつかない」──そんなふうに、あなたや、あなたの周りに、メンタルヘルスの問題を抱えている方はいないだろうか。

コロナ禍を経て、孤独感や居場所の無さ、さらには、過剰な仕事や人間関係のストレスから精神疾患になる人々が増加している。

世界では、実に9億7,000万人以上の人々、すなわち8人に1人が精神疾患を患っているという。しかし、十分なケアがなされなかったり、暴力や拘束などの人権侵害や不当な差別に苦しんだりする人々も多いのが現状だ(※)

そんななか、フランスの首都・パリでは、セーヌ川に浮かぶ、ヨーロッパ唯一の精神科病院ボートである「ラダマン号(L’Adamant)」が話題をさらっている。

ラダマン号は、フローティング・デイケアセンターとでも呼べばよいだろうか。月曜から金曜まで年間を通して約50名の患者を受け入れ、日帰りでの精神的なケアを行っている。

ボートはチーク材とガラスで造られており、日中の光を採り入れる大きな窓もエレガントだ。デッキには診察室、調理室、絵画のスタジオがあり、階下には図書室やリラックススペースが用意されている。日常から切り離された、セーヌ川の上の癒しの場だ。

Nicolas Philibert’s documentary On the Adamant. Photograph: TS Production/Longride

Nicolas Philibert’s documentary On the Adamant. Photograph: TS Production/Longride

こうしたボートのデザインも、患者、医療スタッフ、建築家が話し合って決めたのだという。ラダマン号では、患者と医療スタッフはお互いが治療に参加する「共同治療者」と位置づけられ、その関係は<平等>なのだ。彼らはよき人間関係こそが治療の中核になると考えている。

そのうえで、患者たちは、ダンスや絵画、楽器演奏、演劇などの芸術活動による自己表現を楽しんでいる。また、料理や書類の記入など生活上のこまごまとした困りごとも作業療法の一環として手助けしてもらうこともできる。

ラダマン号はフランスの映画監督でありドキュメンタリー映画の巨匠であるNicolas Philibert氏によって映像化され、ベルリン国際映画祭の最高賞であるゴールデンベア賞も受賞している。

「私たちは、患者ではなく、乗客です。スタッフも乗組員で、みんな同じ船に乗っているのです」「白衣がないから、誰が患者で誰が医療者かわかりません」

「乗員」たちはこのようにフランスのメディアReporterreに対して語っている。彼らにとって、ボートはもはや第二の家であり、大切な居場所なのだ。

精神疾患になることは、人生における大きな試練であることは間違いない。疾患を持った人は、自ら命を絶ってしまうという悲しい事態も少なくはない。そんな苦しみの中でも、「同じ船」で航海する仲間たちに囲まれ、共に生きるコミュニティがあることは、どんなに大きな心の支えになるだろうか。

患者を管理するのではなく、人間のあたたかさを医療の中心に据えたら、患者も医療者も心がよりよい方角へ向かうのだ。人間味に溢れたこんなアイデアを、私たちの社会にもぜひ取り入れてみたいものだ。

WHO公式ホームページ Mental Disorder Key fact
【参照サイト】À bord de ce bateau-hôpital psy, patients et soignants sont « tous égaux »
【参照サイト】SUR L’ADAMANT, un film documentaire de Nicolas Philibert, Bande-annonce
【参照サイト】Psychiatrie: Sur l’Adamant, bateau hôpital psychiatrique, on soigne autrement
【参照サイト】On the Adamant review – Berlin winner offers art and soul aboard a floating Parisian day-care centre

Edited by Erika Tomiyama

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