折り合うコツは「ぬる~っと」やること。100人の市民がつくるミュージカルに学ぶ、D&Iのヒント

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自分らしさって、どうすれば見つかる?自分の「らしさ」と相手の「らしさ」がぶつかったときは?どうしても受け入れられない人がいたら、どうすればいい?

ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)が叫ばれるなかで、私たちは今、これまで以上に「自分らしく生きること」「どんなときも他者の『らしさ』を上手に受け入れること」を求められている。

多様性や個性を否定したいわけじゃない。それでも時々、どうすればいいのか、何を考えたらいいのかわからなくなる──そんな人もいるかもしれない。

「自分らしさ」とは何なのか、個々人が個性を活かし合う社会とはどのようなものなのか。多様性について考えるヒントを得るため、今回IDEAS FOR GOODが訪ねたのはNPO法人・コモンビートの代表を務める安達亮さんだ。

同法人は、背景の全く異なる市民100名で作り上げるミュージカルプログラムなど、様々な活動を通じて、多様な価値観を認めあえる社会を目指している。

ミュージカルプログラムの詳細や、自分らしさの探し方、他者との折り合い方まで、様々な内容について伺った取材のようすをお届けする。

今回の取材は、ソーシャルグッドな多世代型スナック“SNACK LIFE IS ROSE”、ソーシャルアクションを独自のコインで可視化・価値化するサービスを行うactcoinがともに企画するシリーズイベント『KANPAI for GOOD supported by actcoin』(※)の拡大版・公開取材イベントとして行われた。

※ 『KANPAI for GOOD』とは:月に1回どこかの水曜日を“ソーシャルウェンズデー”と題し、スナックでお酒を片手にソーシャルグッドな活動を行うゲストにお話を伺う企画。チケット代やドリンク代の一部は、登壇いただいたソーシャルグッドな活動を行う団体へ還元。ゲストのお話を聞きながら楽しく飲むだけで、自然と社会貢献ができる仕組みとなっている。

話者プロフィール:安達亮(あだち・りょう)

コモンビート安達亮さんコモンビート2代目理事長(2014〜)。1981年生まれ。大学卒業後、企業に就職することに違和感を抱き、多様な価値観と出会うべく2004年に地球一周の船旅「ピースボート」に乗船。船上でコモンビートの活動に出会い、共感。帰国後すぐコモンビートに参画し、ミュージカルプロデューサーを経て2005年に事務局長に就任。2014年に理事長となる。

99人の他者を知り、自分らしさを知る

Q.NPO法人・コモンビートと、その活動について教えてください。

コモンビートは、2004年に立ち上がったNPO法人で、ダイバーシティ&インクルージョンをテーマにしています。僕たちの目的は、「個性が響きあう社会」をつくること。そのために、ダイバーシティを学ぶプログラムの提供や、オンライン留学プログラム、字幕や音声サポートを使い障害の有無にかかわらずミュージカルを楽しめるようにする「Musical for All」などいろいろな活動をしています。

その中でも力を入れている活動が「100人100日ミュージカル」です。

このプログラムは、年代や国籍、性別、職業、障害の有無にかかわらず様々な属性の18歳以上の方が100人集まり、土日祝日に練習をして、100日後にミュージカルを上演するというもの。

コモンビート安達亮さん

安達さん

上演するミュージカル作品のテーマは、異文化理解です。この作品の特徴は、それぞれの役に役名が付いていないこと。つまり、「全員主役で、全員脇役」なんです。

異文化理解がテーマの作品を、自分とは全く違う99人の人たちと作り上げる。その過程でまさに異文化体験をしてもらうことで、違いを認め合うスキルや考え方を学んでもらっています。こうした体験をした卒業生たちが日本全国に増えていくことで、僕たちが目指している、違いを活かし合う社会にだんだん近づいていくのではないかと考えているのです。

これまでに延べ7,000人が舞台に上がっており、総観客動員数は23万人です。市民ミュージカルとしては、日本最大級の規模になりますね。

ミュージカルの様子

安達さん「ダンスや歌の講師、舞台スタッフは、全部ミュージカルのOB・OGたち。わざとプロフェッショナルを現場に入れておらず、卒業生たちが新しく舞台に上がる後輩たちを応援する仕組み、いろんな人が参加できる仕組みを作っています」

また、「違いを認め合う」ことに加え、「ありのままの自分に戻る」「自分らしさを受け入れる」こともこのミュージカルの目的の一つです。ミュージカルを作る過程では、ダンス・歌の練習をすることはもちろんですが、様々なワークを通じて、徹底的に自分と向き合い、「自分らしさ」を探していきます。

Q.どのように自分らしさを探求していくのですか?

自分らしさを探す方法は結構単純で、とにかくめっちゃ話します。例えば、自分について話す機会をたくさんつくったり、「違いって何だと思いますか?」「このシーンはどういうシーンだと思いますか?」といった問いを100人に投げかけ、グループで5分間喋ってもらったり。そうやって、しょっちゅう喋る機会を作るんです。

「俺はさぁ、こう思うんだよね」「私はさぁ、こんな風に感じたんだよね」そんなふうに「自分はさぁ」と話し出すことは、まさに自らを表現すること。そして、他人の話を聞くのは、その人について知ることであると同時に、違いを知り、自分を知ることでもあります。自分が持っているものと、他者が持っているものを比べていくことで、「相対感」が生まれ、自分の位置がわかりますから。

こうして互いの違いを発信し、受け入れ合う作業を100日の中に練り込んでいくのです。参加者からは、「本番1ヶ月前のタイミングなのにまたワーク?なんで踊る練習をさせてくれないの?」って言われるぐらい(笑)とにかく喋る時間をつくっていますね。

100人100日ミュージカル

争いを乗り越えるコツは「ぬる~っと」やること

Q.メンバー同士でも、考え方の違いからぶつかることもあると思います。違いによって生まれる争いやしがらみをどうやって乗り越えていますか?

大事なのは、「ぬる~っと」やること。決めすぎず、白黒つけないことですね。

考えがぶつかったときは、どちらかの意見を取るのではなく、Aさんが言っていることの〇割と、Bさんが言っていることの△割を合わせ技にする。もしくは、2つの選択肢から選ぼうとするのではなく、3番目の選択肢をつくる。

そんなふうに「ぬる~っと」曖昧な状況をわざとつくりだすことを大切にしています。そうすると、「まあいっか」と思えるし、ある種相手を「放っておける」ようになります。「どっちでも良いじゃん」と考えられるようになれば、自分も相手も楽になりますよね。

また、「距離を離す」という手法をとることもあります。例えば、ある問題に関して意見が分かれてヒートアップしてしまったら、その人たちにはミーティングを1回お休みしてもらう。もちろん、その人たちがいないところで結論を出すことはしません。一度期間をあけ、冷静になってもらったところでミーティングに参加し、改めて意見を言ってもらう、ということはよくありますね。

Q.誰かが自分らしくいられることと、私が自分らしくいられることが、ぶつかってしまうこともあると思います。互いの「らしさ」を認め合うために何が必要だと思いますか?

ちょっとした妥協、「自分らしさ」を失わない程度に折れることですかね。「自分らしさ」というと、絶対に自分の形を変えないことのように思う人が多いと思います。確かに、9割自分を変えてしまうと自分らしくないかもしれない。ですが、3割は変えるけど、7割自分が残るとしたら、それはまあまあ自分らしいということになると思うんです。

相手を変えることはできません。だから、互いの「らしさ」がぶつかったときは、自分の「らしさ」をちょっとだけコントロールする。自分らしさの割合や濃淡を変える。そういうふうに、「自分で選んで」自分らしさに変化をつけることで、折り合うことができるようになると思います。

ミュージカルの練習のようす

練習中の一コマ

逃げても良い。大事なのはあきらめないこと

Q.コモンビートでは、D&Iをどのように捉えていますか?

D&Iと言うと、ジェンダーやセクシュアリティ、国籍、障害の有無といったマイノリティ・カテゴリーにフォーカスが当たってしまい、そこに当てはまらない人たちには関係ないと思われがち。ですが、同じ国に住んでいても習慣や考え方は全く違うわけですから、1人1人に関係のある話なんですよね。

コモンビートでは、多様性は誰しもに関わることだと示すため、「D&IはU&I」──私とあなたのことですよ、と伝えています。

Q.多様性を認めたいのに、どうしても誰かを受け入れることができないとき、どのような考え方が必要でしょうか?

僕は、誰かとぶつかったとき、多様性を受け入れられなかったとき、自分の心を守るために一度逃げたり、距離をとったりするのは悪いことではないと思っています。自分が成長したどこかのタイミングで、その当時に向き合えなかったことに向き合えるのであれば、それで良いと思うんです。

例えば、「あんなふうに接してくるなんて、めっちゃむかつく」「理解できない」と遠ざけてしまった人がいるとします。同じような人が10年後、20年後、自分の目の前にやって来たとき、「今回は受け入れてみよう」と努力してみる。仲良くなれなくても「ちょっと置いておく」。時を重ねて様々な考えに触れ、それができるようになっていれば良いと思うんです。

線を引いて排除する。関係性を閉ざす。その瞬間に多様性は実現できなくなります。だからこそ、僕はD&Iにおいて「あきらめる」という言葉を使いたくないんです。逃げても、距離をとっても良い。時間をかけても良いから、あきらめることだけはしてほしくないですね。

コモンビート安達亮さん

『KANPAI for GOOD』イベント中の安達さん

編集後記

本番前の舞台袖。まさに今舞台に上がろうとしているミュージカルのメンバーたちに、安達さんは言う。

「じゃあみんな、今からバラバラになれる?」

同じ方向を向いてまとまったチームに向けて、あえて個に戻るよう伝えるのだ。

「ミュージカルをやるうえでは全員が協調する、調和することも必要です。それでもやっぱり、みんなには自分らしくいてほしいんですよね。だからいつも僕は言います。『バラバラでいながら調和して』『調和しながらバラバラでいて』って。それって超パラドックスですけど、本当に大事なことだと思うんですよね」

そう、安達さんは話していた。

同じ目的に向かって走る仲間でも、別の方向を向いていて良い。同じ行動をしながらも、別々のゴールを掲げていて良い。誰かのことを受け入れられないまま、共存していても良い。

そう思うと、なんだか少し気が楽になる。

個でありながらともにあり、ともにありながら個であるために、私たちは、相手との距離を変え、自分らしさの割合や濃淡を変え、相手とかかわる時間軸を変え……ともに影響し合い、形を変えながら、生きていく。

「全員一丸となって頑張ろう」でも「心を一つにしよう」でもない舞台袖での一言は、多様性について悩んだことのあるすべての人へのエールなのかもしれない。

【参照サイト】NPO法人・コモンビート

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