コロナ禍を経て、不安やうつといった悩み、自殺の増加など子どもや若者のメンタルヘルスは危機的だ。一方、そうした子どもたちを支える学校の教員も、精神疾患が離職理由の過去最多を占めるなど、そのメンタルヘルスの状況は深刻である(※1)。
「教師の働き方改革」が叫ばれているが、学校は果たして持続可能なのか──心配に思っている人々もいるのではないだろうか。
そんななか、米国、ニューヨーク市は思い切った教育政策を打ち出した。幼稚園から高校まで、すべての公立学校で、心の健康を維持するために毎日2〜5分間の「マインドフルネス呼吸法」を実践することを義務づけたのだ。
特筆すべきは、各学校に一人以上の教員がマインドフルネス呼吸法の能力開発をできるよう、ニューヨーク市が教員向け訓練プログラムを展開している点だ。外部団体がマインドフルネスを教えるのではなく、教師がマインドフルネスを身につけ指導すれば、単なるイベントに終始せず、マインドフルネスの習慣化やほかの教育方法への応用にもつながりやすいだろう。
マインドフルネスは、現在の瞬間に意識を集中させる瞑想の一形態であり、その実践は脳の構造や機能にポジティブな影響をもたらすことが研究で示されている。特に、脳の海馬という部分が活性化されることが確認されており、この海馬は記憶や感情の調節に関与している。
そのため、トラウマや大きなストレスを経験した子どもや若者にとって、マインドフルネスの実践は感情の安定やストレスの軽減に役立つ可能性があるのだ。また、近年の研究では、マインドフルネスが心の健康を向上させるだけでなく、学習や集中力の向上にも寄与することが示唆されている。
こうした研究を受けて、すでに英国、カナダ、インド、オーストラリアなど世界各地で学校現場にマインドフルネスを取り入れる動きを活発化させている。
オーストラリアでは、政府から資金援助を得た団体(Smiling Mind)がアプリやプログラムを開発するなど、包括的なSEL(社会性と情動の学習)の一環として、家庭と学校でマインドフルネスに取り組めるよう仕掛けている。
さらに、教師がマインドフルネスに取り組むことで、教師たちのウェルビーイング、つまり心身の健康や幸福感が向上するとの報告がある。実際、教師のウェルビーイングに関する研究によれば、マインドフルネスは教師のウェルビーイングに持続的な変化をもたらす方法として確認されているのだ(※2)。
子どもだけではなく、教師にもよい効果が得られれば、学校全体が自分自身を大切にし、お互いをいたわり合う雰囲気に包まれ、学習や働き方にもプラスに作用するだろう。
今回、マインドフルネス呼吸法の義務化という決断に至ったニューヨーク市では「公教育はマインドフルネスを教えるべきか」が議論の的となった。学校は数学の問題の解き方や出席率を上げることに力を傾けるべきだとの批判が集まったのだ。
「学校全体がウェルビーイングな場となれば、学業成績にもよい影響が出てくる」と考えるのは、楽観的すぎるのだろうか。いや、そもそも数学の正しい答えを教えるだけが21世紀の教育なのだろうか。マインドフルネス教育は、教育を学問、感情、精神、身体、社会といった包括的なプロセスとして捉えようとする、新たな考え方にフィットしている。そのように教育を捉え直したほうが、よりよい学びの未来が開けるだろう。マインドフルネス教育の持つ可能性に今後も注目していきたい。
※1 文部科学省(2023)報道発表「令和4年度学校教員統計中間報告(学校教員統計調査の結果中間報告)」
※2 A Systematic Review of Evidence-Based Wellbeing Initiatives for Schoolteachers and Early Childhood Educators
【参照サイト】Mindful Breathing Is Coming to New York City Classrooms This Fall
【参照サイト】Smiling Mind公式ホームページ
【参照サイト】Exploring Mindfulness-based School Programs Around the World
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Edited by Erika Tomiyama