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自然環境の危機から生物多様性の危機、食料の危機、安全保障の危機、人権の危機まで……さまざまな危機をもたらしている気候変動。この問題に立ち向かうためには、人々をワクワクさせる創造的なアイデアや、人々に新しい視点を提供する創造的な表現とコミュニケーション、デジタル技術を活用した創造的なビジネスモデルの創出といった一人ひとりのクリエイティビティ(創造性)が必要なのではないだろうか。
そうした想いから、IDEAS FOR GOODは株式会社メンバーズとのシリーズ「Climate Creative」をお届けしている。今回は、株式会社ゴールドウインで「ニュートラルワークス.(NEUTRALWORKS.)」事業部長を務める大坪岳人氏に話を伺った。
※以下は、株式会社メンバーズ萩谷氏・中村氏による大坪岳人氏へのインタビュー。
話者プロフィール:大坪岳人(おおつぼ・がくと)氏
株式会社ゴールドウイン ニュートラルワークス.事業部長。2004年ゴールドウイン入社。「ザ・ノース・フェイス」のアパレル部門のマーチャンダイザーとして素材開発から製品企画を担当したのち、ディレクターとして企画・マーケティングなどの全体統括に従事。21年4月より「GET YOU READY」をタグラインとした、ココロとカラダをニュートラルに整えいつでも“READY”な状態へとサポートするブランド「ニュートラルワークス.」の事業部長に就任し、ブランド構築を牽引している。
“スポーツ会社”から“アウトドア会社”への転身
Q. はじめにゴールドウインについて教えてください。
ゴールドウインは、スポーツアパレルやアウトドア用品の製造・販売を行う会社で、自社ブランドである「Goldwin」のほか、「ザ・ノース・フェイス」「エレッセ」「ヘリーハンセン」などの海外ブランドとの商標権を取得し、ウェア・用品を製造・販売しています。現在私が事業部長を務める「ニュートラルワークス.」もゴールドウインが展開する自社ブランドの一つです。
以前はスキーやテニス、アスレチックなどいわゆるスポーツ分野がメインで、スキー用品などに代表されるようなシーズンものは特に、シーズンごとにデザインを一新して市場投入し、シーズン後には在庫処分をするような短いサイクルの販売形式をとっていた部分もありました。しかし、業務形態が卸型ビジネスから自主管理売場の実需型ビジネスへ展開していったこともあり、現在はなるべく無用なモデルチェンジはせず、同じ製品を長く販売することにも努めています。
楽しみながら緑の地球を守る「GREEN IS GOOD(グリーン イズ グッド)」
2008年よりゴールドウインでは「GREEN IS GOOD(グリーン イズ グッド)」という標語を掲げるようになりました。もともとノース・フェイスやヘリーハンセンなどアウトドアブランドでは当たり前のようにあった「自分たちのフィールドを大切にしよう」という考え方から、「グリーン イズ グッド」というテーマに辿り着きました。「物は命あるもののため、いつかはなくなってしまうが、捨てずに愛着以外は循環させよう」というコンセプトで、三つのキーワードを掲げています。
一つは、環境負荷の低い素材を使おうという「GREEN MATERIAL(グリーンマテリアル)」。二つ目は、製品を捨てずに回収して再利用するサイクルを作ろうという「GREEN CYCLE(グリーンサイクル)」。着終わったウェアのほとんどが捨てられていることを受け、せめて回収できるものは回収し再資源化しようと取り組みを始めました。そして三つ目は、大切に使おうという「GREEN MIND(グリーンマインド)」。そもそも、一つのものをどうやって大切に使い続けるかということですね。この恵比寿の店舗にもリペアコーナーがありますが、これは「その製品を使い続けられる限りは修理して使っていきましょう」というポリシーから作られたものです。
私自身も2004年から企画担当者として、なるべく環境に負荷をかけない製品や店づくりを意識して取り組んできましたが、回収や微細な素材転換だけでは十分ではないと感じるようになりました。
そこで大きく二つの方向性で取り組みを始めました。一つ目は抜本的に材料を見直すこと。機能的なものをつくるために、やむなく石油由来のものを使うのではなく、同じクオリティのものを非石油由来の原料から作ろうと考えたのです。そして二つ目は、生分解できるようにすること。やはりマイクロプラスチックの問題など、アパレル業界が環境に与えるダメージは大きく、生分解への取り組みは不可欠だと感じました。
そういった背景より、ゴールドウインでは2015年より「Spiber(スパイバー)社」と共同開発をはじめ、Spiberの繊維による製品開発を行いました。Spiberが開発した「Brewed Protein™️繊維 」は、微生物を使った発酵プロセスで作ったタンパク質からできており、生産における環境負荷が小さいうえに、素材自体も土に還るため、循環させることが可能です。また、デザインにおける自由度も高く、こういった素材をもっと使っていくべきだと強く感じ、現在も推進しています。
お金では買えない「あいだ」にウェルビーイングは宿る
Q. 現在事業部長を務めるニュートラルワークス.についても教えていただけますか。
ニュートラルワークス.は、ココロとカラダをニュートラルな状態に整え、いつでも動き出せる “READY” な状態へとサポートすることをコンセプトにしたブランドです。スポーツの可能性を広げていきたいという想いも込められており、競技スポーツの聖地である「外苑前」に第1号店を構え、スポーツをする前後や観戦の行き帰りに、競うだけでなく「整える」ことができるような場とライフスタイルの提案をしています。(1号店は現在は閉店しています)
実はニュートラルワークス.のブランド自体は私がジョインする前から存在しました。コロナ禍でコンセプトを伝えるのに苦戦していた一方で、「このブランドはより多くの人が求めているものではないか」という想いもあり、2021年からショップ事業からブランド事業へのリブランディングを担うことになりました。
リブランディングするにあたり、まず行ったのが「ココロとカラダが整った良い状態とは何か」を考えることです。ヒントを求め、ウェルビーイングに関するさまざまなセミナーに参加しましたが、ウェルビーイングは考え方が近しいはずなのに何か腑に落ち切りません。その理由を思案していたところ、そこで言われていたウェルビーイングが「私のための私のいい状態」を指し、常に自分が基軸だということに気づきました。
しかし、本当のウェルビーイングは、自分のことをよくするのではなく、相手にとっていい状態にすることではないでしょうか。自分以外の人や地域、環境などがよくなって初めていい状態になるのではないかと気づいたとき、一見自分のココロとカラダにとって、環境や地域への取り組みが関係ないように思えますが、実はつながっているのだと改めて認識しました。
Q. スポーツと日常の間や、仕事とプライベートの間、人と環境の間など、何かと何かの間(あいだ)にこそウェルビーイングが宿る、それらの関係性を整えることが、ココロとカラダを整えることにつながるのでしょうか。
まさにその通りです。「間を整える」ことを考えたとき、時間・空間・人間など「間」がつくものは、お金で買えないものが多いことに気づきました。そして、実はアウトドアには時間・空間・人間がそろっています。
皆さんもキャンプなどで、得も言われぬ空間や、都会で感じるのとは異なる時間を体感したことがあるのではないでしょうか。また、自然に入ると、自分がどういう人間かなど、いろいろと考えを巡らせたりすることもあるでしょう。そう考えると、アウトドアの体験は「間」を整えるのにすごく大事だと気づきました。
また、相手があってはじめてウェルビーイングになるのであれば、ニュートラルワークス.のコンセプトである「ココロとカラダを整える」ためには、環境負荷が小さいことや地域に貢献できることも大切だということです。
現在ゴールドウインでは、2030年までに環境負荷が小さい素材を使用した製品を90%以上、50年までに100%にするという目標を掲げていますが、30年後である50年に100%にするのでは手遅れかもしれないと感じます。
私たちのように後から出てきたブランドであれば、はじめから100%でできるのではないかと考え、基本的には環境に配慮された素材(基準に合わないものもある都合で現在は95%程度)を使ったものづくりを行っています。
人々の「意識」を変えるブランドに
Q. 95%が環境に配慮した製品というのはすごいですね。
しかし、ブランドとしての規模がまだまだ小さいため、私たちのような小さなブランドが一生懸命やったところで、ほかの多数のメーカーが環境に配慮せずたくさん販売したら意味がないのではないかという声も上がります。
環境に対する影響などのインパクトを計測し可視化することは非常に重要ですが、それを出せば出すほど、たとえ95%が環境に配慮した製品だとしても、その効果はたかが知れていると思えます。数値のインパクトは当然重要ですが、「コミュニケーション」で人の意識を変えていくことこそ私たちにできることだと考えています。
ついこの間まで「雨具」としてしか認識されていなかったジャケットが、今は日常的に着るのが普通になっている。スーツを着た人は、かつてはリュックなんて背負わなかったかもしれませんが、今では普通に見かけますよね。
要は、物自体が変わったのではなくて、人の意識で変化が生まれているのです。私たちもコミュニケーションを通して、少しずつでも人の意識を変えることができるのではないかと信じています。
Q. コミュニケーションにおいて意識していることはなんですか?
一つは、現実に起きていることを認識できるように正しく伝えることです。ただ、事実を認識してもらうことが大事だと思う反面、ポジティブに人のマインドセットを変えていきたいとも思っています。危機的なことではありますが、なるべくポジティブに捉えてもらえるようなコミュニケーションを意識しています。
また「誰のためにやるのか」を考えることも大切にしています。「未来のため」や「自分の子どものため」となると、人はすごくシンプルに行動できるようになる。意外と自分のことは犠牲にできても、子どものことはちゃんとしたりするものです。近い人たちでいいので、身近な人が喜ぶことに繋げられるような、そんなコミュニケーションに変えていけるといいのかなと思っています。
たとえば、漠然と「100年」と考えるとすごく長く感じますが、実は100年という時間は自分が知っている人でつながるスパンです。おじいちゃんやおばあちゃん、娘や孫など、この先会うかもしれない人たちが生きる間で100年が経ってしまうと考えると、全然遠くない未来だと感じませんか。そうやって、身近な人から考えていくことがポイントだと思います。
加えて、相手を考えることは、ビジネスに立ち返ったときにも大切になります。自分にだけいいものや、その瞬間的な利益のためだけにいいものは、必ず終わりが来ます。一方で、本質的に誰かにとっていいものは、長く生活者に愛され続けるものが多く、40〜50年続いているブランドは、きっとそういった製品がいくつかあるはずです。
ニュートラルワークス.は始まったばかりのブランドではありますが、そうやって長期にわたって人にとっていいものを提供していきたいと思っています。
Q. 「伝える」ために意識していることはありますか?
究極、何事も体験しないと伝わらないと思っています。私はウィンタースポーツが好きでよく滑りに行くのですが、年々ゲレンデの雪がなくなっていくのを目の当たりにし、気候変動の影響を受けていることを強く実感しました。ふと「この景色は20年後も見られるのだろうか」と想像したときに、私の子どもが今の自分と同じ歳になるころには、この雪の景色が見られないことに気づき、切実な課題だとリアルに感じ取れました。
もし私が雪がなくなる映像をスライドショーで見たとしてもおそらくピンとこず、遠いどこかで雪がなくなっているとしか感じなかったと思います。でも、本当の危機を体験することは避けたいですよね。だからこそ、わかりやすく「体験できる機会」は大事だと思っています。
また、コミュニケーションをするうえで「一緒にやる」ということもすごく大事だと考えています。メッセージを伝えたい人と一緒にやることで、一方通行のコミュニケーションにならず、感じたことや効果を共有することができます。
最近、ニュートラルワークス.では「プロギング」を始めました。みんなでランニングをしながら周辺地域を綺麗にすることで、「私たちが綺麗にしました」という爽やかで前向きな形にできると思ったのです。しかも、ごみを拾いながらのランニングや人と会話しながらの運動は、カロリー消費量が高くなったり疲弊しにくかったりと、多くのメリットがあります。プロギングはまさにココロとカラダが整うようなものの一つだと思いますね。
アウトドアと日常の「あいだ」に製品用途を広げる可能性がある
2000年当初は「アウトドア」というと、「アウトドアする人」「登山する人」と、グッズもそれぞれの用途専用のものがほとんどでした。
たとえば、ある晴れた日、私が会社にアウターとして黒いゴアテックスのレインウェアを着て行くと、先輩に「雨降ってないのに、なんで雨具着てるの?」って突っ込まれたことがあります。当時はレインウェアは雨が降ったときに着るもので、それ以外のシーンで着るものではなかったということですね。先輩からすれば「会社で若いやつがわかってなくて、晴れの日に傘を持ってきちゃった」という感じだったのでしょう(笑)
ただアウトドアにおいて、雨具はたとえ一回も使わないとしても、持ってかないと生死にかかわるものとして伝えられることが多いものです。雨の日も晴れの日も関係なく、絶対に必要なものなのであれば、晴れの日にも使えるような方法を提案していきたいと考えるようになりました。
つまり、「一つの製品でも、実は想定された用途だけでなく、その製品にはさまざまな使い方ができる可能性があるのではないか」という考え方です。アウトドア用を日常で使ったり、登山用のものをスキーで使う、山用のものをランニングで使うなど、海外だと当たり前の使い方を、日本でもできるようにしたいと考えました。
そもそも、アウトドア自体がとても自由なものです。山登り一つとっても、ゆっくり山登りをする人もいれば、走って登る人もいて、人によってすごく多様です。アウトドアと、この製品用途の解釈を自由に広げるような考え方はマッチするはずだと思っています。
Q. ひとつの製品から複数の用途を引き出すことは、サーキュラーエコノミーの一番本質的な考え方でもありますね。
以前、まだ使われていない「未利用資源」が実はたくさんあるという話を聞いたことがあり、そこから「一つのものでも使い道がもっとたくさんあるのではないか」と考えるようになりました。この「未利用資源」はモノに限った話ではなく、「時間」や「空間」などにも通じると考えたのです。
また、もともと廃棄されていたようなものを活用するという、文字通り「未利用資源」の活用にも取り組むようになりました。
たとえば、バナナは美味しくて栄養価も高く比較的安価と、スポーツにおいてはとても重宝される果物です。実はバナナは収穫期が多く、マレーシアなどでは年に3回ほど収穫できますが、収穫時には木を切る必要があり、毎回伐採しては燃やすということを行っているようです。それはかなりの労力が求められますし、環境にも負荷がかかりますよね。そこで、この未利用資源をうまく活用できないかと考え、これまで大量に廃棄されてきたバナナの茎を使って作られた素材から製品をつくることにしました。このストーリーは、きっとバナナをよく食べている人には響きますよね。
また、ビールのホップ粕を使って染色した製品も販売しました。アパレルでは、染色の過程で大量の水や溶剤を使用することも大きな課題となっています。この課題に対して、ニュートラルワークス.のテーマでもある「スポーツ」と掛け合わせて何かできないかと思い考えたのが、「ビールで染められた服を着てスポーツ観戦をしよう!」という企画です。スポーツ観戦の相棒として欠かせない「ビール」。飲むだけではなく、ビールを作るときに出るホップ粕でベージュに染めた服を着て、スポーツ観戦をしませんか、というコミュニケーションを行ったのです。
このような、捨てられてしまうものを活用したモノづくりも、輸送や手間などを考慮すると、おそらく劇的になにかを改善できているわけではないかもしれません。しかし、こうやってコミュニケーションをとることで、「あ、それってそんなに捨てられているんだ!」など、これまで多くの人が見たり気づいたりしていなかったことに気づいてもらえることが、とても大切だと考えています。
楽しく、ポジティブに世の中を変えていく
Q. 最後に脱炭素社会の実現に向けたメッセージをお願いします。
気候危機をはじめ、おそらく多くの方がネガティブにとらえているのではないかと思います。たしかに現実は危機であり、一人で立ち向かえるものでも、すぐに解決できるものでもありません。そもそも気候危機を引き起こしたのは上の世代の人たちで私たちのせいではないと思ったり、やっても報われないのではないかと、徒労に感じられる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし私としては、「変えていく楽しさ」「良くしていく楽しさ」をぜひ感じてほしいなと思っています。掃除をはじめるときもちょっと面倒くさいなと思いますが、綺麗になったら気持ちいいですよね。そういうのと似ていて、一緒に世の中を変えていく楽しさ、良くしてくことの楽しさというのは、どんな小さなものにでもあるのではないかなと思っています。
本当の意味でカーボンニュートラルを実現することはなかなか難しいかと思いますが、本来あるべきところに向かっていくと考えると、別に悪いことをしているわけではないなと感じます。何かを我慢したり犠牲にしたりするという発想よりも、「自分たちがもっと良くなるかも」と考えられると、楽しくポジティブに捉えられるのではないでしょうか。一緒に楽しみながら変えていきましょう!
編集後記
「ウェルビーイングは、お金で買えないものの間に宿る」
今回の取材で特に印象的だった言葉だ。この考えは、アウトドアと日常の間を溶かし、製品の持続可能なマルチユースを実現してきたゴールドウインのやり方に共通するところだろう。
そしてこんな時代だからこそ、「ポジティブに伝え、モノではなく人々の意識を変える」ことを大切にする大坪氏の姿勢は、Climate Creativeの想いと重なるところがあり、私たちにとってもとても心強いものだった。皆さんの「間」は豊かなものだろうか。これからのニュートラルワークス.の取り組みに目が離せない。
【参照サイト】ニュートラルワークス.