2019年、フランス。発表と同時に賛否両論を巻き起こした一冊の小説がある。身分を隠して、2年間娼婦として活動した気鋭の女性作家エマ・ベッケルの衝撃の自伝小説『La Maison』だ。
ベルリンの高級娼館というアンダーグラウンドで働く女性たちの様子、そしてその客や家族、恋人などの姿をありありと描いた本作。大胆すぎる取材方法に激しい批判も浴びたものの、同時に秘められた世界で生きる女性たちのリアルな姿が大きな共感を呼び、世界16ヵ国でベストセラーとなった。
そんな小説を原作とした映画『ラ・メゾン 小説家と娼婦』が、12月29日(金)から新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国の劇場で公開される。
主人公は、フランスからドイツのベルリンに移り住んだ27才のエマ。作家としての好奇心と野心から、高級娼館「ラ・メゾン」に娼婦として潜入する。劇中では、さまざまな客の相手をする合間に、ここで働く女性たちが直面する“日常”について、ペンを片手にメモを書き走るエマの姿が映される。
店のルールである「コンドーム着用」を拒否する客、コカインを勧めてくる客、妻との冷え切った関係性に悩み訪れる客、女性の体がどうしたら喜ぶのかを学びたい客、“紳士的”な客、乱暴する客。
そして、それぞれの国籍や、バックグラウンド、性格、体型、魅力を持つ女性たち。「ラ・メゾン」で働く彼女たちは、お互いの本名や事情を知らない。同僚として、必ずしもエマに好感を持っているわけでもない人がいるのもリアルだ。エマもここでは「ジュスティーヌ」と名乗っている。
映画では、エマがたった2週間だけ働くつもりが、いつしか2年もの月日が流れていることが描写されている。家族や作家仲間には仕事について咎められ、“いい感じ”になった相手には娼館に潜入していることを伝えると動揺される。気丈に、時に感情的に言い返すエマは、娼館で働く時間が長くなるにつれ、そこで働く女性たちの立場に心理的にも近づいているように見えた。
「(この仕事をし続けることで)汚れたとは思わない。世間の人々が持つ娼婦への同情心が問題なの。女が好きに働いて何が悪い?」
「すばらしい仕事とは言わないけど、自ら選んだ人の話も聞くべきよ」
※ 劇中のセリフより
この『ラ・メゾン 小説家と娼婦』は、エマの作家としての日常と、娼婦としての日常を行ったり来たりする。そのなかで、客や周りから心身ともに傷けられたり、偏見に晒されたり。自身の行動を後悔することもある。それでも最後は、小説家として物語を締めくくる。
娼婦は確かに存在する。彼女たちは悪臭を放つ様々な形の愛や独自に見つけた優しさを残していく。気高さはなくても、他では見つからぬ真実がたしかにある。それは語られるべきだ。
※ 劇中のモノローグより
エマの考えにはあまり賛同できない、と思う人もいるだろう。女性の主体性を考えたことのある人こそ、反発したくなる内容かもしれない。しかし、彼女の一連の経験を通して、語られない世界がたしかに見えてくる。
女性たちの苦しみや、優越感も含めた生き様が赤裸々に描かれる『ラ・メゾン 小説家と娼婦』。ぜひ周りの人と感想を話し合ってほしくなる映画だ。
【参照サイト】『ラ・メゾン 小説家と娼婦』公式サイト