登山好きなら一度は登ってみたい、世界最高峰の山、ヒマラヤ山脈のエベレスト。昨今そんなエベレストが、「世界一高いごみ捨て場」と呼ばれるほど、廃棄物汚染の危機にさらされていることをご存知だろうか。
エベレストのふもとにあるネパールのパール・サガルマータ国立公園には、雄大な自然の美しさと壮大な冒険を求め、世界各国から年間8万人以上もの観光客が訪れる。ネパールにとってヒマラヤ山脈の観光は、経済を支える上で欠かせない存在となっているが、その裏では登山客が放置していく大量のごみが大きな問題となっている。
トレッキングシーズンに山に放置されるごみの量は、一日約1トン。アクセスの悪い高地では、ごみの除去は困難で、リサイクルインフラも限られている。その結果、この地域にある80以上のごみ焼却場で、分別されないままに焼却するしかなく、土壌や水、大気は汚染され、生物多様性を脅かす危険な状況に陥っているというのだ。
2014年にネパール政府はエベレストの登山客に対し、8キロのごみを持ち帰ることを義務づけ、違反した者には1キロにつき100ドルの罰金を科す制度を設けた。しかし、状況はあまり好転しなかった(※)。
そんななか、オランダのデザインスタジオ「SUPER LOCAL(スーパーローカル)」が、ネパールのクンブ地域において持続可能な観光を促進するイニシアティブ「Sagarmatha next(サガルマータネクスト)」と協働し、「Carry me back(キャリー・ミー・バック)」という画期的な廃棄物管理システムと「From the Himalayas(ヒマラヤから)」と呼ばれるお土産のコレクションを開発した。
「Carry me back」は、クラウドソーシング型でヒマラヤの地元住民や観光客に、山に放置された廃棄物を低地にある地方空港の指定のごみ箱まで運んできてもらうことで、そのごみをカトマンズのリサイクルセンターに輸送できる仕組みとなっている。
そしてこの仕組みを支えるのが、もう一つのプロジェクト「From the Himalayas」だ。「Carry me back」によってカトマンズに輸送され、リサイクルされたごみの中からペットボトルのキャップを取り出し加工。観光客が購入できる、石の形をした色とりどりのキーホルダーと、ヒマラヤのスケールモデルを作り出した。これらはヒマラヤの登山客に旅のお土産として販売し、ここで得た収益が「Carry me back」の運用に充てられているという。
従来、ヒマラヤ山脈を訪れる登山客は、エベレストの山頂から石をお土産として持ち帰る習慣があったが、この習慣は環境に悪影響を及ぼしていた。SUPER LOCALの「廃棄物からできたキーホルダー」は、そうした習慣に変わり、登山客にとってエベレストの旅を記念する持続可能な方法にもなりうる。また、スケールモデルに32個のペットボトルキャップを使用しているのは、山を登るまでに一人平均32本のペットボトルの水を消費するから、という皮肉が込められている。
長い旅を終え、帰路に着いた登山客は、きっとこのお土産を見るたびに自分の壮大な冒険と、同時に環境に対する大きな責任を思い出すだろう。
昨今、ヒマラヤだけではなく、日本では富士山に放置されるごみも深刻な状況となっている。美しい景色を見ようと高い山を目指せば目指すほど、それは命がけの旅となり、できるだけ荷物を減らしたいと思うのかもしれない。しかし、それによって山の命はどうなるのだろう。私たちの見たい美しい景色を守るのは、私たち自身しかいない。自分の命と同様、山の命を守るためと考えれば、自ずとごみは持ち帰れるのではないだろうか。
※ エベレスト登山者はごみ持ち帰りを ネパール、8キロ義務付け(日本経済新聞)
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【参照サイト】SUPER LOCAL
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Edited by Erika Tomiyama