バリスタはホームレス経験者。アイルランドの小さなコーヒートラックを訪ねて感じたこと

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12月のはじめ。アイルランドの首都・ダブリンは、日に日に寒くなってきていた。この日もたしか、とても寒い日だった。ポケットに入れていない方の手が、氷のように冷たい。

私用を終えて向かっていたのは、以前から気になっていたコーヒートラックだ。中心街から少し離れた閑静な住宅街に向かって歩くこと20分ほど。一際目立つカラフルにペイントされた建物の横に、その小さなコーヒートラックはあった。青くて丸みを帯びたデザインが愛らしい。

コーヒートラック

目の前まで行ってみると、「やあ!」と親しげな笑顔で挨拶してくれるバリスタの男性。カフェラテをオーダーすると、鼻歌を歌いながら、楽しそうにコーヒーを淹れてくれる。ミルクがよく泡立てられた一杯のモカは、かちこちに冷えた身体をあたためてくれた。

バリスタの男性

コーヒー

バリスタの方が作ってくれたモカ。マシュマロもたくさんのせてくれた。

彼は、以前ダブリンでホームレスを経験した人だ。ここでバリスタをして3年ほどになるという。「ここでの仕事は、とても楽しいよ!」と彼は言う。彼の振る舞いを見ていると、それが本当なんだろうな、と感じる。

コーヒートラックの名前は、「Hard Ground Coffee(ハード・グラウンド・コーヒー)」。運営の主体となっているのは、ダブリンでホームレス状態にある人たちや、国外から逃れてきた難民の人たちを支援する、Mendicity(メンディシティ)という団体だ。

Mendicityは、ダブリン最古の慈善団体として知られている。1818年の設立以来、200年近くにわたりこの都市で貧困に苦しむ人々を助けてきた。現在行っている支援は、食事や宿泊場所の提供から、支援する人たちに職人になってもらい制作するクラフト雑貨の制作・販売まで、多岐にわたる。

そのうちのひとつが、ホームレス状態に陥ってしまった人たちがバリスタとして活躍する、このコーヒートラックだ。お店では、支援の一環でトレーニングを受けた数人のメンバーが、交代制でバリスタを担当しているという。コーヒーの売り上げはMendicityの活動に充てられ、支援を受けている人たちの生活を助けることにつながる。

ホームレス問題を抱える都市は多いが、アイルランドでは特に、人口の増加と住宅の不足、それに伴う価格の高騰を背景に課題が深刻さを増している。アイルランド政府の統計によると、2018年1月に国全体で9,204人だったホームレス状態にある人の数は、2023年10月には1万3,179人と、4,000人近く増加した。

これは、国や民間が用意する緊急シェルターを利用している人たちを反映したものであるため、実際の数はもっと多いと言われる。首都ダブリンだけを見ても、2023年12月の時点で120人近くの人々が路上で生活していたという。住んでいると彼らを毎日のように見かけたので、その数の多さは不思議ではない。

国は公共の緊急シェルターを増やすなどの対策を講じているが、現状に追いついていない。そこでMendicityのような慈善団体が、こうした人たちの支援を行っているのだ。

コーヒートラックの看板

ホームレス問題は、複雑な要因が絡み合ってできているものだ。一概に誰が悪い、これが間違っていた、と結論づけられるものでは決してない。だから、このコーヒートラックが問題の全てを解決してくれるわけではない、とも思う。

しかし、この場所が筆者に気づかせてくれたことが、ひとつある。

Hard Ground Coffeeは、筆者自身が無意識に感じていた、ホームレスを経験した人たちと自分を含めたそうでない人たちとの“境目”のようなものを、まっさらに無くしてくれたのだ。

コーヒートラックで出会ったのは、至って普通の、アイルランドのどこにでもいそうな、気さくでフレンドリーな人々だった。

彼らは、さまざまな要因がたまたま重なった結果、ホームレスという状況を経験するに至ってしまっただけ。逆に言えば、今自分が屋根のある家で暮らせるのも、決して自分の力で勝ち得たものなんかではなく、ただ“恵まれて”いただけ。

だからこそ私たちは、社会の中でお互いに助け合って生きていくことを、もっと当たり前にする必要があるのだろう。

コーヒーを飲みながらお喋りをすれば、私たちはもう、「同じ街に住む友達」だからだ。

【参照サイト】Mendicity
【参照サイト】Hard Ground Coffee
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