突然だが、あなたはこれから新しい服を買い足さずに、いまクローゼットの中にある服だけをお供に、生涯を終えられるだろうか。
「かなりストックがあるからいけるかもしれない」「数年後にはボロボロになってしまうから多分無理」「新しい服を探す楽しみがないなんて耐えられない」色々な回答が予想される。
「サステナブルファッション」の選択肢が広まってきた昨今。「そもそも買わないことがサステナブルなのでは」と考えたことがある人もいるかもしれない。だが、今後買いものをせずに生きていけるかというと、現実はそう簡単ではない。冒頭の問いは、洋服が「身体を覆う」機能を持っているだけではなく、心地の良い布に包まれることで得られるリラクゼーションや、新しいものを発掘する喜び、そして自分を表現する手段として重要であることなど、さまざまな側面を持ち合わせていることを思い出させてくれる。
そうしたファッションの本質に迫りながら、顧客とコミュニケーションを取り、シンガポールを拠点にサステナブルファッションを広めようとするプラットフォームがある。それが「ZERRIN(ゼリン)」だ。ZERRINはメディア兼ECサイトを展開し、シンガポールをはじめ東南アジアのファッションブランドの「売り場」となりながら、お客さんがプロダクトの一つ一つのストーリーを知れるよう手助けをしている。
新しい服を買いたいし、買いたくない──消費者がそんなジレンマを抱えうる時代にファッションの業界から生活者に何を伝えるのか。ZERRIN代表のスザンナさんに話を聞いた。
話者プロフィール:Susannah Jaffer(スザンナ・ジャファー)
イギリス出身、英国とインドのミックスの家族のもとで生まれ育つ。2012年、シンガポールに移住。雑誌業界でファッションと美容の編集者およびクリエイティブディレクターとして働いたのち、2017年にZERRINを立ち上げた。
プロダクトだけではなく、ストーリーを伝えるメディアへ
「ファストファッションに代わる良い選択肢を簡単に見つけられるモダンなライフスタイルブランドを創造する。ZERRINは、美しいスタイルと持続可能性が融合したもののみをキュレーションした、コミュニティ中心のマーケットプレイスです」
ZERRINの公式サイトでは、自社のことがこう謳われている。
サイトを訪問すると、まずは最新の記事が出てくる。ショッピングサイトの方では、ZERRINがキュレーションした商品が並ぶ。
スザンナさんは、2012年にイギリスからシンガポールに移住。2017年にZERRINのサイトをオープンした。かつて、雑誌のファッション編集者として働いていた彼女が、サステナビリティについて学び始め、ZERRINを創業したのには理由があった。
「一番の理由は、良いブランドと意識のある消費者をつなぐ、上手な仕組みがシンガポールになかったことでした。創業当時、例えばイギリスやオーストラリアに比べると、サステナビリティを軸にした買いものの仕方は、東南アジアで浸透していませんでした。シンガポールでは、政府が打ち出す『環境政策』もまちの緑化などにとどまる状態で、ファッションに関しては『安価なファストファッションと超高級なデザイナーファッション、その間はない』と言われていたほどです」
「しかし、シンガポールにも環境や社会に配慮したファッションブランドはあったのです。いい商品があるのにそれをどう訴求すればいいのかがわからない。そう思っている人がたくさんいることに私自身もむず痒さを覚えていました。そこでファッションブランドのためのプラットフォーム・ZERRINをつくることにしました」
そんな想いを背景に立ち上がったZERRIN。プラットフォームとして掲げたコンセプトは「コネクション(つながり)」だった。
「消費者の人々が、手に取るものとのつながりを覚えられるようになってほしい。それがZERRINの願いです。だからこそ、プロダクトだけではなく、その背景にあるストーリーをじっくり伝えるメディアを作りたいという想いがありました」
ZERRINはメディアでサステナブルなファッションに関するコラムなどを発信し、ブランド側の意図を発信した上で、彼らの商品を販売している。プラットフォーム上で扱うブランドは、People(人々)、Planet(地球)、Product(商品)、Packaging(包装)、Principles(原則や思想)の5つのPを基準に選ばれている。
「商品はオンライン販売が中心で実店舗はないのですが、定期的にポップアップストアをシンガポール各所で開催しています。ポップアップは顧客とコミュニケーションが取れる、私たちの大切な場所でもあり、そこでの反応をブランド側にも伝えるようにしています」
2023年11月から12月には、シンガポールのAnchorpointという百貨店の中でポップアップストアが開かれている。そこでは、29ものシンガポール現地のブランドが商品を並べる模様だ。
そもそも何がサステナブル?ZERRINの「伝え方」の工夫
ZERRINを利用する人の中には色々な想いを抱える人がいる、とスザンナさんは語る。そして、スザンナさん自身も様々な葛藤を抱えながらファッションに向き合う人の一人だ。
「まず、どんな服であっても100%サステナブルということはありえません。なぜなら資源を使っているからです。地球環境のことだけを考えたら、一番サステナブルなことは作らないこと、そして買わないことです」
「それでも『洋服が欲しい』と思う人は多くいます。私たち一人ひとりの個性や特徴を示すのにファッションが必要であり、それが欲求の一つなのです。必要だから買うのではなく、欲しいから買う。そうした気持ちに寄り添ったとき、やはりサステナブルな選択肢をわかりやすく提示するプラットフォームが必要だと思いました」
さらに難しいのは、どの服がサステナブルかを判断することだろう。スザンナさんは自身が着用しているUNIQLOのTシャツを例に説明してくれた。
「環境のことを考えると、そうした配慮がなされていないブランドの服を買うことに罪悪感を感じることがあります。しかし、ファストファッションがサステナブルではないとも限りません。今日私が着用しているのは、7年前にUNIQLOで買ったTシャツです。袖周りのカットや色に惹かれ、かつコットンだから何度も洗えるなと思って購入しました。そして7年間(※シンガポールは四季がないため、一年中)ずっと愛用しています」
「もしあなたがファストファッションの商品をすでに持っているなら、それを捨ててエシカルな服を買うのではなく、今持っている服を長く着るのがサステナブルな選択です」
それでは、「サステナブルなものを試してみてほしい」「いまあるものを長く使ってほしい」という一見相反する二つの想いがある中で、ZERRINはどのような取り組みをしているのだろう。
「ZERRINはおもにメディア・クリエイティブスタジオ・ECの3本の柱で収益を生み出しています。ECサイトに関してはもちろん、収益を得るためにはお客さんに買ってもらわなければいけません。そして、その売り上げの規模感とスピードこそが大事です。私たちは“サステナブルな巨大ECサイト”をつくりたいわけではなく、もっと『顔の見える』範囲でのビジネスをしていきたいと思っています」
「企業の成長のスピードも、そうした『顔の見える』範囲を失わないものであるべきです。そのため、顧客とコミュニケーションをするときも、説得力がありながらも強制しない口調・表現を心がけています。『いまが買いです!』というようなコミュニケーションはしないようにしており、大きなセールも行っていません」
目的は消費者の選択を助けること
ここまでZERRINのプラットフォームとしてのこだわりを見てきた。顧客の目線に立ちながらも、実際に商品を売るブランド側の思惑にも考慮するのは簡単なことではないだろう。しかし、インタビューの中でZERRINの軸としてあると感じたのは、あくまでもプラットフォーム運営の目的が「消費者の選択を助けること」にあることだ。
「『サステナブルなファッションは高価である』というのが、シンガポールのみならず一般的です。そうすると、結局サステナブル・ファッションはアクセスする余裕がある人だけのものになってしまいます。あくまでも質は重視しつつ、ZERRINでは価格がそこまで上がらないように(感覚としては、Tシャツ一枚で3,000〜4,000円程度で)販売できるように心がけています。そうすることで初めて、ZERRINが日常生活のオプションとなれるのです」
選択肢が増えるとそれだけ、選択がどんどん難しくなることもある。そうした複雑な状況に対して、スザンナさんはこんなメッセージをくれた。
「すでにたくさん例をあげたように、私たち一人ひとりには消費者として色々なジレンマがあり、単に『BUY SUSTAINABLE(サステナブルなものを買って)』と言えるほど状況は簡単ではありません。ですが、誰もが良いと思ったものを応援し、選ぶことに罪悪感を覚える必要はないと思います。その中でも、消費者として、あるいは小売の立場で、問題の断片ではなく、ホリスティックに考える態度が必要になってくるのではないでしょうか」
編集後記
インタビューはシンガポールの日当たりの良いカフェで行われた。The Social Space(ザ・ソーシャル・スペース)というこのカフェは、環境への影響を考慮したヘルシーなメニューを提供し、また地元のデザイナーによって生み出された商品を販売する。ZERRINと同じくらいの時期に創業し、The Social Spaceの空間を使ってZERRINの展示会が行われたこともあるという。彼らとの交わりをスザンナさんは嬉しそうに話してくれた。同時に、筆者にはストーリーが語れる、スザンナさんにとってのThe Social Spaceのような場所がどのくらいあるだろうと考えさせられた。
それは衣類にも同じことが言えるかもしれない。いま着用しているものは、どこで購入し、誰のどのような想いが込められたものだろう。ストーリーを知ることが、ものを大切にするきっかけにもなり、生活自体に愛着が湧くきっかけにもなる。そうした「ストーリー」を広めるZERRINのような志があれば、多くの人にとって「快適であり、サステナブルである」道が開けるかもしれない──そんな希望を感じた取材だった。
【参照サイト】ZERRIN
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