グアテマラ先住民族に学ぶ、善き生き方「ブエン・ビビール」とは?

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世界の至るところで相次ぐ、戦争や大災害に、大事故──私たちは、安心や安全を脅かされるたびに、心に深い傷を負っている。

中米グアテマラは、今日でこそ経済大国の一つだが、かつては20万人以上が虐殺されるという苛烈な内戦(1960〜1996年)を経験した。今でもグアテマラでは、全成人の4分の1がメンタルヘルスの問題を抱え、その多くはトラウマや心の外傷後ストレス障害(PTSD)であると報告されている(※)

しかし、そんな精神的逆境の中にある人々から、私たちが学ぶべきことがある。本記事では、グアテマラ先住民族の女性たちが実践する、地域に根差したメンタル・ウェルビーイング・コミュニティと、その根底にある「ブエン・ビビール(善き生き方)」という考え方を紹介する。

「善き種」を蒔く、メンタル・ウェルビーイング・コミュニティ

グアテマラ南西部に位置し、アティトラン湖の南岸にあるサンティアゴ・アティトラン地域には、「Buena Semilla(ブエナ・セミーリャ:善き種)」という活動的なコミュニティが存在する。この湖のほとりの村々には、主にマヤ先住民族が暮らしているが、長きにわたるグアテマラ内戦において、政府軍による住民虐殺、拷問、性加害などの悲惨な出来事があり、多くの人々が深い心の傷を負った。現在、コミュニティに参加する女性たちの中には、家族を失い、性暴力の被害に遭った人々が多くいる。

ある日、女性たちが伝統的な刺繍が施された民族衣装「huipil(ウィピル)」と呼ばれるブラウスと、手織りのスカートを身にまとい、村と村を結ぶ曲がりくねった砂利道を歩いて集まってきた。

大事なのは、家に引きこもらずに、人に会うこと。ブエナ・セミーリャの会合は今日も、出会えた歓迎と祈りで始まる。次に、呼吸のエクササイズをして、最後に行われるのは、待ちに待った「シェアの時間」だ。それぞれが心のなかにあるものを、ただただ語り合うのだ。ときには、ガイド付き瞑想をすることもあれば、収入を増やすためのワークショップを開催するときもある。食事を一緒にとることもあるし、笑うこともあれば泣くこともある。ともあれ、ブエナ・セミーリャの最後はいつも、愛のこもった抱擁でしめくくられる。

フランスの医師、Anne Maria Chomat氏が調査のためにこの地域の女性を集めてインタビューを行ったのが、このブエナ・セミーリャがはじまったきっかけだった。Chomat氏の研究によれば、コミュニティへの参加は、女性のウェルビーイングを改善し、うつや不安の症状を緩和させるという。

女性たちは、コミュニティに入って「ひとりじゃない」と気づき、リラックスする方法を覚える。引きこもりがちな女性も、コミュニティのファシリテーターを務めるまでに成長するなど、目覚ましく回復していくのだという。

ブエン・ビビール(善き生活)の再生へ

このブエナ・セミーリャが大事にしているのが、「Buen Vivir(ブエン・ビビール)」という価値観だ。「Buen vivir」とは、「善き生き方」と訳されるスペイン語の概念で、ラテンアメリカの先住民族によって生み出された思想である。

この言葉は、エクアドルの先住民族が使用するケチュア語の「スマック・カウサイ(Sumak Kawsay)」に由来している。「スマック(Sumak)」は「理想的で美しい地球の実現」を、「カウサイ(Kawsay)」は「生命」を意味する。したがって、ブエン・ビビールは宇宙や自然、生態系、社会など、人間を取り巻く全てのものとの調和を重んじ、生命を中心に善く生きることを目指す社会哲学や実践を指す。

ラテンアメリカの多くの先住民の間で行われる伝統的なお祭りや儀式、日常的な村の共同生活の根底には、この「Buen vivir」の考え方が根付いており、本質的なメンタルヘルスに寄与しているといわれる。

西欧近代の人間中心主義や資本主義の進歩主義とは根本的に異なる考え方であり、自然との調和や共生を重視し、物質的な豊かさよりも精神的、社会的な豊かさを目指すBuen vivirの価値観は、近年さらに注目を集めている。2008年には、エクアドル憲法において、国家や国民がブエン・ビビール、つまり「善い生活」を追求することが法的に定められた。このことは、国家レベルでこの思想が重視されていることを示している。

ブエン・ビビールの考え方では、人間は社会全体の一部として存在する。この視点から、メンタルヘルスの問題は個人の弱さや自己責任だけの問題ではなく、コミュニティ全体の問題として理解される。したがって、メンタルヘルスの回復は、個人だけでなくコミュニティとの調和を図りながら進めるべきとされる。これは、参加や社会的組織化を通じたメンタルヘルスの予防メカニズムとも一致しているだろう。

「自分が強い女性だということが、わかりました」

ブエナ・セミーリャの一員であり、深い悩みに苦しめられていたある女性は、ニュースメディアのPositive Newsにこのように語っている。彼らの経験は、他者や自然、生態系、社会など、人間を取り巻く全てのものとの調和を重んじて生きることの大切さを教えてくれている。

Maria del Pilar Grazioso, Marinés Mejía Alvarez(2021)Challenges and innovations in Guatemala’s psychology, American Psychological Association.
【参照サイト】Buena Semilla
【参照サイト】Circles of hope: the Guatemalan women reviving Indigenous concepts of mental wellbeing
【参照サイト】Buen vivir: the social philosophy inspiring movements in South America
【参照サイト】ブエン・ビビールや「国内総幸福」について
【参考文献】富沢賢治(2020)「連帯経済の基本的コンセプトとしての「ブエン・ビビール」」、『協同の発見』第337号、110-133頁。
【関連記事】南アフリカで学んだ、赦しとケアの精神「ウブントゥ」

Edited by Erika Tomiyama

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