私の「ほしい」を形に。女性の生きづらさを解消するフェムテック最前線

Browse By

女性のヘルスケアの課題を、テクノロジーを用いて改善していこうとするプロダクトやサービスを指す、「フェムテック(Femtech)」。近年、このフェムテック市場が国内外で大きな盛り上がりを見せている。

2024年2月9日〜11日、六本木アカデミーヒルズで、グローバルフェムテックイベント「Femtech Fes!」が開催された。2019年に始まったこのフェスは今年で4回目の実地開催を迎え、その規模は年々拡大している。今年は23か国から200以上ものプロダクトが集結し、来場者は計5,000人を超えたという。

フェムテックという言葉を生んだ起業家Ida Tin(イダ・ティン)さんや、今注目のフェムテック企業のファウンダーなども多数集った本イベント。フェムテック市場では、今何が起こっているのだろうか。実際に会場を訪れた筆者が、その様子をレポートしていきたい。

Femtech Fes!

Image via fermata

フェムテックという言葉ができたことで、業界が前進

イベント初日には、生理のトラッキングサービスを開発する「Clue」の創業者でフェムテックという言葉の生みの親でもあるデンマーク出身の起業家イダ・ティンさんと、本イベントを主催するfermata(フェルマータ)株式会社CEOの杉本亜美奈さんによるトークセッションが行われた。

イダさんは2012年に「Clue」を創業し、その翌年に月経周期のトラッキングアプリをリリース。当時彼女の周りには、同じように女性の健康課題をテクノロジーで解決しようとするサービスやプロダクトが数多く存在した。しかし、当時はそれらをまとめて言い表すための言葉がなかったため、市場の全体観を捉えることが難しい状況だったという。

また、2016年にテックカンファレンスに参加した際には、男性の投資家や聴講者に対してこの領域の重要性を理解してもらうことの難しさに直面した。そこでイダさんが生み出したのが、「フェムテック」という言葉だ。この言葉を作ったことで、「生理や妊活のことなど、ちょっと話しにくかったことも話しやすくなった」とイダさんは語る。

「人は、簡単には説明できない健康問題が自分自身にあるとき、強い孤独感を感じるものです。テクノロジーは、それをわかりやすく伝える助けになると考えています。『お腹が痛い』と訴えるだけでは相手にしてくれなかった医者でも、科学に基づいたデータを見せれば、すぐに納得してもらえることもあるからです」

Femtech Fes!

Image via fermata 当日のトークセッションの様子

「私たちにはこれが必要なんだ」と訴え続けること

一方の亜美奈さんは、医療経済を専門として、イギリスの大学院で博士課程を修了した。その当時からフェムテックの分野に関心はあったが、今に至る大きなきっかけとなったのは、日本の投資関連会社で働いていた2018年の出来事だった。

「あるスタートアップのピッチで、自分が欲しいと思ったフェムテック系のプロダクトが、他の投資家たちにスルーされてしまったんです。私はすごく欲しいと思ったのに、どうして?と悔しい思いでした」

スタートアップのインキュベーターには、圧倒的に男性が多い。国際的にも、ベンチャーキャピタルにおける女性投資家の割合は、15%未満。また、女性のみで設立された企業がベンチャーキャピタルから調達した額の割合は、3%未満だという。このジェンダーギャップが、女性のためのサービスを展開するフェムテック企業の成長を阻むひとつの障壁になっているという。

そんななか、例えば生理の課題を解決するアイデアを紹介しようとすれば、まず生理とはどのようなもので、女性にとって何が課題なのか、そしてそれがいかに深刻であるかを、男性に理解してもらう必要がある。「それはスタートアップ業界によくあるエレベーターピッチ(※)ではとても説明できるような簡単な話ではない」と、亜美奈さんは語る。

こうした経験から、亜美奈さんはフェルマータを2019年に創業。同年に第1回目のフェムテックフェスを開催し始めてから、メディアやSNSの発信を通して、日本でも徐々にこの言葉は広まっていった。2021年には新語・流行語大賞にもノミネートされ、2024年現在、フェムテックという言葉が生まれてから8年が経ち、市場は急速に成長している。実際、これまでに20億ドル(約3,000億円)以上がフェムテックのスタートアップに投資されてきた。

イダさんは、「このようにたくさんの方がフェムテックに関心を持っているのは、素晴らしいことです。一方で、市場をさらに拡大させるためには、私たちの“Anger(怒り・憤り)”が必要だと考えています。一人ひとりが、『私にはこれが必要なんだ!』と強く訴えていくことが大切です。全てのジェンダーの人が、女性のヘルスケアについて考える必要があると思います。女性の健康は社会の健康、そして地球の健康にさえつながっていると、強く信じています」とセッションを締めくくった。

※ 15~30秒ほど(エレベーターに乗る程度の短い時間)に、自分自身やビジネスについてアピールする手法

Femtech Fes!

Image via fermata (左)イダ・ティンさん (右)杉本亜美奈さん

多様化するフェムテック商品

ジェンダーギャップの壁に阻まれながらも、着実に成長するフェムテック市場。その課題のカバー範囲は、生理やPMSをはじめ、妊娠、不妊、避妊、授乳、産後ケア、婦人科系疾患、セクシュアル・ウェルネス、尿もれなど、実に多岐にわたる。ソリューションも、生理用の吸水ショーツから、女性の健康をサポートするサプリメント、ウェアラブルデバイスを使った計測・トラッキングアプリ、体液を用いて自宅で簡単に病気を検査できるキットなど、年々多様化している。

ここからは、展示の中で特に筆者の印象に残ったプロダクトやサービスを紹介していきたい。

Femtech Fes!

Image via fermata 会場の様子

1. トイレの個室に設置できる、トイレットペーパー型ナプキン「Pads on a Roll」

生理のある人にとって毎月の生理用品への出費は、ほとんどの場合避けられないモノだ。生理にかかる費用は多くの人にとって負担となっていることが問題視されており、近年では「生理の貧困」という言葉も聞かれるようになった。

「Pads on a Roll」は、「誰もトイレットペーパーを持ち運ばないのに、なぜ生理用品は持ち運ばないといけないのだろう?」という素朴な疑問から生まれた、トイレットペーパーのようなロール型ナプキンだ。トイレの個室でトイレットペーパーと同じように設置でき、急な生理にも対応できる。また、公共の場や学校などでよく見られるような自動販売機と比べ導入コストも安価で済む点もポイントだ。

Egal-Pads

Image via fermata

2. おりもので月経周期を予測できる妊活サポートデバイス「kegg(ケグ)」

「kegg(ケグ)」は、頸管粘膜(おりものの一部)から月経周期を極めて正確に予測できるデバイスだ。このデバイスは、膣に挿入すると自動的にデータを計測・収集・送信し、スマートフォンアプリで簡単に月経周期を確認できる仕組みが画期的と言える。

これまでの妊活の選択肢をテクノロジーでより広げるアイデアだ。

kegg fertility tracker

3. 目の不自由な人の生理をサポートするデバイス「FlowSense」

視覚障害があり、かつ生理のある人たちは、利用しやすい生理用品が少なかったり、経血が見えないため生理の始まりと終わりを認識しにくく衣服が汚れてしまったり、月経周期を把握しにくかったりといった課題を抱えている。

「FlowSense」は、上記のような課題を解決するデバイスだ。生理用ナプキンや下着に取り付けられる使い捨ての試験紙が、液体のpH値を測定することで経血と膣分泌物を判別し、それを付属のデバイスに送信。すると、デバイスがリアルタイムで音声や触覚フィードバックを提供してくれる。さらに、そのデータが集積されていくことで、連携するアプリで月経管理も行えるようになるという。

Flowsense

Image via fermata

4. もしもの時に助けを呼べるブレスレット「Flare」

「Flare」は、性被害に遭いそうになったときなど、危険時にボタンを押すことですぐに助けを呼ぶことができるスマートブレスレット。外側から見ると一見普通のお洒落なブレスレットだが、その内側にはボタンがついており、アプリと連携している。ボタンを押すとGPSを通した自分の位置情報と、Flareの使用者が危険な状況にあることを伝えるメッセージが事前に登録した5つの連絡先に送られる。

Flare

このほか、日本企業からは、女性のニーズに対応したさまざまな吸水ショーツや生理用品、月経に関する機能性を訴求するサプリメント、デリケートゾーン用のケアグッズなどが多く見られた。また、会社の福利厚生として女性へのサポートを提供するサービスや、ピルのオンライン処方をサポートするアプリケーション、働き方にアプローチするものなど、オンラインサービスも多様だった。

海外のプロダクトは、日本では見られないデザインのものや、テクノロジーを用いてよりさまざまな課題にアプローチするものなどが多く見られた。例えば、尿で妊娠しやすい時期を特定できる家庭用の検査キットや、装着することで月経周期がわかる腕時計、ブラジャーの中で使えるスタイリッシュな搾乳器などが印象に残った。

また、2024年2月時点では開発段階だったが、装着することで膣分泌物(おりもの)から病気を見つけられるナプキンや、足の裏にパッドを装着することで過活動膀胱を防ぐことができるデバイスなど、最先端テクノロジーを活用したプロダクトも数多く見られた。

フェスに参加して見えた、フェムテックのまだ見ぬ可能性

フェムテックが拡大すると、社会的にもさまざまな良いことがあるという。ここでは、筆者が会場で学び、特に面白いと思ったポイントを紹介したい。

捨ててしまっていた経血が、再生医療に使える?

経血の可能性は、女性医師・研究者の不足や、一部の地域で文化的にタブー視されてきた背景などを理由に、あまり重視されてこなかった。しかし現代では、経血から幹細胞の培養が可能なことがわかり、倫理的な課題も少なく採取できる供給源として、再生医療の文脈では注目を集め始めている。捨ててしまっている経血を活用できる未来が、すぐそこまできているかもしれない。

バイオメトリックデータで、生理痛の客観的な評価が可能に

科学技術の進歩と潜在ニーズの可視化が組み合わさり、これまで取得されてこなかったバイオメトリック(生体)データが取得できるようになってきているという。これにより、これまで個々人の主観的な感想に委ねられていた生理痛の強さや重さが、生理痛を緩和する電気信号を放つIoTデバイスによって、客観的なデータとして取得できるようになった。さらに、ビッグデータ解析やAIによって、生理痛の平均値や「どこまでが健康な痛みか」と言った範囲までわかるようになっており、さまざま研究への応用が期待されている。

病院では取りにくいデータを集められる

フェムテック市場が拡大すると、医療の現場も変わっていくという。現在の日本では、「病院=病気になったら行く場所」であるため、そこで集められるのは「病気の人」のデータだけだ。だが、自宅で使えるIoTフェムテックデバイスが広まると、現在は病院では取りにくい健康な人のデータが取れるようになるかもしれない。そのほかにも、経血量、生理痛、睡眠の質など、病院では取得が難しいデータは多い。細かなニーズに寄り添うフェムテックの活用で、これまで把握されてこなかった情報を可視化していくことが期待されている。

将来的に、医療費の削減につながっていく可能性も

国民皆保険により、日本に住む人々は必要な医療を安価で受けることができる。しかし、この制度はすでに薬価の高騰や少子高齢化などの影響で財政的な危機に直面している。一人ひとりがヘルスリテラシーを高め、フェムテックも活用して健康寿命を延ばすことができれば、これまでわからなかった病気や不調と生活習慣の関連がわかったり、将来的な医療費の削減に貢献できたりする可能性もあるという。

Femtech Fes!

Image via fermata

編集後記

筆者はこれまで積極的にフェムテックに当たる製品を使用したことはなく、今回の展示を通してその範囲の広さと多様な解決策に驚いた。一方、プロダクトの中には高額と感じるものも多く、誰もが使えるようになるには価格の面でもう少しアクセシビリティを高める必要があるとも感じた。

基調講演では、「フェムテックを一時のトレンドではなく、社会の中で当たり前にしていくこと。その役目は、私たち一人ひとりがになっている」との言葉があった。自分の身体や心のモヤモヤに向き合い、それを誰かに伝えてみること。それがフェムテック市場をより成長させ、結果的に誰もがアクセスしやすいものになることで、自分以外の女性やその家族を助けることにもつながっていくのかもしれない。

【参照サイト】【fermata】開催直前!グローバルフェムテックイベント「Femtech Fes!」の見どころ公開
【参照サイト】Femtech Fes!(公式サイト)
【関連記事】Femtech(フェムテック)とは・意味
【関連記事】生理用品をすべてのトイレの備え付けに。ビジネスでジェンダーギャップに挑む「OiTr」【ウェルビーイング特集 #29 格差】
【関連記事】生理期間を快適にするフェムテック商品・サービス【まとめ】
【関連記事】【2022年最新版】生理や更年期に。お悩み別、フェムテック商品・サービスまとめ

FacebookTwitter